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夏休み 『本番3』

 ステージの上は、まるで深い霧に包まれているようだった。


 充満する煙は重く体にまとわりつき、息苦しさを感じた。

 混乱の真っただ中であるはずなのに、周囲の音はなにも聞こえず、不気味な静けさが漂っていた。


「結界かな。高若くん、気を」

「長谷川さん?」


 すぐとなりにいたはずの長谷川さんの気配が消え、手を伸ばしてもなにも掴むことができなかった。


「……クソっ!」


 僕は拳を握りしめ、煙の中を駆け回った。


「ひかりちゃん! 長谷川さん! いたら返事してくれ!」


 必死で叫んだが、声は分厚い煙に吸い込まれていった。


「こうなったら……アメ!」


 意識を事前に配置していた光玉へ集中させ、転移した。


 一番近くへ転移し、無事に移動できることを確かめ、配置した場所へ片っ端から転移を始めた。


「ひかりちゃん! 長谷川さん!」


 行く先々で、二人の名前を呼んだ。


 変わらない静けさと真っ白な光景に、胸の中で焦りと不安が膨らんでいった。


 あんな偉そうなことを言って、なにもできないまま終わるのか。


 女の子一人も守れないのか。


 どうか、どうか、僕が行くまで無事でいてくれ!


 心の中で叫んでいたが想い虚しく、あっという間に最後の転移となった。


「……頼むっ!」


 心の底からの願いを込めて、蒼白い光に身を投じた。


「いって」


 事前に配置していた最後の場所、等身大モンスターの足元に着いた。


 思っていたよりモンスターの背が低かったため、体から伸びる棘が頭に刺さってしまった。


「ぐふお!」


 直後、腹部に強い衝撃が走った。


 それは、願いが叶った瞬間だった。


「晴人さんっ!」


 顔いっぱいに安堵の表情を浮かべたひかりちゃんが、僕を抱きしめていた。


「ひかりちゃん! よかった、無事で」


 嬉しさが抑えきれず、僕も強く抱きしめ返した。


 さすがに、ファンもこの状況なら許してくれるだろう。


「来てくれるって、信じてました」

「当たり前だよ。よく光玉の近くにいてくれたね」


 体を離すと、ひかりちゃんは微笑んだ。


「煙の中で途方に暮れてたら、アメの声が聞こえたんです。それで声の方に進んでたら、光玉が見えて。きっと晴人さんが来てくれるって思って、ここで待ってたんです」


 ひかりちゃんは嬉しそうに言った。


「アメが……とにかく、無事でよかった。さ、はやくここから逃げよう」

「きぃえええええ!」


 奇怪な雄たけびとともに、煙をかき分けて金属バットが僕を襲った。


「あっぶ!」


 間一髪でかがんで避け、ひかりちゃんの手を引いて距離を取った。


「やっと見つけたと思ったのに、なんでお前がいるんだよ。その手を離せくそがぁ!」


 煙の中から現れた岡村は、唾を吐き散らして怒鳴った。


「あんたが気色悪い手紙書いてた犯人かよ。このストーカー!」


 僕も負けじと怒鳴り返した。


「あぁ? なんだよクソガキ! 俺はストーカーじゃない! ひかりんとは運命の糸で繋がってるんだよ! いいから離れろくそがぁ!」

「やめてください!」


 バットを振り被った岡村に、ひかりちゃんが誰よりも大きな声を上げた。


「わ、わかったよ、ひかりん。きみが言うなら、こいつは見逃す。さぁほら、迎えにきたよ。ほら、いっしょに行こう!」


 岡村はニヤつきながら、汗にまみれた手を伸ばした。


「汚い芸能界なんて、きれいなきみには合わないよ。辛かっただろ? わかる、わかるよ。もういいんだ、俺が来たから。いっしょに逃げよう。だれも邪魔しない、どこか遠い場所へ二人で行こう。こんなクズみたいな世の中、捨ててしまおう。さぁ、行こう。いっしょに逃げよう!」


 岡村は自分に酔っているのか、仕事のときよりも声が出ていた。

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