夏休み 『捜索2』
関係者控え室は建物の二階にあり、二つある会議室を代用して使っている。
同じ階に事務所と宿直室もあるが、基本的に僕のようなアルバイトが来ることはない。
利用するのは管理会社の人か、ひかりちゃんのようなゲストだけだ。
二階へ繋がる階段は格子の扉でロックがかかっており、関係者の持つ鍵か内側からでないと開けることができない。そのうえ二人の警備員が常駐して見張っている。
僕が近づくと、二人とも明らかに警戒の眼差しを向けてきたが、扉の向こうから黒服の一人が招き入れてくれた。
「すいません、お待たせしました」
会議室の扉を開けると、中にはマイケルさんたち黒服が四人。
そして、森マネージャーとひかりちゃんの姿もあった。
「晴人さん!」
ひかりちゃんは泣いていた。
せっかく施したメイクが崩れ黒い涙を流していた。
「ごめんなさい。私のせいで、信二さんが……本当にごめんなさい!」
走り寄ってきたひかりちゃんは、僕の胸に顔をうずめて叫んだ。
「……聞いちゃったんだね」
「私たちの会話を盗み聞いていたんですよ。気遣ってもらったのに、ごめんなさいね」
森さんがため息をついて言った。
「大丈夫、ひかりちゃんのせいじゃないよ」
僕は肩に手を置くと、泣き腫らした目を見つめた。
「悪いのは犯人だ。きみじゃない。それに、ストーカーとは無関係かもしれないし心配いらないよ……僕が絶対になんとかする。信二のことも、ひかりちゃんのことも」
僕の言葉に落ち着いてくれたのか、ひかりちゃんはゆっくりと頷いてくれた。
「ありがとうございます……私もストーカーなんかに負けません。絶対にイベントを成功させてみせます」
涙の向こうに輝く瞳は、とても力強い光を放っていた。
怯える少女ではない、プロとしての覚悟が宿っていた。
「うん。ひかりちゃんも気をつけて」
「はい、晴人さんも」
「ひかりちゃん……」
「ゴホンッ!」
「ゲフンッ!」
『ゴホッ、シネゲフンッ!』
二人で見つめ合っていると、森さんやマイケルさん、ヘンゼルを通してムギさんのせき込みが遮ってきた。
「あ、すいませ……ムギさん今いらんこと言いました?」
『ナンノコトカナー』
「ふふふ」
僕らのやり取りで、ひかりちゃんは笑ってくれた。
「……緊張も和らいだようね。ありがとう、高若くん。とてもイベントなんてできる状態じゃなかったから、きみが来てくれて助かりました」
「い、いえ、僕はなにも」
森さんの丁寧な礼に、思わず慌ててしまった。
「さぁ、ひかり。こっちでメイクを直すわよ。マイケルさん、あとはお願いします」
二人は頭を下げ、黒服を伴って別室へと移動した。
「さて、高若くん。いきなりだが、これを見てくれ。永犬丸くんが在庫室に行く前に、鍵を借りに来た二人だ。監視カメラの映像をプリントアウトした。この二人について思うところはないか?」
テーブルに並べられた二枚の写真を、僕は食い入るように見た。
一人は同じバイトのようだったが、あまり交流のなかった人だろう。見覚えがなく、名前が出てこなかった。
でも、もう一人とは僕も信二も関わりがある人物だった。
「長谷川さん」
無意識に、声が震えてしまった。
「知ってるのか?」
「はい。でも……」
僕には、長谷川さんがストーカーとも信二を襲ったとも思えなかった。
少し気弱だが人当たりが良く、優しい人だった。
信二も信用していたし、僕が消えたときには、事情がわからないにも関わらず協力してくれた。
「それは危険だな」
僕から長谷川さんとの関係を聞いたマイケルさんは、低い声で言った。
「な、なんでですか?」
「永犬丸くんが気を許していたのなら、油断しているところを襲うことは容易だろう。それに、先日のことを知っているのであれば、ストーカーの線も考えられる……なぜこの男の報告がなかったんだ? 明らかに要注意人物だろう……」
マイケルさんは腕を組んで唸った。
「高若くん、もう休憩時間も終わるから一旦戻りなさい。だが、この男には十分注意をしてくれ。もしストーカーがこの男なら、きみも狙われている可能性がある」
マイケルさんの忠告に、僕は生唾を飲んだ。
「なにか進展があれば、すぐに伝える。みんなも、連絡は常に取れるようにしておいてくれ」
『了解!』
ヘンゼルの向こうで、全員が返事を返した。
売り子に戻りながら、気合いの入った声に思わず身が引き締まった。
でも、長谷川さんが犯人だなんて僕は実感が湧かなかった。
むしろ、なにかを見落としているような気がしてならなかった。
考えを巡らせながら、熱い会場へと戻った。
アイドルひかりんの登場まで、三十分に迫っていた。




