夏休み 『捜索』
「……間違いないんだな」
「はい」
駆け付けたマイケルさんに状況を説明し、スマホを見せた。
ムギさんたちはあくまでも客の立場だから、このバックヤードには来ることができない。
その代わり、犯人と同時並行で信二と小太郎がいないか探してもらっている。
「この画面ははじめから割れていたわけじゃないんだな?」
「はい。少なくとも、今日のバイト前は割れていませんでした。使っているところを見ましたから」
マイケルさんは無言でうなずき、重い口を開いた。
「……警備室の人間に確認したんだが、彼は鍵を借りに来てはいないそうだ。三十分ほど前だと、二人が借りに来たそうで、返却も同じ人物が来たらしい」
「誰だかわかりますか?」
僕は怒りと焦りでどうにかなりそうだった。
信二は普段ふざけてはいるが、いざとなればやる男だ。
ドコツカの安全機能もあるから、信二の身になにかがあっても、小太郎が出てきたはずだ。
二人の印術は強力だから、そう簡単にやられるはずがない。なのに、スマホ以外の痕跡を残さずに消えてしまっている。
犯人は何者なのか。
もし、信二を襲った犯人が例のストーカーと同じなら、僕らは認識を改めなければならない。
思っていたよりも、ずっと危険な存在なのだと。
「とりあえず、きみも持ち場に戻りなさい。あんまり空けると、仕事に支障が出る」
「でも……」
「ここは私たちに任せたまえ。例の二人がわかればすぐに伝える。このことは、森マネージャーにも報告しておく。もちろん、ひかりさんには伏せた上でね」
肩に手を置いて微笑んでくれたマイケルさんから、僕らとひかりちゃんに対する優しさが伝わった。
「……わかりました。あの、そのスマホ、僕が預かっててもいいですか?」
「うん? そうだな。彼が戻ったら、返してあげなさい」
僕は信二のスマホをポケットに入れると、在庫のクリアファイルを抱えて走った。
「……無事でいろよな」
心からの呟きは、会場の喧騒に飲まれて消えた。
僕が会場に戻ってから一時間が過ぎた。
上の空での接客をしていた僕は、なんだかあっという間に時間が流れた感覚だった。
僕は遅めの昼休憩をもらい、ロッカールームの長椅子に座り込んでいた。
Tシャツが汗で張り付いて、気持ち悪かった。
僕のとなりに置いてある信二の荷物が、朝と同じ状態で主人の帰りを待っていた。
「どこにいるんだよ」
なんだか胸の奥が苦しくなって、痛みを吐き出すように言った。
もしかしたら、ひかりんと海に行っていたとき、信二もこんな気持ちだったのかな。
なんてことを思うと、申し訳ない気持ちになった。だからそのことを謝りたいのに、どこにいるのかわからない。
僕の中に、悔しさが広がった。
「……そうだ」
僕は立ち上がり、照りつける太陽の下へと足を運んだ。
「おい、アメ」
僕は痛いくらいに青すぎる空に向かって言った。
(……なんだ、晴人)
黒い影のような体に、光の粒を宿した巨人が、陽の光を遮るように現れた。
「いつもみたいな隠し事はやめろ。なにか考えがあるのかもしれないけど、今はそんなの知ったこっちゃない。信二と小太郎はどこだ? お前なんだろ」
(晴人……)
「きっと、信二のピンチを助けてくれたんだろうけど、僕には言えよ。あれか? 僕とひかりちゃんが行った海に連れて」
(晴人!)
アメの声が頭に響き、体の芯を揺らした。
(儂じゃない。お前の気持ちはわかるが、落ち着け。儂は室内に入ることはできん。あの二人のことも、お前を通じて知った。儂じゃないんだよ、晴人)
諭すような優しい声に、僕は泣きそうになった。
アメが関わっていないなんて、本当はわかっていた。
でも、そうだったらどんなに安心だろうと思った。すがるような気持ちが、優しく剥がされていった。
「……ごめん」
(お前の気持ちはわかる。なに、あの小僧たちのことだ。なんやかんやで大丈夫だろう。それに、希望はあるぞ)
「どういうことだ?」
アメの顔が得意げな笑みに変わっていった。
(いいか? 儂は今日、この建物の周囲を見続けていた。ひかりんのためにな。ダイダラボッチ様の監視だぞ? 仮に瞬間移動の魔法を使ったとしても、儂ならすぐにわかる。だが、ここから小僧たちは出て行ってないし、怪しい者もいなかった。つまりは……)
「信二たちは、まだ会場の中にいる!」
心の奥に溜まっていた不安が、弾けるようだった。
(そうだ。恐らくは、何者かに捕まっているのだろう)
僕の足はすぐにでも走り出しそうで、抑えるのに必死だった。
アルバイトの疲労なんて、どこにもなかった。
「ありがとう、アメ! その……ごめん。疑ったりして」
(なに、気にするな。だがな、晴人。印術使いの小僧が捕らえられたとなれば、油断は禁物だ。くれぐれも注意しろよ。儂が中まで行ければいいんだがな……)
アメの目が、少しだけ細くなった。
こいつはときどき、こんな兄のような親のような目で僕を見てくる。
「大丈夫だよ。みんながいるし、お前の光玉もある。いざとなれば、なんとか外に飛び出すから、そのときは助けてくれよ?」
こいつのそんな気遣いが、少しくすぐったくて嬉しかった。
(なんだそんなこと。当たり前のことを言うな)
照れたのか、アメがキラキラと光る目を逸らした。
「いや、だって昨日マイケルさんたちに囲まれたとき、出て来なかったじゃんか」
(あれは、ひかりんとこの連中だとわかっていたからな。ひかりんがお前と別れたあと、あいつらのところに行くのを見てたから)
「それはやく言えよ!」
ツッコミまですると、幾分か気持ちが落ち着いた。
『高若くん、休憩中すまない。関係者控室まで来てくれないか?』
ヘンゼルから、マイケルさんの低い声がした。
『はい、わかりました』
僕は深呼吸をすると、アメを見上げて今できる最大限の笑顔で言った。
「いってくる」
アメに背を向け、僕は歩き出した。
(全部救ってこい、我が主よ)
頭を揺らす力強い声が、僕の背中を押した。




