夏休み 『事件』
『こちらマイケル。きみたちは手を出すな。距離を取って、様子を見るんだ。場所を教えてくれ。すぐに向かう』
『場所はコスプレブースの中央付近で……あっ!』
『どうした!』
『……あー、ちょっと待ってください』
珍しく衛が困惑しているようだった。
次の瞬間、今度はアキラちゃんの力強い声が聞こえた。
『女をなめんな!』
『ぎゃあ!』
『ごめん、どういう状況?』
思わず、お客に聞こえないように呟いた。
『結論から言うと、例の犯人ではなさそうだ。コスプレ会場にいたローアングラーが、一般の客まで盗撮しててな。いづみちゃんが見つけたんだが、逆上して殴りかかってきたんだ。で、俺が止めようとしたんだが』
『したんだが?』
『その前にアキラちゃんの蹴りが、きれいに決まった』
ヘンゼルの向こうで、黒服たちの口笛や拍手が聞こえた。
『なるほどな……きみたちに怪我はないのか?』
『はい、ないです。すいません』
『だ、大丈夫です~』
マイケルさんの気遣いに、息切れしたアキラちゃんと、いづみちゃんの困ったような声が聞こえた。
『今、起き上がってまた殴ろうとしたところを俺がアイアンクロー決めてますんで、このままスタッフに引き渡します』
冷静な衛の声の向こうで『いだだだだだ!』という悲痛な叫びが聞こえた。
『お疲れ、みんな』
衛のゴーレムみたいな腕で技を決められた相手を少しだけ不憫に思いつつ、僕は商品の影で労いを呟いた。
『おう』
『晴人くんもバイト頑張って』
『あとでわたしたちも、買い物にいくよ~』
みんなの明るい声を聞きながら、ふと違和感を感じた。
そして、その違和感の原因に語りかけた。
『おい、信二。どうした?』
いつもならこんな事があればすぐに反応するはずなのに、信二の声が聞こえなかった。
たしか今は、他の販売ブースで売り子をしているはずだけど。
『信二?』
『どうした?』
『信二くーん』
『返事しないとアイアンクローしちゃうぞ?』
他のみんなの呼びかけにも、信二の反応はなかった。
『……たしか、彼はC3ブロックにいるはずだったな。近くの者は、確認に行ってくれ』
マイケルさんが重い声で言った。
『……なに、ヘンゼルが離れてしまったんだろう』
僕らのことを案じてか、マイケルさんは独り言のように呟いた。
「高若くん。悪いが、クリアファイルの在庫を取って来てくれないか?」
「は、はい!」
信二の安否を心配していると、商品の在庫を持って来るように頼まれた。
僕はテナントの裏側を走って、在庫室に向かった。
在庫室と言っても、元々は椅子やテーブルが片づけられている部屋を、臨時で使っているだけだった。
鍵は警備室の人に頼んで借りる必要があり、面倒で効率が悪く感じていた。
鍵を借りるとロッカールームのとなりにある部屋に向かい、明かりをつけた。
「さて、クリアファイルは……」
人の熱気から抜けた解放感を感じつつ、商品を探しながらヘンゼルの音声に注意していた。
「お、あったあっ……た」
ものの数十秒ほどで、探していたものを見つけた。
クリアファイルと、もうひとつ。
「これは……」
部屋の奥で、見慣れたスマホを発見した。
スマホケースはイベントのグッズで、僕と一緒に買いに行ったものだ。
画面は割れていたが、電源を入れると、待ち受けが表示された。
ボランティア部のみんなと、夏休み前に撮った記念写真。
その中で、見切れて笑う小柄な男がこのスマホの持ち主だ。
「信二のだ」
そのとき、ヘンゼルから通信が入った。
『こちら、C3ブロック販売ブース。永犬丸くんですが、三十分ほど前に商品を取りに行って戻ってきてないそうです』
『……こちら、高若です。在庫室で、信二のスマホを見つけました。ですが、本人はどこにもいません』
頭に最悪な考えが過ぎった。
通信の向こうでざわつくムギさんたちの声を聞きながら、僕は強く唇を噛んだ。