夏休み 『トラブルシューティング2』
「うわ……」
「おえっ」
「きっついなぁ、これ」
男たちは同じことを感じたらしく、引きつった笑みを浮かべていた。
「なんなのこれ……」
「ちっ!」
「ひどい……」
女性陣はドン引きしたコメさん、目つきが鋭くなるアキラちゃん、涙を浮かべるいづみちゃん。
それぞれが強く不快感をあらわにしていた。
「それが先週届きました。二ヶ月ほど前から、事務所にプレゼントが送られてきたり、SNS上での陰湿な被害があるんです」
「プレゼントって、どんな?」
「……とても本人には見せられないものです」
「あー……」
森さんの回答に、聞いたムギさんは気まずく視線を逸らした。
「あの、危険だってわかってるなら、イベントに出ないって選択はできないんですか?」
アキラちゃんが小さく手を上げて言った。
「大人の事情というやつです。主題歌はこの子が歌っていますし、イメージキャラクターとして抜擢もされてますから。今回のようなイベントに参加しないなんてありえないんですよ」
「はぁ? 本人の安全よりも、イメージや利益が大事だって言うんですか?」
アキラちゃんは眉間にしわを寄せて、不快感をあらわにした。
「あなたになにがわかるっていうの! だからこそ! 万全を期したいんです! 今までのこの子の頑張りを、未来を! こんな気持ち悪い人間に邪魔されてたまるもんですか!」
森さんは目を見開いて叫んだ。
恐らく、滅多にないことなのだろう。
ひかりちゃんも、驚いた顔をしていた。
「……すいません、出過ぎたことを言いました」
「……いえ、こちらこそ。あなたの言ったことは、もっともですから」
アキラちゃんと森さんは、お互いに頭を下げた。
森さんは、一見厳しそうな人だったけど、ひかりちゃんのことを真剣に考えてくれているようだ。
「こちらでは、スタッフの中に犯人がいる可能性もあると考えています。なので事情を知る高若さんと永犬丸さんに、協力を頼もうと思っていたんです」
そう言うと、森さんは意を決したようにムギさんたちを見た。
「他のみなさんは巻き込んでしまいましたが、計らずとも実力は申し分ないとお見受けしました。もちろん、みなさんに危険が及ばないように善処します。勝手なのは承知の上です。ご協力をお願いできないでしょうか。お願いします」
森さんは、僕たちに深く頭を下げた。
僕はひかりちゃんを見た。見ずにはいられなかった。
森さんの隣で同じように頭を下げながら、泣き出しそうなのを必死に我慢していた。
森さんの気持ちが伝わったのだろう。
そして、僕たちを巻き込んでしまうことに、優しい彼女は罪悪感を感じているはずだ。
それでも、頭を下げた。
自分のしていることを理解したうえで、僕らに頼んでいる。
なんて強いんだろう。
それに比べて、僕はなんて無力で愚かなんだろう。
あんなその場しのぎの息抜きで、無責任な言葉を並べただけで、助けたつもりになっていた。
自分がどうしようもなく、腹立たしかった。
もし、そんな馬鹿な自分を撤回できるのなら。
今度こそ、彼女を救えるのなら。
僕の気持ちに、迷いはない。
「僕は協力します。自分になにができるかわかりませんが、ひかりちゃんを助けたい。今度こそ、本当の意味で」
心から出てきた、嘘偽りのない言葉だった。
「晴人さん……」
顔を上げたひかりちゃんの目から、我慢しきれなくなった涙が流れた。
「あの、僕は元々当事者みたいなもんだからさ。みんなは気にしないで、断ってくれていいから。危険があるし、女性陣は特に」
「そうね、ありがとう。あたしはやるけど」
「わたしも」
「私も。女の敵は許すまじだよ」
すかさず答えたアキラちゃんたちの強い意思の前に、僕の気遣いなど無駄だと感じた。
「もちろんおれも。ファンとして許せん」
「俺もだ。漢として許せん」
「俺も。えーと、とりあえず許せん」
信二、衛、ムギさんも、頼れる笑顔で答えてくれた。
「みなさん……ありだとうございます。ありがとうございます」
涙を流しながら、ひかりちゃんは何度も何度もお礼を言った。
この泣き顔を、心からの笑顔に変えてあげたい。
僕たちは同じ気持ちを抱いていた。
こうした経緯があり、僕と信二は他のスタッフを警戒し、ムギさんたちは会場内に不審人物がいないか探っていた。
奥の人ごみの中で、頭が飛び出した衛も見えたし、さらにその頭上をマイモが漂い、となりには砂状化したヨイチの姿もあった。
それらしい人物がいれば、黒服のリーダーことマイケルさんの使い魔である魔虫のヘンゼルの能力で連絡を取れるようになっている。
ヘンゼルはテントウムシのような見た目で、最大五〇匹にまで分身を分けることが可能。
そして、無線機のように通信ができるとのことだった。
また、術者であるマイケルさんには、脳内に映像も映し出せるようで、今回のミッションにはうってつけだった。
初めて会った大学生にここまで使い魔の個性を教えてくれるなんて、巻き込んだ罪悪感や人の良さがあるのだろうが、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「きみたちに危険なことはさせない。なにかあれば、すぐに連絡してくれ。なに、できるところを見せつけたい人がいるだけさ」
ウインクしながら言い切ったマイケルさんは、なんだか洋画の主人公のようだった。
『晴人、聞こえるか? こちら麦畑』
『アンド米富』
「目の前でなにしてるんですか」
順番が回ってきたムギさんたちが、カウンター越しにも関わらずヘンゼルを使って通信をしてきた。
『いや、せっかくだから慣れておこうかと』
「にしても、距離感おかしいでしょ」
すかさずツッコんだ。
『はっはっはっは。まぁ、変に緊張してても逆に怪しいからな。その調子で楽しみながら、注意していてくれ』
ヘンゼル越しに、マイケルさんの声がした。
あとから、他の黒服やいづみちゃんの吹き出した笑いも聞こえてきた。
『げ! 全員に聞こえるのか! グループ通話みたいなもんなのか』
『恥ずかしっ!』
「まだ聞こえてますよ。で、ご注文は?」
二人は買い物を済ませると、夫婦漫才を続けながら、離れていった。
その様子に、改めてお似合いのカップルだなと感じた。
……羨ましい。
『こちら本城・鳴水・桃園。怪しい男を発見』
続けて接客をしていると、衛の低い声が流れてきた。
ほぐれかけていた緊張が、一気に張りつめた。




