夏休み 『新たなトラブル2』
公園での出来事から30分後。
僕と信二、そして合流したボランティア部の面々は、楽多駅近くのオフィスビルにいた。
あのあと、黒服が用意していた車に乗って、ここまで移動した。
「ごめんな、なんか余計なことしちゃったみたいだな」
道中の車内で、ムギさんが気まずい笑顔で言った。
他のみんなも、反省と罪悪感が混ざったような表情をしていた。
でも、僕にはみんなを責めることはできない。
誰も口には出さなかったが、みんな本田との一件以来、得体のしれない脅威に対して敏感になっていた。
だから、謎の黒服に囲まれていた僕らを見つけて、文字どおり飛び込んできたし、コメさんやアキラちゃんも普段ではありえないほど冷静さを欠いていた。
そんな彼らの気持ちを責めるなんて、できるはずがない。
僕だって、同じ立場なら同じ行動をしたはずなのだから。
むしろ、あんな状況で出て来なかった自分の使い魔を責めたくて仕方がなかった。
「べつに謝ることないですよ。っていうか、助けようとしてくれたんだから、むしろありがとうございます。信二と二人より心強いですし」
僕の言葉に、みんなは少し安心した顔を見せてくれた。
案内されたビルには、ひかりんが所属する芸能事務所の支部が入っている。
僕らはそこの会議室に通された。ビルに入るとき、守衛の人は顔を伏せて僕らを見ないようにしていた。
誰もいない闇と足音が反響する建物は、肝試しの十倍は怖かった。
「ここで待っていろ」
黒服のリーダーは、低い声を残して出て行った。
「なーんか、怪しさが拭いきれないね」
アキラちゃんが眉間にしわを寄せて呟いた。
「お嬢。周囲に結界のようなものは、なさそうでござる」
砂状化したヨイチが、ドアの隙間から入室してきた。
「ありがと。まぁ、それなら万が一でもなんとかなるか」
「おう、バルクアップは済ませてある。いつでもいけるさ」
上半身裸の衛が、見事な筋肉を見せつけた。
「なぁなぁ、そんなことより! 晴人お前、ひかりんとなんかあったのかよ!」
好奇心に溢れた笑顔のムギさんが、ピリピリとした空気をぶち壊した。
「そういえばそうだな。教えろ」
「キュー!」
「おれもまだちゃんと聞いてねぇぞ!」
「ねぇぞ!」
便乗するように、衛と信二が使い魔と共にじりじりと歩み寄ってきた。
「私も聞きたい!」
「わたしも!」
「あたしも」
「拙者もついでに」
助けを求めるつもりで女性陣を見たのだが、僕に逃げ場はなかった。
そんな僕をからかうように、マイモが目の前を黄色く光りながら通り過ぎた。
「じ、実は……」
あの海での出来事は、ひかりちゃんにとって、あまり広められたくはないものだと思っていた。
だから、迷惑をかけた信二にだけ言うつもりだったのだが、ここまで来るとみんなにも話さないわけにはいかない。
部屋の隅に追い詰められた僕は、知られると後々面倒くさい内容は伏せて説明した。
「なんだそれ、羨ましい」
「麦畑裁判長。判決を」
「死刑です」
「落ち着きなさい、馬鹿ども」
理不尽な嫉妬の暴力に晒されそうになったとき、コメさんが鋭いツッコミで止めてくれた。
「ひかりんって、たしかまだ十七歳でしょ? そりゃあ、トップアイドルなんてやってたらいろいろあるよ。たぶん、心がギリギリだったんじゃないかな。そんな子を助けるなんて、晴人くんはよくやったよ」
コメさんは語りながら、僕の頭を優しく撫でた。
「紳士だね」
「えらいえらい」
「え、ちょっ、恥ずかしい」
なぜかそれに便乗して、アキラちゃんといづみちゃんも僕の頭を撫でた。
「「麦畑裁判長」」
「惨殺刑に処す」
女性陣の高評価に比例するように、男たちからの殺気が強まった。
ついに抑えきれなくなった嫉妬の鬼たちから逃げていると、ノックのあとにドアが開き、あのときステージで話していた森という女性が黒服とともに入ってきた。
「晴人さん!」
そして、彼らに守られるように囲まれたお姫様が、人の壁を押しのけて僕に飛びついた。
涙を浮かべたその顔は、アイドルではない、女の子のひかりちゃんだった。
「ごめんなさい! 私のせいで、晴人さんに迷惑を」
「このくらい気にしてないし、大丈夫だよ。それより、ちょっと離れてくれないかな? はやくしないと、残りの命が無くなりそうなんだ」
殺気の塊を背中に受けながら、僕はひかりちゃんの背中を叩いて笑った。
僕の言いたいことが伝わったらしく、ひかりちゃんは慌てて離れた。
「あの、みなさんも巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
ひかりちゃんは深々と頭を下げた。
「いいですよぉ。全然気にして」
「まったくよ」
ムギさんのデレデレな声は、対照的に冷たく厳しい森さんの声に断ち切られた。
「あなたの勝手なわがままで、どれだけの人に迷惑をかけたと思ってるの? 会場のスタッフもそう、SPやこのビルの管理者もそう! 無関係なこの人たちまで巻き込んで。どこまで自分勝手になれば気が済むの?」
「そんな言い方……」
口から出かけた僕の言葉を、ひかりちゃんが弱々しい微笑みで制止した。
「わかってます。すいません、森マネージャー」
頭を下げたひかりちゃんはなんだか痛々しくて、直視できなかった。
「い、いや、彼らを巻き込んだのは我々の責任です。彼女は悪くないですよ」
リーダーの黒服も、僕と同じ気持ちだったのだろう。
進み出て、ひかりちゃんと森さんの間に立った。
「うっ!」
そんな紳士的で屈強な男の頬を、森さんのビンタが捉えた。
「まったくです! こっちは高いお金払ってるんですよ? たかが大学生二人連れてくるのもできないんですか?
森さんの厳しい目と言葉が、黒服リーダーの男に突き刺さった。
「今日の不手際だって、守るべき対象を逃がしてしまうなんて信じられませんよ! もし、近くに犯人がいたらどうするつもりだったんですか? この子になにかあったら、どう責任を取るおつもりだったんですか? マイケル・スズキさん、あなた一人の処罰では済まされないんですよ?」
「も、申し訳ございません」
怒涛の攻めを受けて、リーダーの黒服ことマイケル氏は低い声で謝罪した。
「あ、あの。僕たちが連れて来られた理由は、なんなんですか」
最高に重い空気の中、意を決して言ったのに、声が震えてしまった。
森さんは大きなため息をつくと、出入り口とは反対側の壁まで歩き、もたれかかって言った。
「あなたたちに、お願いしたいことがあるんです」




