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夏休み 『謝罪』

「高若くん! よかった、ケガはないかい? ゴードンも、お疲れさま」


 イベント会場へ戻ると、あのロッカールームで長谷川さんが待っていた。


 長谷川さんは僕の身を案じると、ゴードンをドコツカに戻した。


「はい、大丈夫です。すいません、ご迷惑をおかけしました」


 僕が頭を下げると、長谷川さんは困ったような口ぶりで言った。


「うーん、まぁ、それはそうなんだけどね。実はこの騒ぎで、会場設営の仕事を一時中断したんだよ。みんなでひかりんを探せってね。だから、その、僕もどさくさに紛れて休憩できたんだよ」


 長谷川さんの言葉に、僕と信二は笑ってしまった。


「ところで、ひかりんは? 彼女は無事なんだよね? 一体なにがあったのか、教えてもらえないかい? いや、きみを疑っているわけじゃないんだけどね。僕はきみの味方だから、どうか本当のことを教えてほしい」


 長谷川さんのまっすぐな目が、僕の言葉を待っていた。


「はい。実は……」


 僕は事の顛末を二人に話した。(間接キスや長谷川さんの手前、アメの正体については誤魔化して)


 二人は話を聞くと、長谷川さんは大きく息を吐き、信二は再び嫉妬の感情を高ぶらせ、足を蹴ってきた。


「そんなことがあったんだね。大変だったね、本当にお疲れ様」

「いやいやいや。ひかりんと二人きりなんて、ファンに殺されてもおかしくないですよ。とりあえず今日晩飯奢れよな」

「なんでだよ」


 僕と信二が小競り合いをしていると、長谷川さんはどこか遠い目をしていた。


「本当に……大変だったんだな」

「長谷川さん?」


 僕の声に、長谷川さんはハッと我に返った。


 その姿に、僕はなぜか既視感を感じた。


「い、いや、なんでもないよ」

「イベントスタッフのみなさーん! ステージ前に集まってくださーい! スタッフのみなさーん……」


 ロッカールームの外で、他のスタッフの呼びかけが聞こえた。


「なんだろ?」

「とりあえず行こう」


 信二は小太郎をドコツカに入れ、僕らは設営途中のステージ前に集まった。


 巨大な垂れ幕の間から、無骨な骨組みが顔を出したステージには、華やかさはなかった。


 造りかけだとわかっているのに荒廃した廃墟のような印象を受けた。


「えー、みなさん。お疲れ様でございます。アイドルひかりんのマネージャーの、森と申します。みなさんに捜索をお願いしておりました、当事務所所属のアイドルひかりんですが、無事に見つかりましたのでご報告いたします。本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 ステージ上でマイクを持つスーツ姿の女性が、深々と頭を下げた。


 周囲のスタッフからは、深い安堵の息が漏れた。


 森という女性は頭を上げると、銀縁の眼鏡を上げ、前髪をかき上げた。

 釣り目の、すらりとした人だった。茶色い髪のポニーテールが、ふわりと揺れた。


「つきましては、ご迷惑をおかけした本人から、みなさまへお詫びを申し上げさせていただきたいと思います」


 僕は胸がズキズキと痛んだ。


 せっかく、いろんな悩みや苦しさを吐き出したのに、また彼女が傷つき苦しんでしまう。


 僕と一緒に逃げたせいで、新しい重みがのしかかってしまう。


 現れたひかりちゃんは、イベントのロゴが入ったTシャツに着替えていた。

 帽子も取り、うつむいて、ゆっくりとステージに上がった。


「うおー! ひかりーん!」


 集まったスタッフに、熱狂的にファンがいたのだろう。

 汗臭い男衆のどこかから、野太い声援が飛んだ。


 しかし、ひかりちゃんはその声に応えることはなく、表情も崩さず、マネージャーからマイクを受け取った。


「みなさん。この度は、私の勝手な行動で、みなさんに多大なご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした」


 さっきの女性よりも深く、長く、この場で誰よりも若いはずの彼女が頭を下げた。


 その姿はもうアイドルのひかりんだった。


 ゆっくりと頭を上げ、ひかりんは口を開いた。


「今日、私になにがあったのかご説明させていただきます」


 ドキッと顔を歪ませた僕を、信二と長谷川さんが心配そうに見ていた。


「一部ネットでも言われていますので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、最近私に対して、脅迫文が送られてくるなどの問題がありました。ですので、事務所のご厚意で警備をつけていただいていました」


 ひと呼吸のあと、重い静けさの中でひかりんは続けた。


「しかし、この近くが幼いころ育った思い出の場所であり、ちょっとだけなら大丈夫だろうという、浅はかな考えで単独行動をとってしまいました」


 前を見据え、背筋を伸ばし、堂々とひかりんは続けた。


「その結果、混乱を招いてしまいました。途中、私の身を案じた警備の方が緊急用の魔法を使ってくださり、安全な場所へ避難することになりました。ですが避難の際、手荷物をすべて落としてしまったらしく、今まで連絡をとることができませんでした……」


 説明の内容は、信じられないほど僕に都合のいいものになっていた。


 僕らと別れてからのこんな短い時間で、ここまでのストーリーを誰が考えたのだろう。


「……みなさんには、重ねてお詫び申し上げます。そのお詫びの気持ちも込めて、明日からの二日間。今回のイベントを、全力でやらせてもらいたいと思います! 都合の良いお願いですが、どうかご協力よろしくお願いします!」


 今度は勢いよく、生気に満ちたお辞儀をした。


 集まったスタッフからは拍手が起こり「がんばれー!」「愛してるよー!」といった声援も投げられた。


 すると、ひかりんはやっと笑顔を見せた。


 そのとき、自分と目が合っていたと思うのは、ただの勘違いなのだろうか。


 ひかりんは最後にマネージャーと頭を下げ、歓声と拍手の中ステージを降りて行った。


 従業員用出口に向かう彼女を見ながら、信二たちに目をやった。


 大げさに「ひかりーん!」と叫ぶ信二。


 そのとなりにいる長谷川さんは「がんばれ。がんばれ」と呟きながら、涙を流していた。

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