夏休み 『アルバイト・オン・ザ・ビーチ3』
僕とひかりんはお互いに恥ずかしさを感じつつ、アメ発案のゲームに興じた。
結果ひかりんが見たことないほどデカい真珠を手にした。
負けはしたが、僕にとって夢のような時間だったので、悔しさはなかった。
再び海から上がるときには、間接キスの気まずさもどこかへ行っていた。
「あー、楽しかった!」
ひかりんは砂に寝そべり、満足そうに笑った。
「ホント楽しかったけど、意外に疲れたなぁ」
(本当に情けないな、晴人よ。もっと体力をつけないと、バイトも最後まで続かんぞ?)
「うるさいなぁ」
ふと、隣で寝転ぶひかりんの顔を見た。
先ほどまで輝かんばかりの笑顔だったのに、今はどこか悲し気な表情で空を見ていた。
「……ねぇ、ひかりん」
僕は胸の中でくすぶっていた疑問を口にした。
「本当は、あそこでなにをしてたの? あの人たちは、本当に悪い人?」
状況に流されるままに、僕はひかりんを連れて逃げてしまった。
しかし、冷静になればおかしなことばかりだった。
人気芸能人であるひかりんが、たった一人、使い魔も連れずに出歩いていること。
悪い人にしては、特に乱暴な様子もなかった人たち。
そしてなにより、僕は見ていた。
ひかりんを探していたのは、黒服だけではなかった。
逃げているとき、施設の中で見た知ってる人の顔。
仕事を中断して、必死にひかりんを探す長谷川さんの姿があったのだ。
「イベントのスタッフまで駆り出すなんて、外部の人にはできないよね。きっと、あの黒服の人は事務所の人とかなんじゃない?」
僕の言葉を飲み込むように、ひかりんはゆっくりとうなずき、話し始めた。
「うん。あの人たちは、事務所のSPさんたち。最近、変な手紙とかネットに書き込みがあって、マネージャーさんが心配して付けてくれたんです」
「ひかりんの使い魔は?」
「私を逃がすために、囮になってくれて……今頃、帰りを待ってるんだろうな」
ひかりんの目から、一筋の涙が流れた。
その表情は罪悪感に染まり、どこか悲し気だった。
なのに、僕はその涙をきれいだと思った。
「どうして逃げたりしたの?」
「……耐えられなかったんです。夢だったアイドルになって、辛いこともあっけど、毎日楽しかった。でも、毎日仕事ばかりで、息苦しくなっちゃって。自分がなにをしたいのか、幸せってなんなのか、わからなくなったんです」
厳しい社会で生きる少女の苦しみを、僕は黙って聞いていた。
「そんなとき、嫌がらせが始まったんです。私を見てる誰かが嫌がらせをしてるんだって考えると、人前に出るのも怖くなって……私、私っ!」
ひかりんの目からは、もう涙が止まらなくなっていた。
子どものように泣く彼女の言葉を僕は黙って聞いた。
「今度の、イベントの会場がっ、小さい頃住んでた場所の近くってわかったらっ。なんだか、全部、嫌になっちゃってっ。逃げ出したくなっちゃったんですっ! 子どもの頃みたいにっ、笑いたくてっ、あの頃にっ! 戻りたくって!」
心に溜まっていたものを吐き出すように、彼女は泣いた。
激しく鳴くセミの声もかき消すように、泣き叫んだ。
彼女の悩みも痛みもわかってやれない僕は、黙ったまま左手を伸ばした。
それに気づいた小さな手が、すがるように握った。
僕は努めて優しく、泣き声が波音に包まれるまで、その手を握り返した。
「ご、ごめんなさい。あの、ありがとうございます」
泣き止んだ彼女は体を起こし、頭を下げた。
「ねぇ、名前を教えてくれないかな」
まだ出会って一時間も経っていないこの女の子を、僕は助けてあげたいと思った。
でも、僕と彼女の住む世界はあまりにも違い過ぎて、いくらアメの力があっても僕にできることは限られている。
だからせめて、今の僕にできることをしてあげたかった。
「え? な、名前ですか?」
「うん。もうアメから聞いてると思うけど、僕は高若晴人。繋文大学の一年生です。きみは? 遊んで笑って、恥ずかしがって、心から泣ける。アイドルのひかりんじゃない、普通の女の子のきみの名前を、教えてくれますか?」
少女の目から、また涙がこぼれた。
その姿に、僕はやっぱりきれいだと感じた。
「東田、ひかりです」
握られたままだった左手が、また強く握られた。




