夏休み 『ロッカーの天国2』
「え、オレたちまだ十五分くらいしか休憩してないですけど」
「あぁ? 口答えすんのかチビ。若いんだから、そんくらい休めば十分なんだよ! てめぇらがチンタラやってると、責任者の俺が責められるんだよ馬鹿が! やる気ないなら帰れ! てめえらみたいなのにやる金なんて、会社さんも持ってないんだよ!」
理不尽が唾とともに降り注いだ。
僕らはしぶしぶ腰を上げ、テナント設置の作業に戻った。
「なんだ、あいつ。自分はさっき一時間きっちり休んでたじゃねぇかよ」
「ああいう大人にはなりたくないな」
叫んでいたのは、同じ派遣バイトの岡村という男だ。
最年長の三十九歳ということもあり、僕らの責任者を任されている。
こういう仕事の経験もかなりあるようで、僕たちも最初は尊敬と期待の目で見ていたのだが、時間が経つにつれて性格の悪さが目立つようになっていた。
自分以外のアルバイトを顎で使い、派遣元の社員には人が変わったように頭を下げる。
僕らにきつく大変な作業をさせて、自分は楽なほうを選びながら、なにかと理由をつけてサボろうとする。
なので、早々に僕たちからはダメな上司のレッテルが貼られ、別会社の作業員の人からも白い目で見られていた。
「口を開いたら理不尽なことしか言わねぇじゃねぇか」
「ホントだよな。脱水で倒れたりしたら訴えてやる」
僕と信二は、不満と汗を出しながらテナント設営の仕事に戻った。
「え、もう戻って来たの? だめだよ、ちゃんと休まなきゃ」
明らかに早い僕らの帰還に、一緒に作業をする長谷川さんが目を丸くして言った。
長谷川さんは、同じ派遣元のアルバイトの中で三十七歳と二番目に年長で、小太りのおっとりしたおじさんだった。
体調や仕事内容に細かく気配りをしてくれる人で、実際体力に自信のなかった何人かは、長谷川さんの判断で比較的楽な作業をしている。
この人が責任者だったらと、この二日で何度思ったことか。
「いやぁ、リーダーに言われちゃ逆らえないっすからね」
信二が嫌味を口にした。
「いやいや、べつにぼくらの仕事は遅れてないんだし、むしろ倒れたほうが大変だよ。ちょっと待ってね、ぼくが岡村さんに言ってくるから……聞いてくれるかはわからないけどね」
長谷川さんは本当にいい人なのだが、なんというか押しが弱いところがあった。
言ってることは明らかに長谷川さんが正しいのに、岡村が強く言うと萎縮してしまうことが多々あった。
本人もその自覚はあるらしく、僕らに向けられてた笑みは自信なさげな苦笑いだった。
「いやいやいや。無理しないでください、長谷川さん。長谷川さんのほうこそ、昨日もろくに休憩してないじゃないですか」
「そうですよ。水分補給と体力回復してきてください!」
信二がゲームに登場する回復薬のPOPを掲げ、笑顔を向けた。
「ははは、ありがとう。だめだなぁ、きみたちみたいな若い子に気を遣ってもらうようじゃ。大人としてもっとしっかりしなきゃね……」
長谷川さんは自傷的な言葉を呟きながら、先ほどまで僕たちがいた場所へ休憩に行った。
「いい人なんだけどなぁ。もっと自信持ったらいいのに」
「そうだなぁ」
「おらっ! 無駄口叩いてねぇで、仕事しろ馬鹿共が!」
心の中で盛大に「うるせぇ馬鹿!」と反発しながらも、しぶしぶ作業に戻った。
ここまでは、この数日のバイトとなにも変わらなかった。
問題は、そのあと起きた。
 




