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一年前期 『大きな存在』

 様々な問題が解決し、やっと大学生活が楽しめると思っていた。


 しかし、僕たちには新たな戦いが迫っていた。

 とんでもなく強敵で、経験したことのない戦いが。


 前期の学期末試験。


 事実上、前期のラスボスだ。


 言い訳になるが、本田のこともあって、僕はほとんど準備をしていなかった。


 そして信二は全く準備をしていなかった。


 僕たちはいづみちゃんの優しい眼差しと、アキラちゃんの呆れた表情。意外にもちゃんとしていた衛のムカつくドヤ顔を向けられながら、試験範囲の勉強はもちろん、ノートの写しと資料の整理に追われた。


 そして連日の努力の甲斐あって、今日の最終日を迎えることができた。

 実は昨日も深夜までノートを書いていたのだが、徹夜で挑むことになった信二よりはマシだ。


(ふふ、なんとか間に合ったな)


 窓の外に、アメの顔が浮かんだ。


 今はダイダラボッチの特性で、他人には感知されない上に、どこかに体が触れても、影響を与えないようになっている。

 なんとも都合のいい能力だが、おかげで僕はドコツカを持たずに済んでいる。


 まぁ、一度買おうとしたときに本人が断固拒否したことも大きな理由だけど。曰く、これだけはダイダラボッチとしてのプライドが許さないのだそうだ。


「笑うな。お前がいない間の苦労が、今しわ寄せで来てるんだぞ。なんで呼んだときにすぐ帰って来なかったんだよ。お前がもっとはやく帰って来てれば、本田のこともすぐに解決したのに」


 着替えながら文句を言った。


(そう言うな。いないなりに、要所で助けただろう。あの怪しげなサークルに攫われたときには、信二たちを導いた。道端で襲われたときには、暴れられるように人を廃してやった。我が力の一部をとして貸してやることで、少しは自分でも対処できたはずだしな)

「まぁ、そうだけどさ」

(それに、もとはといえばお前が儂に、極力姿を見せるなと命令したんだろうが。ま、それも徒労だったわけだが)

「うるさいよ」

(……よかったな、晴人)


 アメの落ち着いた声が、胸に響いた。


「…うん」


 こいつがなにを言いたいのか、僕にはよくわかっていた。


 最初はたしかに僕が遠ざけたけれど、なかなか僕のところへ戻らなかったのは、アメにも考えがあってのことだ。


 きっと、みんなが僕たちを受け入れてくれると、ずっと前にわかっていたんだろう。以前なら、こっちが嫌がっても干渉してきたのに、今回は最低限のことしかやらなかった。みんなと絆を築くまで、待ってくれていたのだ。


 本当に、こいつは僕には大きすぎる。


「でもさ、アメ」


 寝ぐせを直しながら、僕は心に浮かんだ感情を吐き出した。


「今回の件は、言ってしまえば僕が発端だ。あのとき、僕が見学に行かなければなにも始まらなかった。本田はあんなことにはならなかったし、ユリ先輩も無事だったはずだ。犠牲者だって、今頃普通に暮らしていたはずだ」


 誰にも責められないし、直接の責任はないのかもしれない。

 でも、僕の心には罪悪感が痛みを伴って横たわっていた。


 すべての始まりは、僕だ。


 突き詰めてしまえば、僕がこの大学に入ったことがそもそもの原因と言える。

 僕のせいで、この短期間で多くの人が傷ついてしまった。起きてしまった多くの不幸は、僕に繋がっている。


 どうしても、そう考えてしまう。


(考え過ぎるな)


 僕の気持ちを感じ取ったのか、アメの落ち着いた声が頭に響いた。


(お前があの場にいたのは、たまたまだ。もし儂が傍にいたとしても、そして他の誰かだったとしても、遅かれ早かれこのような結果になっていただろう。ただ時期と、解決する人間、犠牲になる人間が違うだけでな。晴人よ、この世には全盛の儂の力を以てしても、どうにもならんことがある。人は、それを運命と呼ぶ。こうなったのは、お前の運命なのだ)


 アメは、一呼吸置いて続けた。


(運命には辛いこともあるが、喜びだってある。お前が入学以降に経験したことは苦難だけだったか? 得たものは苦痛でしかなかったか? 決してそうではなかったはずだ)


 罪悪感は感じているし、後悔もある。


 でも、入学してから今日までを、すべて否定することはできない。

 すべてをなかったことにしたいとは思わない。


 だって、楽しかったから。


 みんなと一緒にいるとき、僕はとにかく楽しかった。


 辛いことも、悲しいことも、ひとつひとつが僕を作る。


 起きてしまったことは、変えることができない。


 だったら、それらを否定せず受け入れなければならない。受け入れ、乗り越えていかなければならない。


 それなら、どんなことでも楽しんでしまったほうがいい。


 どうせ結果が同じなら、最後には楽しかったと思いたい。


「でも、楽しむことよ。それが貴方に定められた運命でもある。楽しみなさいな」

 

 いつか、楽多の母に言われた言葉が頭をよぎった。

 あの人は、僕がこんな状況になることを知っていたのだろうか。


「お前に言われるまでもないよ。この大学に来て、みんなと出会ったことを苦になんて思っていないさ。まだまだキャンパスライフは始まったばかりなんだ。こんなところで、楽しむのをやめるわけにはいかないよ」


 僕は強がって、アメの問いに答えた。

 素直にお礼を言うのはなんだか照れくさかった。


(うむ、その意気だ。さぁ、はやく試験を終わらせてやろうじゃあないか。これが終われば夏休みだ。心躍るシーズンがやってくる)


 下心丸出しの笑みが浮かんだ。

 きっとアメの頭の中では、すでに水着の美女たちが戯れているのだろう。


 髪を整えながらふと、心に浮かんだ疑問をぶつけてみようと思った。

 いや、本当はずっと疑問に思っていたのだけれど、今日は言わずにはいられなかった。きっと、さっきまで見ていた夢のせいだ。


「なぁ、アメ。お前、どうして僕の使い魔になったんだ?」


 窓の外で、アメが動く気配がした。


 プライドの高いこいつが、自分に宿る力のほとんどを失ってまで、僕の使い魔になったのはどうしてなのか。

 今までいくら考えても、答えはわからなかった。


(どうした、急に。理由もなにも、ただの気まぐれだが……そうだな。もっと詳しいことは)


 僕は靴を履いて玄関の扉を開けた。

 真っ青な空と、眩しい太陽をバックにアメの顔が目の前にあった。


(大きくなったら、教えてやるよ)

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