決戦 『幕引き』
「ねぇ。それで、どうやってここまで移動したの? ダイダラボッチの能力?」
アキラちゃんは涙を拭う僕ではなく、アメに声をかけてくれた。
(うむ。正確には場所を変えたのだがな。お前たちが今いる場所を、あの公園からこの川に造り変えたのだ。儂にかかれば、この国のどこにでも造り変えることができる……のだ、本気を出せれば)
アメがわざとらしくため息をついた。
(使い魔となってしまったことで、晴人がいる市内にそれが限定されてしまった。こいつが日本一の魔法使いにでもなれば話は別だが、そんなこと期待できんし。まったく、使えん主だ)
僕を見下ろすアメの視線は、心から馬鹿にしたものだった。
「おい、初対面の人に愚痴るな。あと本人の前だぞ」
やっと涙が止まった僕は、すかさず使い魔にツッコんだ。
「それで、タイミング良く戻ってきたのか」
(その通りだ、筋肉。まぁ、なんとなくヤバそうなのは感じておったから、いつでも戻る準備はしていたのだ。だが、あのタイミングが一番かっこよかっただろう?)
アメは、また得意げに笑って胸を張った。
いや、もっとはやく戻ってこいよ。
(もちろん、儂はお前たちのことを知っているぞ? ちっこいのが、永犬丸信二と使い魔の小太郎。筋肉が本城衛、隠れているのがアリエッタ。二つ上の麦畑幸一とふてぶてしいのが不死鳥のフォークス。べっぴんさんが鳴水アキラ、その使い魔ヨイチ。巨乳の桃園いづみとケセランパセランのマイモだろう?)
いづみちゃんが慌てて胸を隠し、なぜか僕が睨まれた。
アメはニヤつきながら続けた。
(儂はダイダラボッチだぞ? その場にいなくても、意識を向かわせれば起きていることくらいわかる……この馬鹿の周囲限定だかな。まったく、この使えんクズが)
「だんだん口が悪くなってるぞ、おい」
「……ところでさ」
ムギさんが口を開いたことで、巨体から繰り出される愚痴は止まってくれた。
「本田は?」
僕らは慌てて浅瀬に目をやった。
この場所に来てからずっと、みんな僕とアメに注目していた。
ファイアボールもキャンセルされ、危機は去った。だからすっかり、すべて解決したような気になっていた。
視線の先に、本田の姿はなかった。
「ちくしょう! 逃がした!」
「おい! アメ、あいつどこ行った!」
慌てる僕たちをよそに、アメは面白そうに笑った。
(まぁ、落ち着け……ふむ、こんなところか。そらっ)
「うぐっ」
鈍い声がしたかと思うと、本田の姿が戻っていた。
しかし、さっきとは違い、なぜかずぶ濡れだった。
「え? どうしたの?」
いづみちゃんが、きょとんとして言った。
(逃げられてもかなわんのでな。儂が回った市内の水場を順番に堪能してもらったのだ。ちょっと、やり過ぎたかもしれんが)
本田は咳き込むと、ぐったりとその場に倒れ込んだ。
「く……そ……めちゃ……くちゃだ。こいつ」
なにをされたのか、詳しい内容は聞かないことにした。
「さてと、本田。ここまでだろう、観念しろよ」
ムギさんが声をかけると、歯を食いしばった本田が鋭く睨んだ。
「う、うるさい! まだ、まだだ。ボクは、負けてない。先生に、まだ、近づいてない!」
(なんだ。また水浴びしたいのか?)
アメの言葉に、本田は青ざめて声の主を見上げた。
「やめろ。それ以上したら、下手すりゃ死ぬだろう」
(ならば、どうする?)
「そこで俺の出番だよ」
胸を張って、ムギさんが前に進み出た。
「衛、そいつ押さえてくれる?」
「はい」
「ヨイチ、あんたも手伝いな」
「御意」
衛は戦闘強化の状態でひと跳びで向かうと、後ろから本田を羽交い絞めにした。
ヨイチも続いて砂状化で飛んでいくと、絵字不刀を突きつけて動きをさらに封じた。
(妙なマネをすれば、筋肉が骨を折り、ヨイチが肉を断ち、小太郎が身を焼き、儂が水に沈めてやるから動くなよ?)
アメの低い声に、本田は恐怖に顔を染めた。
もちろんそんなことするわけないが、震えた本田を見るかぎり効果はあったようだ。
「よし。いくぜ、フォークス!」
かけ声と共に、頭の上にいたフォークスが右手に移動した。
ムギさんはフォークスに小刀を咥えさせると、ニヤっと笑った。
「待て、麦畑。なにをするつもりだ」
「いいから、大人しくしてろよ? いくぜぇ! フォークス・アタック・スペシャル!」
ムギさんは高らかに叫んだ。
スペシャルというわりには、ただフォークスが小刀を咥えているだけなのだが。
日頃、僕たち相手に投げているからか、コントロールは抜群に良かった。
投げられたフォークスは一直線に飛び、咥えられた小刀は本田の足下、ヴァナ・リゴに突き刺さった。
「「ヴィヤアアアア!」」
本田と、そしてヴァナ・リゴから捻じれた悲鳴が上がった。
本田はのたうち回り、ヴァナ・リゴはゴボゴボと変形を繰り返した。
飛び出た影はレーシーに、グレムリンに、ドールに、魔牛に、カーバンクルに形を変えた。
しばらくすると悲鳴は止み、本田は動かなくなってしまった。
「……死んだの?」
いづみちゃんが細い声で呟いた。
「いや、この小刀が斬るのは邪気だけだ。怪我はしても命は取らねえよ。キメラ化で澱んでた魔力を浄化したんだろう。これで、ヴァナ・リゴは普通の使い魔に戻ったわけだ」
「じゃ、じゃあ、襲われた人たちも元に戻るんですか?」
「それはないよ、いづみ。あいつの異常性が無くなっただけで、殺された使い魔は戻らない。人間のほうの回復を祈るだけだよ」
いづみちゃんの顔がしゅんとなった。
アキラちゃんの言う通り、殺された使い魔たちは戻ってこない。
ただ、せめてもの供養にはなったと思う。
死んでからも利用されていたのでは、死んでも死にきれないだろう。
「ま、なんにせよ、とりあえず……」
「?」
「大・勝・利ー!」
拳を突き上げて、ムギさんが叫んだ。
解放された気持ちのいい笑顔があった。
「ですね。よっしゃー!」
「オーン!」
信二と小太郎も続いた。
なんだか楽しくなってきた。
「うおおおお!」
「キュー!」
「わー!」
いづみちゃんのとなりで、マイモが虹色に光った。
「終わったー!」
「これにて了!」
「わあー!」
(オオオオオオ!)
全員で叫んだ。
アメも、雄叫びを上げた。
かくして、大学一年前期の戦いは幕を閉じた。
 




