決戦 『絶体絶命』
また無数の触手が伸びたかと思うと、先端が人の形に変わった。
僕たちと本田の間に、二十体ほどがズラリと並んだ。
「取り込んでいくうちに、複数の能力を合わせることも可能になった。ドールの分身体のトロさを、触手の素早さでカバーする。ははは! 影の操り人形たちだ! いけぇ!」
「させるかよ」
ムギさんが手をかざすと、人形たちの周囲が真っ赤に染まった。
しかし、こちらが顔をしかめるほどの熱なのに、人形が灰になることはなかった。
「ははは! カーバンクルの力さ! 修復能力だ。お前の魔法なんて、すぐに回復できるさ!」
見ると、本田の胸に寄り集まった魔石のような影が、濃い紫色の光を放っていた。
「……糞が」
同じカーバンクルを使い魔に持つ者として、衛はこの現象を誰よりも不快に思ったのだろう。
今まで見たことないほど鋭い目つきで、本田を睨んでいた。
「いけぇ!」
本田の裏返った声が響いた。
人形は高温の中を進み、僕たちに襲いかかった。
「ヨイチ!」
「承知!」
絵字不刀を煌めかせ、ヨイチが先陣を切った。
ヨイチは体を砂に変え、煙のように人形たちと距離を詰めた。
「遅い」
目にも止まらぬ早業で、ヨイチは人形の間を抜けて行った。
そのあとには黄金色の太刀筋が残り、人形たちはバタバタと切り捨てられた。
「すげえな、ヨイチ。負けてられねぇぞ、小太郎!」
「おう! 来い、シンジ!」
信二は印を結び、小太郎に魔力を注いだ。
「永犬丸流印術。攻火乃術弐式、紡戯!」
小太郎の体が燃え、人形の隙間を縫うように駆けていった。
赤い火が筋となって、糸のように伸びていた。
「オン!」
駆け抜けた先で小太郎が吠えると、火の糸が激しく燃え上がり、触れていた人形が炎に包まれた。
「どうだっ!」
「あぶねぇ!」
信二を突き飛ばし、猛烈な勢いで襲ってきたシャドーを衛が受け止めた。
見ると、そいつは人ではなく牛の姿をしていた。きっと、取り込んだと言っていた魔牛だろう。
「ぬうう……ふんっ」
衛は魔牛を蹴飛ばし、距離をとった。
しかし、珍しく苦痛の表情を浮かべ、腹部を押さえていた。
今の突進で痛めたようだ。
「大丈夫か? 衛」
「問題ない。しかし、あの突進は厄介だ」
再度突進の機会を窺う魔牛を、衛は睨んだ。
「ブルルルぁ!」
魔牛は勢いをつけ、衛を狙って突っ込んできた。
「マイモ! 守っちゃって!」
いづみちゃんの声がしたかと思うと、マイモが衛と魔牛の間に飛んでいった。
そして一瞬で膨らむと、魔牛の攻撃をもろに受けた。
が、モッフモフなマイモは突進の勢いを殺し、優しく受け止めていた。
「サンキュー。マイモ、いづみちゃん」
不敵な笑みを浮かべると、衛は飛び上がり魔牛の脳天に落石のようなゲンコツを食らわせた。
「えへへへ。楽多の母に言われた通りにできてるかな?」
いづみちゃんが得意げに笑った。
ムギさんは、僕らを守るように熱魔法を展開し、近づいた敵には小刀で応戦していた。
「アメ! 力を貸せ!」
僕は光玉で、敵を縛り上げた。
その隙に衛やヨイチが攻撃してくれるのだが、僕の力では二体を拘束するのが精いっぱいだった。だから基本的に、アキラちゃんといづみちゃんを守ることを優先したのだが、僕の中ではもどかしさが広がっていた。
本当なら、僕だってもっと戦えるのに。
しかし、こうなったのは自分自身のせいだ。
みんなとの関係が壊れることを恐れて、本当のことを黙ったままにした。今まで先延ばしにしてきたから、本当に必要なときに力を発揮できない。
なにを思っても遅いけど、自分がどうしようもなく情けなくて悔しかった。
「くそ~、調子にのるなよお前らぁ!」
ひと際耳障りな声を上げて、本田が僕たちを睨んだ。
「きいぃぃぃぃやあぁぁぁぁ!」
本田は新たに複数の人形を作りだした。
人形たちは本田の周りに集まると両手を挙げ、その一人一人がファイアボールを作り始めた。一つ一つが、あのときチャドラが放とうとしたものと同じ大きさだった。
本田は奇声を上げながら鼻血を垂らし、体をカクカクと揺らしていた。
「おい、本田やめろ! 死ぬぞ、お前!」
「うるるうるうるうるさい! ししし死ね死ねしねシネ!」
もはや、なにを言っても無駄だった。
いよいよ火球の勢いが増し、今にも放たれようとしていた。
こんな攻撃を食らえば、全員、確実に死ぬ。
ふと、みんなの顔を見た。
怯えたいづみちゃん。
睨みつけるアキラちゃん。
絶望した信二。
厳しい顔の衛。
悔しそうなムギさん。
僕はこのまま、なにもせずに終わるのか?
僕はこの状況を覆すことができるのに。
本当に、本当に。
「さっさと戻って来い! クソ使い魔ぁー!」




