決戦 『真相』
「本田……さん」
久しぶりに見る本田は、変わっていた。
ぼさぼさの髪に歪んだ眼鏡。汚れて、伸びきった服は破れているところもあった。
薄気味悪い笑顔を浮かべて、あの頃のさわやかさはどこにもなかった。
「ふふっ、覚えていてくれて嬉しいよ。どうだい、大学は楽しいかい?」
かすれた声は、聞き取りづらかった。
本田は、僕の返事を待たずに続けた。
「あれからね、ボクは大学を辞めたんだ。先生の札が被られるなんて、初めてだったからね。警察の捜査もあったし、あの場所に居られなくなったんだよ。それから先生のところへ逃げた。そりゃあ、とっても怒られたよ。とってもとっても怖かった」
足下の影が、水面のように波紋を広げた。
「でもね、先生はボクにチャンスをくれた。先生のところに来てた老人がいてね、最近痴呆が激しくて本当の自分がわからなくなったみたいだから、捨ててこいって。そしたら、ボクのことを許してくれるって」
嫌な汗が流れた。
「大変だったよ~。薬で眠らせたんだけど、使い魔の草人が途中で目を覚ましてね。暴れるもんだから、ボクの使い魔に襲わせたんだ。ガイストタイプ、シャドーのヴァナ・リゴだよ。能力は自分の中に対象を入れて移動できるんだ。でね、ヴァナ・リゴの中にジジイの使い魔入れて、除草剤ぶちまけたんだ。そしたらさ、どうなったと思う?」
本田の笑みが大きくなった。
視点が定まらず、どこか空中を見つめていた。
「ジジイ、パートナー・ロストになったんだよ。でもそのあと、ヴァナ・リゴが急に苦しみだしたんだ。ボクも全身が焼けるように熱くなって、体中が裂けるように痛んだ。どうしようもなくてヴァナ・リゴの中に入って苦しんでたんだ。一週間くらいかな? そしたら、驚くことが起きたんだ。ジジイの使い魔、ツタみたいな触手を操るしか能がなかったんだけど、それが使えるようになったんだ! はははっ! すごいよね」
乾いた笑い声が響いた。
本田以外、誰も口を開くことができなかった。
だが、いくつかの疑問が解決した。
入学式の日、本田たちは使い魔の中に入って逃げた。だからヨイチでも見つけられなかったし、捕まることもなかった。
この公園で初めてキメラ化したヴァナ・リゴと出会ったとき、まだ取り込んだ使い魔が定着していなかった。
だからあんな奇妙な姿をしていたし、あれ以上襲ってくることもなかった。消えたと思ったのも、元々持っている能力を利用して逃げたにすぎなかったのだ。
「それからさ、ボクはヴァナ・リゴの中に入ったまま過ごした。そして使い魔を襲わせて、ヴァナ・リゴの中で殺した。食わせたんだ。そしたら苦しいけど、どんどんボクらは強くなった。シャドーをベースにレーシー、グレムリン、魔人形、魔牛、カーバンクル。みんな、ボクの力になったんだ」
今のヴァナ・リゴは使い魔のキメラには違いない。
でも、長老が言っていたものとは少し違う存在のようだ。
無理やり合成されたのではなく、他の使い魔を取り込んだ。
恐らく、他者を自分の中に入れるという能力と対象を取り込むという方法が噛み合い、キメラ化と同じ結果を生んだ。さらに、その負担を軽くする効果もあったのだろう。
強い不快感と怒りと悲しみが、自分の中で渦巻いているのがわかった。
今の本田を見ていると、ひたすら腹が立ってくるし、今すぐ殴りたくなる。
同時に、犠牲になった使い魔と人間が可哀想で仕方なかった。
こんな奴に、いいように使われるなんて。
こんな奴に、人生を狂わされたなんて!
「ボクはさ、先生に近づきたいんだ。もっともっと、強くなって認めてもらうんだ。だから……」
本田の声が低くなった。
「きみたちの使い魔ちょうだい?」
全員が素早く身構えた。
本田の足下にいるヴァナ・リゴが、ゴボゴボとうねりだした。
「……一つ聞いてもいいですか?」
息苦しい空気の中で、僕は口を開いた。
本田を見ていて、どうしても気になったことがあった。
「ユリ先輩は、どうなったんですか?」
「ん? あのドブス? 知らないなぁ。先生も飽きてたみたいだし、幹部たちのおもちゃになってるんじゃないかな?」
本田はケラケラと笑った。
「そう……ですか……」
僕は歯を食いしばった。
べつにユリ先輩に思い入れがあるわけじゃない。
でも、本田がこうなった以上、せめてあの人くらいは無事でいてほしかった。
本田の予想が外れていることを、心から祈った。
「ひっどいね。その団体もお前も」
「反吐が出る」
「許せません!」
「覚悟しな。あんたの愚行は、ここで終わらせるよ」
「……前にも言ったよな、本田。早く逃げろって。絶対に正しいんだって聞かなかったけど、その結果がこれかよ」
みんなのあとに、ムギさんが哀しい瞳で言った。
どうやら、知り合いだったらしい。たしかに学年も同じだから、面識があったとしても不思議ではない。
「うるさい、麦畑ぇ! お前のフェニックスを取り込めば、先生に大きく近づけるんだ。お前ら糞一年も使い魔をよこせぇ!」
よだれをまき散らしながら、本田が叫んだ。




