決戦 『怒り』
「遅いぞ、晴人!」
連絡を取りながら、僕はみんなとの合流を急いだ。
だんだんと日が暮れ、辺りが暗くなりつつあった。
やっと追いつくと、みんなは公園にいた。初めてあの化け物と出会った公園だ。
「ごめん。ムギさんはどう?」
「公園の周りに札を貼ってる。なんの魔法かは、わからないけど」
「あ、戻ってきた」
僕らは、ドーム状で穴が無数に開いた遊具の中に隠れていた。
ムギさんは頭にフォークスを乗せ、僕が来た方向と反対側から歩いてきた。
そして、僕らがいる遊具から三十メートルほど離れた場所で止まった。
ムギさんが深呼吸をし、手を胸の前で合わせると、園内の大気が鈍く震えた。
すると、この距離では聞こえないはずの呪文が、僕たちの鼓膜を揺らした。
「我、永遠》の炎を宿す者 不変の鳥と歩む者 燃ゆる翼の一翼を 今この術にくべる
彼方に望む太陽は、旅人の衣を剥ぎとる 潤す水は露もなく、ただ汗のみが滴り落ちる しかし、人はその熱を欲す 夜の帳で恋しく想う 北風さえも妬ける熱さよ 我が身に宿いて力を示せ
我、永遠の炎を宿す者 不変の鳥と歩む者 燃ゆる命の一瞬を 今この場所に捧ぐ」
「な、なんの魔法だ?」
信二が興奮気味に言った。
「間の呪文は、たぶん熱魔法の一種じゃないかな。でも、最初と最後のは聞いたことがない」
「なんとなく、不死鳥に関係あるんじゃない? 永遠の炎とか不変の鳥とか」
「……なるほど」
たしかに、呪文を聞くかぎり不死鳥、つまりフォークスがこの魔法に関係しているようだ。
初めて、投げられる以外で役に立っているところを見た気がする。
「お嬢。見て回ったが、公園に我ら以外の人影は見当たらないでござる」
初めて見る魔法に憶測を巡らせていると、砂状化したヨイチが遊具の中に入ってきた。
「ご苦労さま。いい? なにかあったら、すぐに飛び出せるようにしときな」
「御意」
「あ、見て!」
見ると、先ほどの呪文を繰り返すムギさんとフォークスの体から、魔力が湯気のように出ていた。
揺らめきながら、その濃度は次第に濃くなっていった。
「……燃ゆる命の一瞬を 今この場所に捧ぐ 『アイソーポス・リスト 北風と太陽!』」
五度呪文を唱えると、ムギさんが叫んだ。
同時に、漂っていた魔力が凄まじい勢いで拡散した。
「うわ!」
「きゃっ」
僕たちも波動を受けた。
全身を押さえつけられる感触が、熱と共に通り過ぎていった。
「な、なんだ? 今の魔法」
公園は、先ほどの魔力で満ちていた。
じんわりとした熱さがあり、遊具の中はちょっとしたサウナになっていた。
「あ!」
いづみちゃんが思わず声を上げた。
視線の先には、黒い水たまりのような影があった。
つい先ほどまではなかったものだ。
街灯に照らされた影は、少し動いているように見える。しかし、最初にこの公園で見たような塊ではなかった。
でも、あの影が二度出会った化け物と、同じものだということは断言できる。
突然湧いてきたこの吐きそうになる不気味な魔力は、間違えようがない。
影はちょうどムギさんの正面にあり、ムギさんはそれをじっと睨みつけていた。いづみちゃんの声には気づいていないようだ。
「出たな、化け物」
ムギさんが言った。
周囲の魔力を介しているのか、僕の耳にもはっきりと聞こえた。
「あぁ、安心していいぞ。この公園に人避けの札を貼ったから。京都の陰陽師にもらったやつ、すごいんだぜ? あと一時間は、人間は誰も入って来たりしないよ。でも、お前は入れたんだな。さすが化け物、人間じゃねぇんだな」
ムギさんが小さく手を叩いた。
「俺さ、今魔法使ったんだけど、不死鳥の魔力を乗せてみたのよ。お前、それを嗅ぎ取って来たんだろ? いやぁ、こんなすぐに来るとは思わなかったよ。もしかして近くにいた?」
どうやら、化け物をおびき出すためにフォークスの魔力を利用したらしい。
しかも、わざわざ札で人払いまでして。
僕たちの予想通り、ムギさんは化け物と戦うつもりだったのだ。
僕たちを遠ざけて、たった一人で。
「お前、使い魔を狙ってるんだろ? なんでもいいかもしれないけど、不死鳥は魅力的だろうと思ったんだ。どうやら、当たりだったみたいだな。っていうか聞いてる?」
化け物は静かに距離を保っていた。
その静かさが、むしろ不気味だった。
「ま、どっちでもいいんだけどさ。俺はお前にキレてるんだよね。なんでかわかる? お前、俺の後輩にエグイもの見せてくれたよね。あれでみんな、だいぶショック受けちゃったのよ。金髪くんもさ、色々問題あったかもしれないけど、あんな状態になる必要はなかったと思うんだよ」
ムギさんは淡々と続けた。
僕たちは、いつでも飛び出せるように身構えて、にじんだ汗を拭くことも忘れていた。
「それとさ、まぁ、個人的にこれが一番デカい理由なんだけどさ」
話し続けるムギさんに、一呼吸の間があった。
「お前、俺の彼女傷つけたんだよ」
公園に満ちた魔力が、ビリビリと震えた。
「付き合うときにいろいろあってさ。あいつ傷つけられるの、許せないんだ。お前がどんだけ強くてヤバい奴なのか知らないけど、なにもしないでいるのは、ちょっと我慢できない」
魔力の震えがなくても、目の前のムギさんからは怒りがはっきりと伝わってきた。
ムギさんはおもむろに上着を脱ぐと、ベルトに差した小刀を引き抜いた。
「これもさ、陰陽師からもらったんだ。悪しき気を断つんだと。お前、どう見てもいい奴じゃあないよな。こいつで刺されたら、最悪死ぬんじゃないか?」
ムギさんが小刀を構えた。
次の瞬間、影の中から以前僕たちを襲った触手が伸び、ムギさんに襲いかかった。
速い。以前とは比べものにならないくらい速い。
僕たちは飛び出ようとしたが、一瞬遅れて間に合わない。
「はっ!」
ムギさんが小刀を持っていない左手をかざした。
すると、触手とムギさんとの間に漂う魔力が濃い紅色に変わった。
触手は構わずその中を進んだが、進むほどに失速し、かざした左手に触れる前に、すべて灰になった。舞った残骸も、一瞬で消え去った。
「この魔法は元々、範囲内の気温を上げるだけの魔法だけど、フォークスの魔力を加えることで、その効果や有効範囲は格段に上がる。ここに満ちた魔力は俺の意志で超高温になる。お前の攻撃は届かないし、魔力はこの公園全体に広がっている。逃げられないぜ」
遠距離の熱魔法と、近距離の小刀。今のムギさんには死角がないように思えた。




