覚悟 『約束』
ムギさんの後を追う前に、僕は生本たちの書庫へ向かった。
信二たちには、先にムギさんを追ってもらった。もし、あの化け物を倒す方法を知っているとすれば、長老や生本たちしかいない。
せめて、なにかヒントになるようなことを知らないか、最後にもう一度聞いておきたかったのだ。
「すみません。持ち出し禁止の書庫に行きたいんですが」
カウンターにいた、中年の司書の女性に学生証を見せた。
「あぁ、はい。いいですよ」
女性は鍵を持って、書庫まで案内してくれた。
「そういえば江田さん、最近見ませんけど、どうしたんですか?」
書庫までの通路で、女性に尋ねた。
あの日以来、図書館にはほぼ毎日通っていたが江田さんの姿を見ることはなかった。
「江田さんね。なんでも、実家のお母さんが体調悪いみたいで。ちょっとお休みしてるんですよ」
「そうなんですか」
「彼女、この書庫が好きでね。職員の中で一番詳しいんじゃないかしら」
女性は微笑みながら言った。
「着きましたよ。あなたは、利用したことがあるのよね?」
「はい、そうです」
「なら、出るときに扉のロックだけ忘れずにね。鍵はカウンターで返してください。じゃあ、ごゆっくり」
女性は鍵を開けると、来た道を戻っていった。
「お、晴人くん!」
足を運ぶうちに、僕は生本たちに名前を憶えられるようになった。
しかし、それには悲しい理由があり、彼ら曰く今日までここに来た一年生は僕だけなのだという。
なのでこの件が落ち着いたら、信二たちも連れて来ようと思っている。いづみちゃんあたりは、けっこう好きなはずだ。
「今日はどうした? 最近は恵里香ちゃんも来なくて寂しくての。ゆっくり読まれてあげるぞい」
「すいません。そんな時間はないんです。長老、みなさん。前にお話した化け物について、他に知ってることはありませんか? どんなことでもいいんです。どうか教えてください」
書庫の空気を断つように、僕は頭を下げた。
普段は好きな古い紙の匂いが、鼻をツンと刺激した。
「なんじゃ、あれほど言ったじゃろう。危険じゃから関わるなと。晴人くん、きみが我々の忠告を無視するような子だとは思わなんだ」
長老は静かに、でも圧力のある声で言った。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「長老たちが、心配してくれているのはわかっています。でも、僕はすでに二度もあの化け物に会っている。この事件と、もう無関係ではないはずです。被害を目の前で見ておいて、なにもしないなんて我慢できない。それに、危険だとわかっていながら、すでに飛び込もうとしている人がいるんです。その人を放っておくことも、僕にはできません。傍観者で終わりたくはないんです」
無数の目に見つめられている気がした。
実際に彼らに目があるわけがないのだが、たしかに視線を感じる。しかし、僕にはそれらに込められた感情を読み取ることができなかった。
重い静寂を、長老の声がゆっくりと破った。
「一つだけ約束しなさい」
「……なんでしょう」
「夏休み前に、必ずここに来なさい。友達も、みんな連れてじゃ」
「はい!」
書庫の中が一気ににぎやかになった。
「はぁ~。余計なことをせんように伏せておいたんじゃが、結局言うことになるとはのぉ。よいか、晴人くん。キメラは、必ず基礎となる個体を決めねばならん。きみが出会った化け物がもし使い魔のキメラなら、ベースとなっておるのは恐らくガイストタイプの影じゃ」
「シャドー……」
「うむ。そして、シャドーの弱点は水辺じゃ。特性上、彼らは地面からしか出てこれん。足下に水が張っていれば、姿を現せず力を振るえんじゃろう。いくら複数の力が混在していても、ベースとなったモノの特性は変えられんはずじゃ」
いい情報が聞けた。
もし本当にシャドーがベースだった場合、この弱点が使える。
「ありがとうございます! 長老!」
「本当に気をつけてな。ごほん! ほれ、皆で晴人くんを送れ!」
書庫のいたるところから、声援が飛び交った。
ちょっと照れくさかったけど、照れてる場合じゃない。急いで、みんなと合流しないと。
「それじゃあ。いってきます!」
「気をつけて!」
「今度、おれのこと読んでくれよ!」
「わしが先じゃ!」
「おれだ!」
書庫を出る間際に、またトミーとジンベエが喧嘩を始めた。
こんなときなのに、つい笑ってしまった。




