覚悟 『先輩と後輩』
「ムギ先輩。コメ先輩の調子はどうですか?」
いづみちゃんが優しい声で聞いた。
「うん、まだ気にしてるみたい。相当ショックだったんだと思う。体調も崩してるみたいだしね。コメが悪いわけじゃないんだけどね~」
ムギさんは、わざとらしく笑った。
でも、この中の誰よりも心配していることは、いくらふざけていてもわかる。
「ま、警察でもわからないんじゃあ、俺たちにはどうしようもないけどね。でも、みんなあれから調べたりしてたんだろ?」
ムギさんの問いに、僕らは順番に答えた。
「はい。持ち出し禁止の書庫で、生本たちにこのことを伝えました。でも、長老でも詳しいことはわからないみたいで」
「あ、おれと衛でこの辺回ってみましたけど、怪しい人物とかも見当たらなかったですね。最近はみんな怖がって出歩かないんで、前みたいに目撃談もなくて」
「あたしたちも、警察の知り合いに話を聞きましたけど、大規模な魔法を使った形跡とかも発見されてないみたいですね」
「……手がかりなしか」
みんなで、腕を組んで唸った。
「いやいや、みんなよく調べてくれたと思うよ。少なからず責任を感じてるんだろうし。でも、俺たちができるのはここまでだ。これ以上首を突っ込まないほうがいい。さすがに危険だよ。部長として先輩として、見過ごすわけにはいかないよ」
ムギさんは、眠るフォークスに手を置いて言った。
いつものふざけた笑顔が消えていた。
「いい? 今日はこれを言うために呼んだんだ。これ以上、この件に関わるのはやめよう。みんな、事件が解決するまで遅い時間の外出は控えたり、あまり一人で行動しないようにしよう」
この提案は意外だった。
てっきりムギさんのことだから、徹底的に調べようとか言い出すものだと思っていた。
「コメのことは、心配しなくていいよ。俺がなんとかするからさ。なんたってほら、俺たちラブラブカップルだから!」
「先輩……」
「もしくは、アベックと言う」
「古い!」
結果、ボランティア部はこれ以上は事件に関わらず、身の安全を最優先することで話はまとまった。
差し込む日差しが金色に変わり始めた頃、僕たちは部室を出た。
「それじゃ、みんな気をつけて帰れよ」
「はい、ムギさんも」
「コメ先輩に、今度みんなでクレープ食べに行きましょうって、伝えておいてください」
遠ざかりながら、映画のワンシーンのようにかっこつけて手を振って、ムギさんは去って行った。
「……おかしかったな、ムギさん」
衛が低い声で言った。
「あぁ、そうだな」
「うん」
信二と僕もそれに続いた。
「え? なにが?」
いづみちゃんがキョトンとした顔で言った。
「無理してるっていうか、ウソついてる感じがしたんだ。きっと、僕らに黙ってあの化け物と戦うつもりだ」
僕は、ムギさんが去ったあとの廊下を見ながら言った。夕日を浴びたあの背中に、男の覚悟を感じていた。
「えぇ! 危ないよ、そんなの!」
いづみちゃんが高い声を上げると、アキラちゃんが頭を撫でて落ち着かせた。
「で、どうするの?」
アキラちゃんへの回答は、考える間もなく出てきた。
「決まってるよ」
みんなの視線が集まった。
信二は笑い、衛は目が合うと黙ってうなずいた。
アキラちゃんもかすかに微笑みを浮かべ、いづみちゃんは心配そうに顔を覗き込んでいた。
僕はみんなを一瞥すると、眩しいほどに輝く廊下を見つめて言った。
「ムギさんを助ける。そして、あの化け物を倒す!」




