覚悟 『動き出した化け物』
『昨夜二十三時頃、市内に住む会社員の男性が、パートナー・ロストに陥り病院に運ばれました。先月から近隣で同じような被害が相次いでおり、一連の事件にはなんらかの接点がある可能性が高いことが、捜査関係者への取材でわかりました。現在、被害者の数は五人となっており……』
あの日以来、僕たちはみんな暗い気持ちになっていた。
金髪豚野郎の症状は、パートナー・ロストと呼ばれるものだった。
その名の通り、使い魔を失った状態のことを言う。そして、使い魔を失った人間は心も失ってしまうのだ。
なにもできず、なにも感じず、ただ存在しているだけ。
回復するかどうかは、その人次第。最悪の場合、そのまま死に至る。
あれから二週間が経過したが、ニュースになるほど事態は深刻なものになっていた。さらに、実は金髪豚野郎は最初の被害者ではなく、二人目だということもわかった。
最初の被害者は、三週間ほど前から行方不明になっていた認知症のおじいさんで、山に放置された古い車の中から衰弱した状態で発見されていた。
あの場にいた全員が、初めてパートナー・ロストの瞬間を目撃した。そのショックは大きく、特にコメさんは誰よりも責任を感じてふさぎ込んでしまっていた。
あのとき聞こえた声のことは、誰にも言っていない。空耳だったと思ったからだ。
いや、思いたかっただけかもしれない。
「どう思うよ、あの化け物」
僕らはボランティア部の部室に集まっていた。
ボランティア部の部室は、正門近くの部室棟の三階にある。
文化系、体育会系を問わず様々なサークルの部室があり、廊下の掲示板には、にぎやかな宣伝ポスターが所狭しと貼られていた。
「どうって、何度も話したでしょ。あたしたちがわかる範囲では、晴人くんが調べてた使い魔のキメラっていうのが、一番可能性が高いよ」
「でも、一番該当する点が多いってだけで、実際に存在する可能性はほぼゼロだろ? なら、他のものなんじゃないかな?」
「他のってなによ?」
「いや、それはわからないけど……」
このやり取りも、もう何度も繰り返されてきた。
話した結果、金髪豚野郎を襲ったあの触手は、前に僕たちが出会った謎の生物だろうという結論になっていた。
あんな気味の悪い魔力の持ち主が、そうそういるとは思えない。
あの触手も似ていたし、警察も例の噂を重点的に調べているらしいから、ほぼ間違いないと思う。
侮蔑の念を込めて、僕たちは通称を謎の生き物から化け物に変えた。
僕たちは中央に置かれたテーブルを囲むように座っている。
ムギさんだけは、先代が買ってくれたという窓際に置かれたソファーに座り、傍らではフォークスが眠っている。
コメさんは、あの日からサークルに顔を出していない。学校には来ているようだが、先日見かけたときは、明らかに顔色が悪かった。
僕たち後輩は、並んだパイプ椅子に座っているのだが、向かい合わせで座ったアキラちゃんと信二が意見の違いで衝突してしまった。
とは言っても、信二はほとんど言い返せず、アキラちゃんが一方的に捲し立てていた。
「ア、アキラちゃん、落ち着いて」
いづみちゃんに止められ、いつの間にか立ち上がっていたアキラちゃんは、バツが悪そうに座った。
「ごめん、言い過ぎた」
「いや、こっちこそごめん。言われ過ぎた」
部室にしばしの落ち着きが戻った。




