レッツボランティア2 『ストーカー退治』
速足で近づいてきたコメさんは、信二の言葉を遮った。
ムギさんは後ろから、のんびりと歩いてきていた。興奮したコメさんと、微妙に温度差がある。
「えっと、大丈夫な人は手上げて」
戸惑いながらも、みんなゆっくりと手を上げた。
「あ、いづみちゃんは遅くなっちゃうもんね」
いづみちゃんだけは家が遠いので、申し訳なさそうにうつむいていた。
「いいじゃん、いづみ。遅くなったら、あたしの家に泊まりなよ。おじさんたちには、あたしからも言ってあげるから」
アキラちゃんが言うと、いづみちゃんは嬉しそうに顔を上げて明るい笑顔を見せてくれた。
「はっはっは。いやぁ、偶然だな」
悠々と歩いてきたムギさんは、なんだか楽しそうだった。
「んで、先輩方。なにをされてるんです?」
興奮状態のコメさんが、鼻息荒く答えた。
「ストーカー退治よ!」
話を聞くと二人は、最近ストーカーの被害に悩んでいる友人から相談を受けたらしく、張り込みに向かう途中だったそうだ。
「で、そのストーカーはね、友達の下着盗んだり無言電話かけたりして、本っ当に気持ち悪いの!」
コメさんは心底嫌そうに、眉間にしわを寄せていた。
「許せませんね!」
「見つけ次第、やっちゃいましょう」
女の子二人はやる気満々だった。
ストーカーに対して強い嫌悪感を抱いたようだが、それにしてもアキラちゃんの目が怖かった。
「ほら、見えてきた」
コメさんが指さす先には、きれいなベージュ色をした四階建てのアパートがあった。
「あそこの二階に友達は住んでるんだけど、いつもこれくらいの時間に、外から視線を感じるらしいの。現に、下着を盗まれたのも今くらいの時間だったの」
たしかに人通りはあまりなく、目立たないところにあるが今はまだ午後七時だ。
こんな時間に盗みを働くなんて、肝が据わっているというかなんというか。
「よし、みんなそこに並んで」
言われるがまま、僕たちは横一列に並んだ。
コメさんは、バッグから白い杖を取り出した。
「おぉ! ワンドだ」
「いいでしょ。ちょっと高かったけど、ネットで買ったんだ」
ワンドは、古くから西洋で使われてきたマジックアイテムだ。
呪文の効果を高めたり、魔法を記憶させて詠唱破棄なんてこともできる。コメさんのものは、約三十センチほどで丁寧に磨かれた白樺の杖だった。
「『亀甲の光よ 固まり光れ 纏いし衣に石の強さを 百夜の風雨も凌げる壁を 包み築きて我が身を守れ 包み築きて他が身を守れ プロテス!』」
杖先から光が放たれ、僕たち一人一人を雨ガッパのように包んだ。
重さや痛みはまったくなく、ほんのり温かかった。光は全員を包み込むと、炭酸の泡が弾けるように消えた。
「すげー! 今の防御魔法ですよね? しかも複数に!」
「えっへん! まぁ、複数にかけちゃうと効果も弱くなっちゃうから、そんなに強い衝撃からは守ってあげられないけど」
「いやいや、十分ですよ」
一年生は、みんな驚きと感動の声を上げた。
魔法陣や魔術回路は主に理系の魔法だが、文系の真骨頂はこの呪文だ。
狂いなく、正確に呪文を唱えることで、魔法現象を起こすことができる。上級魔法ともなれば、発音やリズムまで決められているものもあるし、名作と呼ばれる作品の一節が、呪文として力を発揮することだってある。
一つ一つの言葉に魔力を込め、奇跡を生み出す。
しかし、唱える手間や効率の悪さから、今では一般に伝わっているものも、使える人も少ない。初めて見る呪文の力に、一年生はみんなコメさんに尊敬の眼差しを向けていた。
「みんなも、後期で必修の防御呪文Ⅰの授業で習うはずだよ」
「うおー! はやく習いたい!」
「でも、集中しないと単位落としちゃうよ、信二くん。ここに落としたバカが一人いるから」
ワンドで差された先には、なぜかドヤ顔のムギさんがいた。
言われてみれば、僕らと一緒に、ちゃっかりプロテスの呪文をかけてもらっている。
「いや、なんでちょっと誇らしげなんですか」
「ふっ、人には向き不向きがあるってことさ。さぁ、お前たちも俺に続いて単位を落とそうぜ」
「「「お断りします」」」
一年生全員がきれいにハモった。




