レッツボランティア2 『合流』
書庫は和やかな笑いに包まれ、僕は恥ずかしさの中、遅い自己紹介をした。
それから、今度は友達も連れてくることを約束したのだが、僕が書庫を出るまでずっと、トミーとそのとなりの本からは険悪な空気が漂っていた。
「あの、江田さん。トミーとそのとなりって、いつもあんな感じなんですか?」
名残惜しさいっぱいの生本たちに見送られ、エレベーターへ向かう廊下で江田さんに尋ねた。
「は、はい。トミーと喧嘩していたのはジンベエっていうんですけど。生本たちには、普通の本と同じように、整理番号がふ、振り分けられているんです。い、今はトミーがちょうど百番なんですが、ジンベエはむ、昔いた図書館で百番だったみたいで。そ、それが、悔しかったみたいで」
「え~、そんな理由ですか……」
そんなに整理番号が大切なんだろうか。
人間と同じで、生本にも色々いるようだ。
エレベーターに乗ると、上下しかないボタンの上を押し、扉を閉めた。
「あ、あの、た、高若くん」
上へ昇る軽い重力を感じていると、江田さんが口を開いた。
「ほ、本当に危ないことはしないでくださいね? け、怪我でもしたら大変ですよ?」
「大丈夫ですよ。友人にも言って、気をつけるようにしますから」
「そ、そうですか。なら、信じます」
再び扉が開くと、見慣れた図書館が広がっていた。
静かで、独特の空気に包まれた落ち着ける場所だ。
だが今の僕には、さっきのうるさい書庫も魅力的に思える。
読み込まれた本たちの匂いと、彼らの歴史を帯びた魔力が漂っていた。今まで知らなかった世界に、心に抱いた興奮がなかなか治まってくれなかった。
「今日はありがとうございました。助かりました」
出入り口まで見送りに来てくれた江田さんに、頭を下げた。
「い、いえ! べつに私は職員として、当然のことをしただけです……そう! あの書庫に来てくれる学生は少ないですから。高若くんにはが、学生の誤解を解いてもらいたいんです! え、閲覧禁止ではないって!」
江田さんの気持ちはわかったが、その声は次第に大きくなり、他の利用者から冷たい視線を送られてしまった。
僕は小さくなった江田さんに別れを告げて、家に帰ることにした。
外はいつの間にか、遠くの空が茜色に染まっていた。
「晴人く~ん」
駐輪場に向かっていると、後ろから聞き慣れたかわいらしい声がした。
いづみちゃんだ。
「いづみちゃん。今終わったの? お疲れ」
走り寄って来たいづみちゃんの周りをマイモが漂いながら、僕に向かってオレンジ色に光った。
「うん、ありがとう。晴人くんは、なにしてたの?」
「ちょっと図書館に行ってたんだ」
「そうなんだ。じゃあ、晴人くんもおつかれさまだね」
ほにゃっと笑ったいづみちゃんは、アキラちゃんとは違うかわいらしさがあった。
見ているだけで癒される。
もし、誰にもなににも止められず責められず、みんなが許してくれるのであれば、この場で抱きしめていただろう。
「「晴人く~ん」」
またもや聞き慣れた声がした。
見ると、アリエッタを肩に乗せた衛と、信二と小太郎が満面の笑みで駆けてきた。
しかも、なぜかものすごい内股で。
もし、誰にもなににも止められず責められず、みんなが許してくれるのであれば、この場でぶん殴っていただろう。
「ふふっ」
二人の様子がいづみちゃんのツボに入ってしまったようで、細かく震えだした。
「いやぁ、いづみちゃんナイスリアクション。やりがいがあるよ」
「信二、アキラちゃんがいたらまた怒られるぞ?」
「いないからセーフ」
「二人も今から帰るんだろう? いづみちゃん、駅まで送るぞ」
「う、うん。ありがと」
笑いを堪えながら、いづみちゃんは答えた。
こうして、僕たちは四人で歩き始めた。
僕と信二は自転車だったが、僕は押して歩き、信二の折り畳み自転車は、なぜか衛が軽々と担いだ。
「あ、そういえばアキラちゃんバイト受かったんだよね。いづみちゃん、なんの仕事か知らない? ナイショって言って教えてくれなかったんだ」
「え! そうなのか? あ~あ、晴人も嫌われたかな」
「シンジほどじゃないと思うぞ?」
「うるさい、小太郎」
「う~ん、知ってるけどアキラちゃんが教えないなら、わたしからは言えないかな」
「えー、どうして?」
信二が食い下がった。
「たぶん、バイト先に来られたりするのが恥ずかしいんじゃないかな? でも、きっとそのうち教えてくれるよ。アキラちゃん、信二くんや晴人くんのこと好きだから」
次の瞬間、いづみちゃんはハッとして訂正した。
「ちち、ちがうの! 好きっていうのは、そういう好きじゃなくて! わ、わたしもみんなのこと大好きだし!」
なんだろう、このかわいさは。
「癒されるな~」
「だな」
「うん」
男三人は、ほんわかした気持ちになった。
「そういえば晴人、図書館でなにかわかったのか?」
自転車を抱えた衛が聞いた。
「うーん、あくまでも可能性の話だけど……」
僕は図書館での出来事をみんなに話した。
生本たちの話は、みんな驚きながらも楽しそうだったが、キメラのことになると全員が表情を曇らせた。
「そんな禁術があったなんてな。だが、たしかにそれが一番しっくりくるな」
「で、でも、そんなことできるの? やり方なんて誰も知らないんじゃない?」
「うん、僕もそう思ってる」
「まぁ、あいつの正体がなんであれ、用心しといて損はないだろう。ムギさんにも言っといたほうがいいな」
話していると、あっという間に駅に着いた。
楽しい時間が過ぎるのは、本当にはやい。ふと、行き交う人の中から視線を感じた。
「あ、みんな」
ちょうど改札を出てきたアキラちゃんが、僕たちを見て立ち止まっていた。
「アキラちゃん! おつかれさま」
いづみちゃんが駆け寄り、癒し効果のある笑顔を向けた。
「おつかれ、早かったんだね」
「うん。今日は初日だったから、説明だけだったんだ」
「なんのバイト?」
「楽多駅近くの……飲食店だよ」
話の流れを上手く利用して、信二がついに聞き出すことに成功した。
「そうなんだ! いやぁ、おめでとう!」
「絶対来るなよ! 探すなよ! 仕事中に会うとか恥ずかしいんだから」
アキラちゃんは悔しそうだったが、ふくれた感じがかわいくて、見ているこっちは萌えていた。
「あはは。知られちゃったねぇ、アキラちゃん」
「一生の不覚だわ、これは」
「あー! ちょうどいいところに!」
周りの視線を集めた声の持ち主は、人ごみの中から僕らを指さすコメさんだった。
となりには、フォークスを頭に乗せたムギさんがいた。
「あ、先輩方おつかれさ」
「みんな、今から時間ある?」




