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謎へ 『キメラ2』

「なんじゃい、期待させといて。その程度のこと、学生さんなら聞かずともわかったわ! 生本のくせに、そんな薄っぺらいことしか言えんのか。この恥さらしめっ」


 トミーと同じ方向から聞こえた。

 どうやら、トミーのとなりの生本らしい。


「なんだと? なら、自分がなにか言ったらどうだよ」

「わかっとらんの。わしら生本は、調べられる者であって調べる者ではない。自分の力が及ばなければ、それまでじゃ」


 要は「自分はわからん」と言いたいらしい。


「はぁ? じゃあ、偉そうなこと言うなよ」

「わしは教えるならもっとマシなことを言えと言ったんじゃ。インク臭いガキじゃの」

「そのインク臭いガキに負けてるんだろうが」


 二冊は怒鳴り声を上げて喧嘩を始めた。


「えぇい! うるさい! 黙っとれ、二冊とも」


 長老の一喝で、二冊はしぶしぶ黙り込んだ。


「ごほん! すまんのぉ、見苦しいところを見せて。さて、トミーの話に付け加えようかの。実はな、キメラが魔法を使える可能性はある。もちろん、普通のキメラでは無理だがの」

「どういうことですか?」


 思わず息を飲んだ。

 気づけば江田さんも、食い入るように長老の言葉を待っていた。


「ま、キメラ自体が普通ではないのじゃが。キメラが、複数の生物を合成して作られるのは知っておるな? 無理やり個々の生命を一つにする、残酷な禁術じゃ。合成には、古くは自然界の動物を使って行われてきた。じゃから、生まれたキメラは知能が低く魔法が使えん。しかし、他の生物を用いた場合、その問題が解決する。なんだと思うかね?」


 長老の言葉は、まるで大きな辞書のような重みを帯びていた。

 言葉のひとつひとつに、魔力が宿っているようだ。


「ひ、人でしょうか?」


 江田さんが震えた声で言った。


「……使い魔?」

「左様。学生さん、正解じゃ。かつて第二次大戦中、各国で捕虜を使った実験が行われた。使い魔のキメラは、素材となった使い魔の能力と魔力を有し、個体によっては強力な魔法も使ったという」

 

 長老はためらいを吐き出すように、重いため息をついた。


「しかし、問題もあった。使い魔の多くは人間との繋がりによってこの世に存在しておる。キメラ化した使い魔は、元々の術者との繋がりが壊れ、その結果キメラは例外なく暴走した。本来、使い魔を抑えることができる術者も、キメラ化の影響で精神が崩壊し数日のうちに死んだのじゃ。キメラ本体も、存在できたのは最長で四日だったと言われておる」


  長老が語ったのは、一般には知られていない事実だった。


 そりゃあそうだ。こんなの、公にできるようなものじゃない。

 使い魔への禁術は、それほど忌み嫌われるものなのだ。ある意味、直接人に行うよりもタチが悪い。


「長老、あなたは一体どんなことが書かれた本なんですか?」

「ん? 絵本じゃよ?」

「え?」


 意外過ぎる!


「ほっほっほ。この大学の創設者、広瀬蔵人(ひろせくらんど)が書き残したものじゃ。わしがこんなことを知っておるのはな、まだ若い生本だったとき、こういった歴史を記した生本と一緒におったからなんじゃ。その本はのちに国からの検閲で回収されて、それっきり会ってはおらんがの。テレパスをしてみても、結界の中なのかうまく繋がることはないしのぉ」


 長老は、どこか懐かしんでいるようだった。


「話を戻すが、きみが出会った生き物が使い魔のキメラである可能性は極めて低いじゃろう。方法については大戦中も機密だったし、キメラの合成は元々御法度。少しでも内容に触れる資料は、消されるか禁書として封印されておるはずじゃ」


 その通りだ。

 禁術は、実際に行うのはもちろん、実行に繋がるような資料を持っているだけで犯罪になる。その資料は国や専門機関が厳重に管理し、封印しているのだ。


 禁術であるキメラの、さらに禁忌。そんな魔法できるはずがない。


「さて、わしが知っておるのはこのくらいじゃ……他の者も、披露できるものがないようじゃな。あまり力になれなくてすまんのぉ」

「いえ、とんでもない。勉強になりましたし、貴重なお話が聞けました。こんなにたくさんの生本にも会えたし、どうもありがとうございました」


 頭を下げると、生本たちから照れた笑い声が聞こえた。


「そう言ってもらえてよかった。しかし、学生さんよ。仮の話とはいえ、この件に禁術が関わっている可能性がある以上、不用意な接触は控えたほうがいいじゃろう」

「そ、そうです。夜中の外出を控えれば。も、もし心配なら、け、警察に言えばいいですし」


 長老の言葉に、江田さんが続いた。


「おっ、恵里香ちゃん、妙に気にかけるね~」


 誰かが茶化した。


「ち、ちがいます! た、ただウチの学生が怪我なんてしたらた、大変ですから」


 分厚いレンズの向こうから、江田さんの潤んだ瞳が見えた。

 眼鏡を外して素顔を拝んでみたくなったが、残念ながらそんなキザなマネをする度胸はない。


「ありがとうございます。長老、江田さん。僕も気になっただけですから、必要以上に関わろうとは思いませんよ。実際、二度と会いたくないですしね」


 僕が笑うと、江田さんがほっと息を吐いた。


「うむ。なら、きみの言葉を信じよう。ところで、わしからも一つ聞きたいことがあるのじゃが?」

「はい、なんでしょう」


 生本の長老からの質問に、果たして僕は答えられるのだろうか。


「きみの名前を教えてくれないかの?」

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