謎へ 『キメラ』
「ところで若者よ、生本に会うのは初めてかの?」
「は、はい」
古い魔力に圧倒されつつあったので、慌てて返事をした。
「うむ。ならちょっとだけ、説明してやろう。我々生本はな、自分に書かれた内容はもちろん、すべて把握しておる。しかしの、生本になるとそれ以上の知識を有することになる」
「それ以上の知識?」
「左様。今で言うところの、いんたーねっとじゃな。我々は、出会った生本と契約を結ぶことができる。すると、いつでもどこでも、その者と会話ができる。その結果、一冊の本でありながら、複数の書物の内容を読者に伝えることができるのじゃ。さらに、これまで自身が見聞きしてきたことも、当然記憶されておる。海外の本でありながら日本のことに詳しかったり、経済書から歴史を知ることができるのじゃ。どうじゃ、面白いじゃろう?」
「えぇ、とても」
僕は長老がいるであろう方向と話をしていた。
正直、会話をしている相手がわからないというのは、なかなか落ち着かない。電話と似て非なる違和感があった。
「しかしの、生本同士のテレパシーでは、他の本に書かれた内容を一字一句正確に伝えるというのは難しいのじゃ。あくまでも会話じゃからの。印刷技術の発達により大量生産が可能になると、生本になれる本が少なくなった。さらに、忌々しいいんたーねっとが普及して以来、わしら生本の価値がぐんと下がり、読まれる機会も少なくなってしまった。じゃから、わしらとしてはぜひとも手に取って読んでほしいのじゃがの~」
ご機嫌を窺う声だった。
暗に今から読んでくれと言われている気がした。たぶん、そうなのだろう。
「長老!」
「どうした?」
「トミーがなにか知ってるみたい」
「うむ。トミーや、教えてあげなさい」
続く声を待っていると、右の方から声が聞こえた。
「オッケー、長老!」
他の生本に比べて、幾分若い声だった。
恐らく、生本になって日が浅いのだろう。生本の中にも年齢があるようだ。それにしても。
「あ、あの。トミーって?」
僕はどうしても気になったことを聞いた。
ほんの題名には思えないし、なぜ生本に名前があるのだろう。
「おぉ、そうじゃな。その説明もせんと。生本はな、もちろん本のタイトルが名前となるのじゃが、そうなるともし同じ名前の者が一緒におると大変じゃろう? 個人の所有でそうなることはほぼないが、図書館ではわりとあっての。じゃから、わしたちはあだ名で呼び合うようにしたのじゃ」
なんだか本当に人間みたいだと思った。
「タイトルを短縮してみたり、作者の名前から取ったり。わしのように、生本としての個性を買われることもあるのぉ」
長老は楽しそうだった。
「ねぇ、長老! そろそろ話し始めてもいいかな?」
「おぉ、すまん。ではトミー、教えてあげなさい」
「さて、改めまして。おれはトミー、作者の名前から取ったニックネームだよ。よろしくね。おれの記憶ではね、きみが見た生き物は禁術で創り出されたものだと思う。おれの作者が昔調べててね、多少のことは知ってるよ」
書庫の中がざわついた。
「禁術……」
「そう。その名の通り、禁じられた術法全般を指すよ。最初はその中でも、悪魔召喚が怪しいと思ったけど、状況的に違いそうだ」
「ど、どうしてですか?」
江田さんが聞いた。
「悪魔ってのは術者との契約を実行するんだ。忠実に、どんな手段を使ってもね。見た目から察するに、きみが出会った化け物は悪魔だとしたら低級のものだ。中級以上は、もっとはっきりとした実体があるから」
書庫は張り詰めた静けさで満ちていた。
トミーの言葉に、生本たちも耳を傾けているようだった。
「契約したのが低級の場合、契約と別の命令は、単純なものしかできないんだよ。きみたちが見つけた時点で、そいつはなにかやってたんだろ? だから、契約の内容はきっとそれだ。だとしたら、見つかったときの対処なんて相手が死ぬまで戦うか、一目散に逃げるかしか命令できないんだ。よって、攻撃したうえで逃げたそいつは、悪魔じゃないだろう。たぶん、他の禁術だ」
自分の知識を披露できて嬉しいのか、トミーは饒舌だった。
「おれが知っている中では、きっとキメラだ」
キメラなら、僕も知っている。
日本名、合成獣。複数の生物を掛け合わせて、人工的に生み出された魔物のことだ。
「なるほど、キメラか……」
特徴がどの生物にも当てはまらないとなると、それが一番しっくりくる。
しかし。
「キメラは瞬間移動なんてできるの?」
「うーん。おれも、そこがわからないんだよね。キメラは力は強いけど、そんな高度な魔法は使えないはずなんだよ。技術の進歩かな?」
江田さんも交えて首をかしげていると、大きな舌打ちが聞こえた。




