謎へ 『司書、江田恵里香
翌日はみんな寝不足で、午前の授業をすべてサボってしまった。
出席日数に余裕があったからいいが、起きるとアキラちゃんといづみちゃんから着信とメッセージが何件も来ていた。
謎の生き物はその後も姿を現さず、どこに行ったのかわからなかった。
唯一あの場所だけが証拠として残っていたが、警察に行っても僕たちが荒らした犯人にされる危険があったので、そのままにしてムギさんの家に戻った。
では、昼まで寝ていた理由はなんなのか。
実は、帰って麻雀を続けていたのだ。
面白半分興奮半分で、謎の生物の憶測を巡らせながら牌を並べた。
徹夜の甲斐あって、僕もなんとか麻雀の面白さを知ることができたが、アキラちゃんたちにはこっぴどく怒られた。しかし、その分心配もしてくれていたので、申し訳なさでいっぱいになった。
「あー眠い。そして、体が痛い」
午後の授業も一通り終わり、資格の授業がない人は放課後を迎えていた。
決して広くない室内で、布団も敷かずに雑魚寝したからだろう。信二が腕を回しながら顔をしかめた。
僕も腰や首が痛く、できれば歩きたくなかった。
「自業自得だよ」
アキラちゃんが厳しく言い切った。
まったくもって、その通りです。
「厳しいなぁ。じゃ、おれはテニス部、略してテニ部に行ってくるよ」
「そんな状態でか?」
「ばか。こんな状態だからこそだよ。マネージャーの先輩がマッサージ上手いんだ。それこそ、あんなところやそんなところのコリまでほぐしてすいませんテニスしてきます」
傍から見ても怖い睨みを向けていたアキラちゃんに、信二はニヤけた顔からきれいなお辞儀にフォルムチェンジした。
「ったく。あのバカ」
逃げるように駆け出した信二を、アキラちゃんはまだ睨んでいた。
「さてと。晴人くんはもう帰る?」
「いや、大学の図書館に行こうかと思って。なにか、あの生き物についてわかる本があるかもしれないから」
できればもう出会いたくはないが、謎のまま終わるのも後味が悪い。
というか、このままでは怖くて夜も歩けない。
「そっか。いづみは司書の授業があるし、衛くんは手芸部行っちゃったね。手伝いたいんだけど、あたしも今日からバイトがあるんだ。ごめんね」
「いやいや、気にしなくていいよ。っていうかバイト受かったんだね、おめでとう。なんのバイトなの?」
せっかくの二人きりが早々に終わってしまうのは悲しいが、表情に出さないように努めた。
アキラちゃんは前に進み出ると、振り向いて僕の顔を見た。
そして、右手の人差し指を唇に当て、片目をつぶって答えた。
「ナイショ。じゃあね!」
図書館と正門との別れ道を、アキラちゃんは僕と別の方向に去って行った。
……いいもの見れた。
僕はこの場所が、学内で一番好きかもしれない。
街の中で切り取られたような大学の敷地にあって、さらに独特の空気に満ちた場所。
図書館だ。
喧噪が遠く、とても落ち着く。
紙とインクの匂いに肺を満たされ、並んだ書物に心が躍る。
本が好きで文系に進んだ人間にとって、ここは楽園だろう。少なくとも僕はそうだ。
大学の図書館は、約三十万冊の蔵書数を誇り一般にも開放されている。だが、毎日通う場所にあり、学生証があれば自由に利用可能。多少の延滞も目をつぶってもらえるのは、学生の特権だ。
「こんにちは」
持ち出し防止のゲートをくぐり、カウンターにいた女性に声をかけた。
「あ! こ、こんにちは。が、学生の方ですね。学生証のて、提示をお願いします」
この女性は江田恵里香さん。
分厚い眼鏡をかけていて、今時珍しい三つ編みの髪をしている。話しかけるといつも慌てた調子で答えてくれる、この図書館で一番若い司書の人だ。
「は、はい! ありがとうございます」
僕が差し出した学生証を確認すると、いつも通りの慌てた様子で返してくれた。
「あ、あの」
進もうとする僕に、江田さんが声をかけてきた。こんなことは初めてだ。
「い、いつもご利用ありがとうございます」
たどたどしく礼をする江田さんに、僕はさわやかに笑って応えた。
と同時に、足がもつれて転んだ。
「ぷっ……ふふ……くくくっ」
初めて江田さんが笑ったところを見たが、なんとか爆笑は堪えてくれているようだ。
僕は恥ずかしさのあまり、その笑顔を確認することなく本の森へと逃げ込んだ。
落ち着きを取り戻した僕は、さっそく謎の生物に関する本を探し始めた。
集中できる環境にあって、作業は進んだ。とても進んだ。しかし、いくら進めどゴールは見えてこなかった。
図鑑からファンタジー小説まで探してみたが、あの生物につながるような内容は見つけることができなかった。やる気が大いに削がれてしまい、なんとなく使い魔の特性について書かれた本を広げていた。
『使い魔の種類とその特徴』
【生物系】
魔獣タイプ。最も発現率が高い。一般的に高い身体能力が特徴。個性も身体能力系のものが多く確認されている。
魔鳥タイプ。飛行を得意とする(例外あり)。空中で距離を取るため、遠距離系の個性が多く確認されている。
魔爬虫タイプ。前述の二つと比べて知能は劣るものが多いが、毒や光学迷彩など特殊な個性を持つ個体が多い。
魔虫タイプ。生物系使い魔の中でも、身体的なステータスが低いものが多い。しかし、多少のダメージをものともしない生命力を持つ。
獣人タイプ。他の生物系よりも知能が高く、すべてが人語を話すことができる。また、剣などの原始的な道具の使用が可能である。身体的・魔術的問わず幅広い個性を持つ。
【無機物系】
機械タイプ。機械のような体が特徴で、近代文明による修復が可能。知能が高い個体が多く、場合によっては精密機械を操作することも可能である。
彫刻タイプ。石や銅、布などを様々な形に造形したような姿をしている。知能はほとんどないが、術者の命令を忠実にこなす。
【幻想系】
精霊タイプ。身体能力は低いが、魔力は群を抜いており、使い魔自ら魔法を使うことができる。
魔植物タイプ。最も強い生命力を持ち、弱点以外のダメージをほぼ完全に再生可能である。また、このタイプの術者は長寿であることが多い。
現象タイプ。自然現象や超常現象などが使い魔となったもの。他の使い魔のように世話をする必要はないが、身体的なステータスがほぼ皆無である。故に独自の個性を持つが、生態について謎が多い。
【その他】
伝説タイプ。神話や伝説の高位存在が使い魔となっている。発現例が少なく、非常に強力な力を持つ。他の種類と違い、元々存在していたものが契約を結ぶ例もある。彼らがどうして人の使い魔になるのかは、未だ解明されていない……。
隅々まで読んだが、あの生物に繋がるようなことは書いていなかった。
「はぁ、ダメだ。全然わからないや」
完全にお手上げだ。
やっぱり無駄だったようだ。
「あ、あの」
無気力に本を眺めていると細い声が聞こえて、おもむろに顔を上げた。
そこには、気まずそうに僕を見る江田さんの姿があった。




