第七十五話
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あれから結婚式をする暇もなく、あっという間に半年が過ぎた。
まず最初に第二回の合戦の準備に際して、前回は活躍できなかった選手たちの不満をまとめたアンケートを整理して改善点の打ち合わせ。これは領主の館でやるが、年号から暦から時間表記、もうなにからなにまで一手に引き受けて導いてくれるクロリアがいるから不安はない。
それが済んだら港の視察。開発は一区切りついたが広大な海が相手ともなれば話は別だ。魔界から人間世界に行くまでの勇気はないが、共和国でなら暮らしたいという魔物たちの住居区についてもよくよく話し合わなくてはならない。となると生活圏の設定からなにから頭の痛い問題が出てくる。
リコとクラーケンの喧嘩なんていうおかしな光景に頭痛を抱えながら、農区へ。開拓班による化石燃料などの採掘はできていないので、重機は止まっている。活躍しているのは農民たちの知恵と魔物たちの抜群の身体能力だ。ともすればここが一番融和がうまく進んでいる象徴かもしれない。
新しくできた作物の試食として赤く熟れた果実をかじったが酸味といい土の匂いといい、かなり極上の味だ。これは街の料理人たちが喜ぶぞ、と太鼓判を押して去る。
魔界と人間世界に通じる門へ。基本的にはお腹がだいぶ大きくなったルカルーが選んだ共和国の自衛軍の面々が入出国を管理している。といっても現状ではそれぞれの国の人々に対して制限を加えたりする状況にない。名前と産まれた場所、それから共和国に来た理由の確認だ。スフレ、ルーミリア、魔界から要注意人物の人相書きなどは提供してもらっているので、一応照らし合わせてはいるが、これはまだまだ開発の余地があるな。
街へと戻り、何か問題が起きてないか確かめる。ナコが自警団を組織して、些細な悩みから何から聞いて回ってくれてはいるが、今日の課題はスライムとスフレから移住してきた子供の喧嘩だというから、平和なんだかなんなんだか。
ルーミリアから来てくれた神父さんがいる教会へ行く。日曜学校を開いてもらっているのだが、ここでも問題が。魔界の勉強の進みからすると人間世界の勉強の進みはだいぶ遅れているようなのだ。年齢が同じでも、学習内容には大きな格差がある。それに日に日に増えていく子供たちに対応しきれなくなってきた。魔界にあるような学校の設立を切に願われたので、これは承諾せざるを得なかった。
農区でもらった果実を持って、長らく共和国の胃袋を支えてくれた中央食堂に顔を出す。料理長と副料理長に果実を差し入れて、何か新しいうまいものを作って目玉にしたいと打診。二人は基本的に断ることをしない。前向きに受けてくれはするが、達成が難しい時には厳しい要求をするタイプだ。牧畜ないし魚、それに調味料からなにからまだまだ手つかずの食料品開発をもっとがんがんやってほしい、と要求されてしまった。当然、引き受けざるを得なくて帰る。
「……ふう」
俺を送り出す時は、どいつもこいつも笑顔だ。
それもそのはず。
「うー」「だあ」
二人の子供を背負って歩き回っているんだから。
後頭部を全力で叩くし蹴るし、泣きだしたら音量調節なんてしないもんだから、やばい。
超にぎやか!
クルルとクラリスがなー。
産後でちょっと憂鬱になる症状に見舞われていてさ。
二人ともスフレに里帰りさせている。
とはいってもクルルの転移術を使って、日中だけ実家に帰宅くらいのぷちすぎる里帰りなんだけどな。
いよいよ一週間が経った。
日中の面倒は誰が見るって、そりゃあ俺だろうというわけで。
「う、ううっ」「あああ、あああああ!」
泣き出す気配がしてそっと背負い直す。
まあ、なんだな。
出産までの道のりが二人ともすげえ大変だったわけで。
そもそも子育てってのは、みんなが楽なように分担してやりゃあいいわけで。
そんなこんなで俺は勉強中なのである。
「泣くか、泣くのか!」
コハナから持たされた、魔界製の振れば音が鳴る棒を振ってご機嫌を伺う。
こいつら二人そろって性格が出てきたように思うんだ。
たとえば、いま。
「どうだー。がらがらですよー?」
ルナもレオも「お前その程度で泣き止むと思ってんのか」という顔をして俺を見る。
ちなみに館で同じ顔をした時に同じ事を言ったらペロリがすごい優しい顔をして「お兄ちゃん、ただぐずってる顔にしか見えないよ」と言ってきました。解せない。
すげえ表情豊かに俺をなじっているように見えるんですけど。二人ともそれぞれ母親によく似ていると思うので、端的に言うと心に刺さる。
「ったく、しょうがねえな……ほれ」
「……ぶう」
あらかじめ借りておいたクルルのパンツをレオに持たせると、途端にぴたっと泣き止む。
将来が心配どころの騒ぎではないし、ああ俺の子だわと実感せずにはいられない。クラリスの前でこれやると渋い顔するんだよなあ。まあ気持ちはわかる。俺も複雑だ。
そこへいくとルナは大変。
「ルナさまー、ご機嫌いかがですかあ?」
「ぶうううう!」
ちょー機嫌悪い。がらがらでもだめ。
「しょうがねえなあ」
その場に屈んでレオを膝に寝かせ、片腕でルナを抱く。
そしてもう片手で獣耳をこしょこしょと擽ると――どうだ。
「だあ!」
やだ、超ご機嫌!
「……ふう」
落ち着いた。やっぱりクルルの娘だな、耳が弱点か……と思ったんだが。
「「 びゃああああああああ! 」」
無理だね。無理。
なんだ。腹減ったのか。それともうんちでもしたのか。
そう思って匂いを嗅いだら――びんご。
とにかく二人を抱きかかえて急いで館に戻る。
替えを持ってくるの忘れてるんじゃないよ! ほんと! 反省な、俺!
こうなると思ってたという顔で待ち受けていたコハナに二人を託した。
意外というか、それとも案の定というか。
愛が生きる糧みたいな死神は、
「あら。あらあらあら。おちっこでちゃいまちたか? うんこでちゅか?」
俺以上にデレデレですよ。
いそいそと二人を連れて会議室へ。
「ん? ……お、おい! ここでおしめかえるなよ!」
「クロリアちゃまはうるちゃいでちゅねー」
「……っ、ああもう! 生後半年のこいつらのうんちの匂いはけっこうダイレクトにくるんだぞ!」
真剣な顔で書類を整理していたクロリアが悲鳴をあげて出て行った。
まあ気持ちはわかる。離乳食を始めているんだが、そのおかげなのかな。うんちの匂いには、なかなかヘビーな威力があるぞ。
騒ぎを聞きつけたのか、入れ替わりにペロリが入ってきて会議室の窓を開けていく。
手早くおしめを脱がせたコハナが両手を振るい呪文を囁いた。
二人のお尻がするんと水に覆われて綺麗に洗われる。おしめと一緒にその水を浮かべたコハナがぱたぱたと出て行く。
するとどこの部屋にも常時設置された(俺は少しやりすぎのような気もするのだが)おしめを取り出したペロリが二人に履かせる。
俺、出る幕なし。
「あ、あのう。たまには俺にもやらせてくれても?」
「やだ! ペロリがしたいのー。ルナちゃま、レオちゃま、具合はどうでちゅか?」
「だう!」「だー!」
おーよしよし、と二人に頬ずりするペロリもまた二人にやられている。
俺たちの今の生活の軸がどこにあるのか、あまりにも明白。
むしろ取り合いになってんだよなあ。マジで俺にもやらせて!?
荷物を片付けてきたクロリアが戻ってきた。
部屋に残る空気を指先一つで入れ換えると、彼女はぶすっとした顔で言った。
「難しい生き物だな。このクロリアにもタカユキにも、ペロリたちにもこんな時期があったなんて頭痛がするよ」
「おい」
「だってそうだろ? 飯を食ったら喉に詰まらせないか、遊ばせたら怪我をしないか、おしっこやうんちに異常はないか。仰向けで寝ていないかとかな? 命を守るために周囲が神経をすり減らさなければならないし、そうでなければ成立しない。クルルとクラリスが参って休みを取るのもわかる」
レオとルナを抱き上げたペロリがきょとんとした。
「でも二人とも可愛いよ?」
「あのなあ。可愛いのと、命を預かるは等価値じゃないだろ」
「そうかなあ。二人のためならなんでもできちゃうけど」
蕩け顔で頬ずりをするペロリが二人とも好きなのか、きゃっきゃとはしゃいでいた。
「……ペロリやコハナを見ていると、自分には赤子と関わる才能がないように思えて将来が不安だよ」
「二人がしっかりしてるだけだと思うが……クロリアが弱音吐くなんて、相当だな」
「産まれて半年が過ぎた」
クロリアの発言に事実を認識する。
半年の間に積み重ねて、どんどん国としての体裁であったり俺たち仲間が家族として機能するための準備を重ねてきた。
「親になるスイッチみたいなものが子供が産まれると入ると思っていたが、タカユキとクルルとクラリスを見ている限り、それは日々の、一日ごとの積み重ねで親になっていこうと頑張るしかないんだと思った」
「……まあ」
それは否定できない。
「ペロリやコハナを見ていると、さらに痛感するよ……」
ほんとにな……。
産んですぐ完璧な父と母になれるなら苦労はないが、そんなスイッチもチートもない。
すぐに立派な父親になるってわけもないなら、二人の我が子に向き合えるように毎日頑張るしかないと思ってもいる。
「ルカルーは腹がだいぶ大きくなったな。不安な夜も多いだろうから……タカユキ、お前がカバーしてやれよ。まあペロリやコハナがいれば安心な部分も多いだろうけど」
「いくらでも増えていいとは言わないけど、どんとこいだよ!」
クロリアはなんだかんだ俺たちのことを把握してるし、ペロリも頼もしすぎる。
「まだまだ生まれたての国、なりたて領主、その世継ぎも生まれたて、後に控える嫁になる予定の女子。あとは」
「わかってるよ、クロリア。結婚式だろ?」
「クルルとクラリスがいない間に二人の要望を軸に話を詰めるぞ、ついてこい」
「……ここじゃだめなのか?」
きょとんとする俺に、クロリアははずかしそうに俯いてぼそっと言った。
「……赤子に席次がどうの、式の体裁だの国としての見栄だのといった生々しい話は聞かせたくない。いいからこい!」
俺は思わずペロリと顔を見合わせて笑っちまった。
こいつもなんだかんだで大事にしてくれてんだもんなあ。元がつこうと、お前はいい魔王だよ。
「じゃあペロリ、すまんが二人を頼む」
「ん!」
笑顔で頷くペロリにレオとルナを任せて、クロリアを追い掛けて執務室へ移動した。
結婚式が迫っている。やらねば。
つづく。




