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第六十五話

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 食堂に訪れた俺は想わず目元を手で覆った。

 仮面の狼とクルルパパをそれぞれの先頭にして、二つの組に分かれていた。

 幸か不幸か、両陣営それぞれに魔物と人が入り混じっている。それはいい。魔物対人なんていう、極めて共和国にとって政治的に問題のある状況になっていないのは素直にありがたい。

 だが、しかし。


「キミは愚弄した。我らの誇りを」

「あァアア? 騎士様がお高いところから物言ってんじゃねえよ!」


 指の隙間から改めて状況を見る。

 クルルパパを筆頭にしている陣営は敷いて言うならチームチンピラ。妙に着崩れたスーツの角刈りとか、顔が怖いお兄さん方に派手なお姉さん方がいる。

 対する仮面の狼を筆頭にするチームはどうか。


「品性がない者とは戦いたくないものだな」


 嘲笑する声に無言の同意の空気を感じますけど。

 狼の後ろには身なりのいい男女がいる。しれっとクルルママが混じっているのはなんでなのか。


「おい、プリス! なんでお前がそっちにいくんだよ!」

「たまにはネイトとケンカするのも楽しいなあって思ったかな」


 にっこり笑顔でしれっとそんなことを言っちゃうの、俺はどうかと思いますよ。

 どうにかしてください、とお願いする目でクラリスに見つめられたので咳払いをする。


「あのー。食堂でケンカは困るんですが」

「あァン!?」


 クルルパパ、ネイトさん。堂々たるメンチの切り方です。

 斜め下に俯いてからの、一気に距離を詰めながら見上げて華がぶつかる距離で睨まれる。

 これ、ケンカの流れからのキスとか浮かんで頭が痛むのなんなのか。

 したくないからな。しないよ。


「えー。ここは公共の場なので、お祭りの催しである合戦まで発散されては困るといいますか」

「タカユキ……キミは私の優雅さが理解できるようだ」


 狼に話しかけられるけれど、知らない人だ。仮面つけてるし。

 だが、待て。よく聞いてみればそれは知った人の声だぞ。


「なんで――」


 続きの言葉を口にしようとした俺の背中をクラリスがつねる。


「いっ……え? まだ言うな?」


 訴える目つきに問い掛けるとクラリスが何度も頷いてきた。

 よくわからんが、仮面の狼については言及しないで欲しそうだ。しようもんならクラリスに背中をつねられてしまう。やだ、ちょっと興奮する! とか考えている場合でもない。

 ネイトさんのメンチビームが炸裂しまくっているので。


「えーっと。とにかく、苛々も含めてすべて合戦まで取っておいてください」


 そっと押しのける俺の視界の端で、クルルママことプリスさんが口パクしていた。

 なにいってんのかわかるようなら俺すげえ、となるのだが、読心術はマスターしていないのであった。合掌。


「えー……っと」


 ばちばち火花を散らしてくるネイトさん。

 名前だけ聞くとプロのトレジャーハンターかよって感じだが、少なくとも目の前のオッサンは自分にハンサムネイトとかつけて手品を披露しようと血迷ったりしなそうである。なに考えているのかね、ひたすら頭が痛い。

 ともあれ、ステゴロ上等みたいなヤクザの筆頭で、拳一つでどっかの軍勢追い返すような人が相手なら、言い方ってものがある。


「それでだめなら、俺を一発殴ってみてください。俺が倒れたら、好きにしてくれていいんで」

「えっ」


 そういう方向性の解決? というクラリスの悲鳴はわかるんだが。

 俺にはネイトさんに対してクルルが好きだと証明したい意地があるし、筋を通さなきゃならないし、弱いところは見せたくない。


「……ほう」


 顔つきが変わる。

 ただのチンピラが伝説の龍みたいな……うっ、頭が(ry

 と、とにかく、睨み返す俺にネイトさんは顔中の筋肉を強ばらせて俺を睨んだ。

 拳を握り、手のひらに打ち付ける。

 瞬間、ネイトさんの身体中から青白い闘気がほとばしって……え? 待って? なにその、七つ集めると願いが叶う漫画的なオーラ! 金色とか赤とか真っ青じゃないだけましなの? どうなの?

 放つの? 放っちゃうの? 何か気の塊的なのを放っちゃうの?

 それともあれなの? ちょっと趣向を変えてワンパンだけで十分とか言っちゃうノリ? だったらハゲてもいいのよ?

 待って。ネイトではげたらよくない化学変化を起こしそう。海外のハゲはだいたい強いもん!

 くそっ、頭痛が止まらない!


「……ちっ」


 舌打ちをしたネイトさんは頭を振って、ケンカ上等な仲間たちに解散だと告げた。


「ど、どうして?」


 クラリスが思わず尋ねると、振り返りざまに俺へと拳を突きつけて彼は言ったよ。


「てめえを殴るのは合戦で、と決めてるんでな」


 それだけだ、と言って立ち去るネイトさん。

 後に残されたお上品チームなみなさんもテーブルに意識を戻して、和やかに会話をはじめる。

 そんな中で、狼が仮面をつけたまま微笑んだ。


「やあ、タカユキ。見事な啖呵じゃないか、惚れ直したよ」

「えーっと」


 頬を掻いて、それから尋ねる。


「ルカルーの兄ちゃん、なんでいんの?」


 俺の問い掛けに彼は笑うだけ。すると彼の影からひょこっとクロリアが顔を出すではないか。

 くそ。見てたんなら止めてくれ、と抗議の視線を送るも涼しい顔だ。幼女でもさすがの魔王さま。


「クロリアが呼んだ。ルーミリアは魔界に負けが続いているからな、ここらで武を証明できなければ今後の取引がすべからく不利になる――……来てくれたからには、そう考えておいでなのだろう?」

「はっはっは」


 笑いはすれど、否定はせず。


「タカユキ、キミと同じ戦地に立つためにはせ参じた」

「その仮面はなんすか」

「なに。妹をはじめ素性がばれては困るからね」

「……声まんまだからすぐ気づくんじゃあ?」

「だがしかし、キミは初手で気づいただろうか」

「それは……」


 気づきませんでした。気づいてしまえば気づかなかったことが不思議なくらい、気づきませんでした。


「狼帝に久々に挨拶しに行ったらくれたんだ。存在感を消す力があるらしくてね……注意しなければ気づかれない。もっとも、勇者にはばれてしまったが」


 きらきらした笑顔で肩を竦める仕草さえ、なんか妙にハマってる。

 そういやあルカルーの兄ちゃんってイケメンだったんだな。

 ともすれば義理の兄にでもなりそうなので、仲良くしておきたいのだが……それにしてもツッコミどころがあるぞ。


「王様が来ちゃまずいんじゃ?」

「ところが……タカユキ、ふり返ってごらん?」

「え」


 茶目っ気たっぷりに人差し指を立てて言う兄ちゃんの言葉にふり返るとさ。


「お姉さま……もう少し優雅な食事を取るに相応しい場所はないのですか?」

「スフレの少女はユーモアがわかっていないな。魔界に来た折には、ハンバーガーショップに連れていくしかないとみた」


 カナティアと魔王がしれっと立ってんの。

 なんで? なんでなの?


「ちょ、ちょっと! なにきてんの! 公式訪問とかってんなら、もっと体裁ってもんが」


 魔王が人差し指を俺につきつけて、左から右へと流した。

 それだけで不思議な力で唇が縫い止められてしまう。これじゃ喋れない!


「現段階では非公式の訪問だ。騒ぎ立てるな……私たちに気づかれないように、結界を張っている。なんでもないただの少女にしか見えないように、な」


 いや、しかし。なにしにきてん!

 という俺の無言の質問には、クロリアが答えてくれた。


「発足にあたり、国の宣言をお前にはしてもらう。ただ主張するだけでなく世界にそれを認めるために、三つの陣営の主たる三人にはいてもらわなければならない。だから来てもらった」


 その説明で納得はできるが、しかし。

 事前に説明してくれてもよかったのでは?


「むー! むー!」

「……やれやれ」


 魔王が指を引くと拘束が解けた。ほっ……としているよりも聞きたいことがある。


「なら兄ちゃんはなんでネイトさんとケンカしてたんですか?」

「嫌いなんだよね、粗野な人」


 う、うわあ。良い笑顔だ!


「ちょっと! うちの戦士長になんてことを言うんですか!」


 さすがにこれにはカナティアも黙ってはいられなかったみたいだ。

 けれど、ルカルーの兄ちゃんは笑顔のままで楽しそうに頷いた。


「もちろん彼の力は認めているよ。ただ……食事中に食べかすを散らかしたり、あれでいちいちジョークを言うのはね。それも大して面白くないから、ちょっと指南したらケンカになっちゃった」


 さすが、狼帝は超怖いって冗談でルカルーをおどかすイケメンは言うことが違う。

 指南とか、そういう枠組みに嵌められるのネイトさんいかにも嫌いそうだ。

 そりゃあケンカになるわ。


「すみません、うちの人が」

「いえ。わかりあうには戦いが一番だという見解はお互いに一致しておりましたので。お互いに筋を通そうとしたまでですよ、お美しい君」


 プリスさんにも如才なく答えるその対応力は見習いたい。


「それでケンカされたらたまったもんじゃないがな」

「あはは。でもタカユキがおさめてくれた。クラリス皇女が呼びに行ったから、実は……君の手腕を見てみたかったのだ」


 クロリアの指摘に構わず、兄ちゃんは俺に抱きついて背中を叩いてきた。


「妹の見立てはいつも正しい! 私は君の剣となって、合戦を戦おう」

「え」


 待って。え? 好感度高すぎじゃない?

 なんでイケメンの好感度こんなに高いの?

 帝国を二回も救ったからなの? そうなの?


「私もそばでみてたいかな。どう動くのか、どんな顔で戦うのか……そばでね」


 えええええ。

 兄ちゃんといい、プリスさんといい。


「ちょ、まっ、く、クロリア! チーム分けはどうなってんの!」

「帝王と最強の魔法使いの願いは叶えないとな? 戦士長がお前の敵の方が盛り上がりそうだし」


 にひひ、と笑う元魔王にもの申したい。


「とすると……我が妹の味方は彼らか。ふむ」

「姉様、てこ入れの手はずは?」

「無論、整えてきた……ほら、いい加減人の胸元に隠れてないで出てこい」


 魔王が言うと、スーツスタイルのタイトでたわわな胸元からそっと小さなネズミが出てきた。

 そいつもまたスーツ姿である。どこかで見たような――……って、ああ!


「ネズミの親分じゃねえか!」

「それは我が双子の兄でちゅう」

「いかにもな語尾つけてきやがった!」

「魔王様の命令には逆らえない……でちゅう」

「無理矢理なのか! 無理矢理言わされているのか!」


 ふふ、と笑う魔王さま。


「魔界と人間界に放送するのだ。小さなところから着実にキャラは立てていかなければ」

「さすが魔王様でちゅう!」


 たわわなおっぱいの上で懐から出した紙吹雪を散らすネズミの親分の兄。

 ……むしろそれ、親分よりも魔王様の方がキャラ立ってないか?


「タカユキ、挨拶はそのへんにしてついてこい」

「え」


 クロリアに手を掴まれて引っ張られる。

 みんなにまた、と声を掛けて彼女の隣に並んだ。


「なにすんの?」

「まずは共和国設立のための宣誓の練習だ。長いスピーチになるからな、原稿からなにから用意しているが肝心のお前のしゃべりが駄目じゃあいけない。まあ先日の酒場の話しぶりはなかなかだったからそれは心配してないが、ともあれ練習は必要だ」


 ま、まって。待ってくれ。なんでまくし立てるように喋るの?


「次は共和国の法律のおさらいだ。領主たるお前が理解していなければ話は始まらない。共和国に来た専門家を引き入れて、クラリスとみんなで作っている最中だが、お前は誰よりも理解していなければならない。ばしっと話すからしっかり勉強しろ」

「ちょ、ちょっと、」

「次に先ほどの三名のように内密に来た権力者と面通しだ。クラリスと三名で対応するが、かなりしんどい時間になる。これも事前に綿密な打ち合わせが必要だから、準備と対応こみで長丁場になるから覚悟しておけ」

「まっ、待って、」

「次に開拓事業をしている専門家たちとの会議がある。リコをはじめ共和国の軸になっている仲間達だからって油断をするな。未だ予算なんてほぼないに等しい共和国の中で、奴らは予算を奪おうと手ぐすね引いて待っている。毅然とした対応を取らなければならない。幸い、これは私とクラリスで対策を練っているから、事前に頭に叩き込んでおいてもらう。次に――」

「まてええええええええええええええ!」


 思わず叫んだ。

 そこでやっとクロリアは立ち止まって、渋い顔でなんだと聞いてくる。

 だから言ってやりましたよ。


「忙しすぎじゃない!? 前にお前から聞いた話だと、俺は決断だけくだせばいいのでは!?」

「間違えた決断はくだされては困る。最低限の知恵は必要だ」

「そんなご無体な!」

「それが領主ってもんだ。諦めろ」


 ばっさりだった。

 一刀両断にされた俺は、幼女の元魔王に手を引かれて執務室に連行されましたとさ……。




 つづく。

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