第六十四話
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部屋に戻るなり歩み寄ってきたクルルが俺の匂いを嗅いで、それから不機嫌そうな顔で言いました。
「で? ママの魔法のお味はいかがでした?」
ばれてるぅー!
「す、すまん……いいようにやられました」
「はあ……タカユキにまで容赦ないあたり、相変わらずかな」
ため息を吐いてから、クルルが俺の身体に触れて何かを探っている。
「匂い……だけじゃないね。耳と、あとは? 胸のあたりかな」
リイベラシオ、とクルルが唱えた途端に何かが弾ける音がした。
「な、なにいまの」
「ママが触ったところに呪いがかけられていたから解いたの」
「えっ」
「私が解くことを見越しての、まあ……母と娘の軽いじゃれあいかな」
「そんなノリで呪われてたの?」
「よくあることかな。だから正直、タカユキにパパとママの話を積極的にしないのもめんどくさいからで」
それよりも、と俺の手を握ってベッドに導く。
「何があったのかな」
「あー……」
ある程度は説明しなきゃいけないよな。
コハナに励まされたことはさすがに伏せつつ、それ以外についてはきちんと事情を話した。
そして耳を全力でつねられました。
「なに人のママに欲情しているの! いくら魅了の魔法使われたからって、それはさすがにどん引きだよ!」
「いたたたたたた! いや、な、なんか気がついたらおっきしててん!」
「気がついたらおっきするような懐刀なら、毎日さぞ大変でしょうね! ママの魔法だよ!? 抵抗してよ! いままで誰ひとりとして抵抗できなかったけど!」
無茶じゃん、それ! 火に油を注ぐだけだとわかっているから言わないけどな!
「全面的に俺が悪いのでごめんなさい! だから、耳! 耳がちぎれる!」
謝ることしかできねえ。
そんな俺にため息を吐いてクルルは耳を離してくれました。
「クラリス様にも言ってやろ!」
「やめてよしてそれだけは」
「これに懲りたらもうちょっと警戒するべき。タカユキくらいの勇者なら、相手がたとえ最強の魔法使いだとしても、気合いがあればはね除けられるはずだよ」
俺はプロレスラーか!
などと突っ込める立場でもない。
「ほんと……すみません」
「まあママとやり合った後に部屋に入ってきた時のしょんぼり顔を見る限り、しこたま反省してるみたいだからここまでにしとくけど」
つねったところを撫でてから、そのまま頬に手を当てられた。
「ママとふたりで話して、ほんとに大丈夫だった? シラフで人を狂わせる呪いをかけちゃう人だって言っておけばよかった」
それは本当に聞いておけばよかったな……マジで!
「誰かと結婚することの意味を日々知る思いです。クルルは愛されてるんだなあって実感中ともいう。とにかく、だいじょぶだ。凄いやばい魔法使いってのもわかったし、それよりなによりクルルを愛してるってわかったし」
「はいはい」
笑うクルルに引き寄せられて口づけた。
「ん……逃げたくなった?」
「頑張って認めてもらおうって気になった」
「よかった」
嬉しそうに微笑んでもう一度口づけてくる。
甘えて縋りたくなるくらいに甘くて柔らかい。
「たまっているなら、してあげよっか?」
悪戯っぽく笑うクルルの誘いに乗りたい気持ちは十割なんですが。
「それよりも親父さん対策だ。どうやって戦って認めてもらえばいいと思う?」
「それなら簡単かな。きっとパパとママそろってクロリアのチームに行くから、あとは清々しい勢いでぶっ倒せばいいよ」
そんな。清々しい勢いでって!
「しれっというのな、お前」
「パパは東から来た蛮族を一人で撃退するくらい強い戦士だけど、タカユキならいけるかな」
「いやいやいやいや」
え。待って?
「クルルパパ強いの?」
「うん。私の蹴りはパパ譲りかな」
「……ほう」
あの蹴りを、お前も放てるのか。
超つよいやんけ!
「なんでタカユキちょっと離れるの?」
「なんでもありません」
こわいこわい。それはそれとして。
「単純に戦って勝てるか? 俺、勇者の装備は魔王に壊されてなくしてるけど」
ちなみにご都合主義的にさも当たり前みたいに服着て生活しているけど、これは地上にある未だ訪れていない勇者の墓をこっそり回った成果です。
ただ鎧などはなし。ただの服だけ。
「大丈夫かな」
「根拠はなんだよ」
「ガチンコで殴り合いしかしない人だけど、タカユキは私のためならどんなに殴られても立ち上がってくれるよね」
だから最強のプロレスラーか!
頭をがしっと掴んでフルスイングしたいけど、できない。
「タカユキ?」
くっついてきて腕に抱きついてくる。
すると触れずにはいられない、大きくなったお腹。
「が、がんばります」
「ん!」
嬉しそうに頷くと、顔を擦り付けてきた。
「いつもは諦め気味だったけど、今日はしっかり匂いつけておかないとね? ママが狙うとは思わなかったよ。おっかないったらないよ!」
鳩尾にめり込む弩弓のストレートに俺、言葉もない。
「いくらなんでも魔法を使われたからって反応するとは。ママ、いまだに魔力を高める研究してるのかな……」
待って。
「クルルママ最強説? お母さんじゃなくてママって呼んで、甘えていいのよみたいなこと言われて相当動揺したけど。既に強いんだけど?」
「うわっ! タカユキ、まさかお母さん愛に飢えてるの? なんだっけ、魔界で言うところの……マザコン?」
「ちがいますぅううう!」
咳払いをする。
許してもらったらきっとこの手の話になるんだろうなあ、と思って既に答えは用意してある。俺にとって素直な感想なのだが、それを言うのは非常にはずかしい。
しかしクルルが取り出した懐刀に息を吹きかけたりして生殺し作戦に出たのですぐに白旗を振る俺です。
「いや、ほら。大人になったら、クルルはこんな風になるんだなあ……と思うとだな。つい」
「……本音半分、でっちあげ半分くらいかな」
「うっ」
さすが鋭い!
「ママに感じた魅力はさっき言ったのが本音で、でもって……おっきしたのはそれじゃないでしょ」
「お前なんなの。俺の嘘発見器かなんかなの。当たりすぎて怖いんだけど」
「んー。触れた場所から察するに、おっぱいだね。タカユキおっぱい好きだもん」
クルルが少し膨らんだ気がするたわわを俺に近づけてきた。
「ほうら。腕にあててあげよっかな。白状したらね? 好きでしょ? 好きなんでしょ?」
くっ! おのれ! 卑怯な!
「おっぱい大好きっす」
「ちょろっ」
「言っても、やっぱ……俺にとっちゃ、なあ? お前って特別だし。お前のおっぱいも特別なわけで」
「タカユキ、照れながらなにいってんの? だいぶきもいよ?」
「お前ね!」
「まあ、ちょっとおっきくはなった気がするけど。ママには勝てなかったよね」
サイズの問題じゃないと思うんですけどね。
「あ。いま考えたこと、言わなくていいかな。別に求めてない言葉な気がするし」
「……はい」
しょぼくれる俺を見て悪戯っぽく笑ってから、ばあかと眉間を人差し指で突いてきた。
その後は二人で気の済むまでいちゃついて……朝になった時にはもう、なんとでもなる気しかしなかった。
クルルの幸せいっぱいに緩んだ寝顔をずっと見ていたいから、頑張らねば!
決意を新たに服を着ていた時だった。
ノックの音が聞こえて、扉を開くとクラリスが青ざめた顔で俺に言うのだ。
「ど、どうしましょう! 選手の方がケンカを始めてしまって!」
一難去ってまた一難。何がなにやらわからないが、穏やかに毎日を過ごすなんて俺が望んでも女神が許さないに違いない。
つづく。




