第六十二話
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俺は脂汗を流していた。
ウサギの耳の生えた美丈夫が俺の足を踏んでいる。そしてがんをつけてきている。
「えー。こちらのみなさまが、今回の大会に合わせてお越しくださった選手の皆さまです」
コハナは笑顔で進行を続ける。
できて間もない領主の館の会議室で、ずらりと並ぶスフレとルーミリアの戦士や魔法使いたち、そして魔界の運動選手や格闘家たち。それはいい。
だが、なんだろう。
俺のそばにきて足を踏んでいるこちらの美丈夫はなんなのか。その後ろにいるにこにこ笑顔のウサギ耳の美女はなんなのか。
いや。わかっている。わかっているとも。この流れの答えなど、とうにわかっている。
「パパ! ママ!」
駆け込んできたクルルの声に、ほらね!? と叫び出したい俺です。
「おお、クルル! ……しばらくみない間に、お腹が大きくなって」
涙目になる美丈夫の足がね。ぐりぐりとね。俺の足を踏みつけてくるんですけどね。
「ちょっとパパ、タカユキの足がちぎれちゃうよ」
「いいんだ、お前に悪いことをした男などどうなろうと知ったことじゃない」
ああ……やばい。
コハナが笑顔で訴えてくる。早くなんとかした方がいいよ、と。
視界の端でクラリスが苦い笑顔だ。
いや……わかってるねん。俺が何かを言わなきゃいけないのは。けどなあ。
「あ、タカユキ。やっと紹介できるね。こっちがパパで、あっちがママだよ」
「ど、どうもぉおおおおう!!!!!!」
挨拶しようとした瞬間に力が増したよね。
「クルル、話があるんだ。パパとママと三人で親子水入らずで。な? いいよな?」
「待ってよ。紹介したいって言ったのに、ずっと断ってたのパパじゃん。タカユキいるんだし、挨拶させてよ」
「いいから! いいから!」
俺の足がやっと解放された。ほっとしかけたんだけどね。
「――……後で面貸せや」
わお。ヤクザも真っ青なメンチ切り!
「……はい」
しか言えないよね。
クルルの背中を押して出て行くクルルパパを見送る俺にクルルママが近づいてきた。
前の旅を終えてからも挨拶してなかったからなあ。そりゃあ怒るよなあ。
クルルママもお怒りなんだろうか。
しかし……見れば見るほどクルルにそっくりだな。クルルはひたすらに可愛いけど、ママは美人さんですよね。いったいいくつなんだろう。お姉さんくらいに見えるけども。
「あなたがタカユキさん?」
「は、はい。あ、あのっ」
急いで挨拶しようとした唇に人差し指を当てられた。
人妻、妖艶、美魔女。どれも似合う綺麗なクルルママの微笑みが眩しい。
「あとで、お話聞かせてね?」
「は、はい」
「クラリス様、失礼いたします。後ほどきちんとご挨拶に伺いますので」
ええ、と頷くクラリスに恭しくお辞儀をして、同じお辞儀を俺にしてからクルルママは出て行ってしまった。
みんなの視線が俺に浴びせられるんだが……そんな目でみんな!
「えー、こほん。では一人一人ご挨拶からはじめましょうか」
何事もなかったかのように挨拶を始めるコハナ、ぐう有能。
◆
さて、どうしたものか。
今、俺はクルルパパとクルルママ、そしてクルルと食堂の隅っこの席にいた。
クルルパパの醸し出す怒気にね、いつもは賑やかな食堂がしんと静まりかえっているよね。
隣でにこにこ笑っているクルルママの考えは見えないし、ぶすっとしているクルルはいかにも火種そのものって感じです。
ぶっちゃけ逃げたい。今すぐ逃げたい。けど、俺だけは逃げてはならない現場ですよね、これ。
誰かなんとか言ってくれ、と願うも誰も何も言わないので俺が喋るしかないのであった。くそっ!
「え、ええと……お父さん」
「誰がお父さんだ」
あかんこれ。
「く、クルルのお父さま」
「……なんだ」
言葉は少ないのにテーブル挟んで身を乗り出してまでメンチ切らないでもらえませんか。
「本日ははるばるスフレ王国からお越し頂き、誠にありがとうございます」
「娘に会いに来ただけでどこの馬の骨ともしれない奴から礼を言われる筋合いがどこにある」
やばい。敵意が最大値振り切れてそうだよ。
「娘さんにはいつもお世話になっておりまして」
「あァアアアンンン!? いつもお世話に、だぁあああ!? 腹ボテにしといてよくも言えたもんだな、アァアアアアアン!?」
「お父さん、娘さん相手に腹ボテっていう表現はどうかと思うのですが」
「事実だろうがよぉおお! あと、てめえのお父さんじゃあねえからああああ! よろしくううううう!」
「……はい」
やばい。話通じない勢いでお怒りだぞ。
隣から床を蹴る音が聞こえるのがいかにも不穏。クルルがめっちゃ不機嫌なんだけど。
「ご挨拶に伺うべきだったのに、お越し頂くまでご挨拶もできずにすみません」
「いらねえよ。聞きたくねえから断ってたんだ、察しろ」
ぎらっぎらなんですけど。
メンチだけでビームが出そうなんですけど。
「まあまあ。あんまりとげとげしていると、クルルちゃんに嫌われちゃうわよ」
「……ちっ」
舌打ちこわっ。あとママさん、もっと積極的に発言してくれてもいいのよ。だからお願い、さあどうぞ、みたいな顔して俺を見ないで。
「クルルさんにはこの世界に来てからずっと、助けていただいてきました」
向かい側からも床を蹴る音が聞こえてきた。クルルのいらいらした時の蹴る癖はお父さん譲りなのかなー? いまそんな事実気づきたくなかったなー。
「俺にとっては」
「おれだぁ? ずいぶんな口のききようなんですねぇええええ?」
「わ、私にとっては、かけがえのない存在です」
ちょ、ちょっとした言葉遣いにも気をつけないと爆発しそうだぞ。
ああでも言わないとどうにもなんねえよなあ。
視界の隅っこでカードを手にしたクラリスたちが見える。なになに? 今こそぶちかませ、だ? ぶちかました瞬間に空の彼方に蹴り飛ばされそうだけど。
でも、まあ、言わなきゃだめだよな。
「どうか、娘さんをくださ――」
い、って言った俺の頬にクルルパパの足がめりこんだよね。
お空に蹴り飛ばされたよね。食堂の天井をぶち抜いてさ。すげえ脚力だよね。あははは、さっすがウサギですね。
ダメージのあまりに服がはじけ飛び、パン一になった俺は……地面に着地して痛みに身悶えし、食堂に戻るまで実に数時間をかけて歩く羽目になりましたとさ。
とほほ。
◆
街へと姿を変えてきた俺たちの住処、その象徴たる領主の館でクルルは俺の知る限り最高に機嫌が悪かった。俺を蹴り飛ばしたパパと大げんかしたそうだ。
「なあ、クルル」
「いやだ」
まだ名前を呼んだだけなんですけど。
「無理かな。だからいやだったのに」
「クルル?」
「私がママみたいに魔法使いになるのにも反対、一人で働くのにも反対、思い返せば魔法の練習をするのにだって反対したし、男の子と話すことにだって反対してたし。働き出しては会いに来て、いろんな人に迷惑かけるし、ほんと最悪かな」
うわあ。噴き出る噴き出る、苛々が。
「タカユキを紹介したいって言いに言っても門前払い。お腹に子供がいるっていっても信じてくれないし、手紙を出しても返事くれなくなって。挙げ句の果てに会いに来たと思ったらこれだよ。もういちいち意味わかんないかな! 首尾一貫してないし! わけわかんないかな!」
待って。そんなに床を蹴らないで! 床に罪はないのよ!
「いないものだと思っていた方がよっぽどいいかな!」
「それは――……いや。俺がうまくできなくて逆撫でしちまったんだ。悪かった」
かっかと熱くなった頭に触れて、髪を撫でる。相変わらずふわふわで撫で心地がいいな。
「ただ、なあクルル。親が既にいない奴もいる。俺なんか顔も思い出せない。溺愛してるパパさんと、もし仮にパパさんが俺とうまくやれないとしても、せめてクルルは仲直りしてみないか?」
割とどや顔。いいこといったぜ感……なのだが。
「だからってうちのパパがどうしようもないのには変わりないかな」
ぐうの音も出ねえ。
いや、別にクルルパパがどうしようもないとは思わないが。
ただ現状がどうこうなるわけじゃないのには違いない。だからこそみんなで譲歩すればいいじゃない、と思うんですけどね。
大事な娘さんがえらい目に遭った元凶はだいたい俺だし、事情を聞かないまでもクルルをよく知るお父さんが元凶が俺だって気づいて切れるのも無理ないし。
とはいえクルルが怒るのもわかるなあ。可愛がらずにはいられないし面倒を見ずにはいられない、けれど反発されたらちくしょうってなる親心、ただただむかつく子は知らずってやつですよね。
ううん。だいたい道筋は見えているんだが、さて。
「わかって欲しいから手紙だしたり、折に触れて報告してきたんだろ?」
「……わかってくれそうにないかな」
こじれちまったかあ。
俺も筋通してないからなあ。
そりゃあパパさんも怒るか。怒るなあ……俺が親父ならぶちぎれそうだもの。
「じゃあ、後はなんとかするから。一回頭冷やして、もう一度素直な気持ちで手紙でも書いてみたらどうだ?」
軽く撫でて離れる俺に「タカユキはどうするの?」とクルルが尋ねてきた。
だからふり返って言うよ。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ。別に馬ってわけじゃないが、元来、夫の弱点なんてのは決まっていてさ」
「どういうことかな?」
「嫁さんだよ。ママさんに会ってくるわ」
廊下に出て、息を吐く。
思い切り両手で頬を張って、気合いを入れた。
色々あって遠回しにして逃げてきたから通さなかった筋を、どうやら通さなければならないらしい。
なら、しっかりしないとな。
敵意丸出しのパパさんよりもよっぽど底が見えないが、さて。
クルルママさんはどんな思いでいるのやら。
つづく。




