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第六十一話

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 ううん。


「移民たちはみな出国手続きをするように取り決めているが、それをくぐりぬける悪い奴がいるな」

「こちらでも把握しておりますわ……あ、スープおかわりを」


 真夜中の食堂で俺は腕を組んで考えていた。

 ここには共和国に集まった連中が全員いる。

 当然、食堂だけでは収納しきれないので、食堂の外にテーブルや椅子が出されてある。だからまあ点呼こそ取っちゃいないが全員いると見ていい。コハナがそれとなく耳打ちしてきたからな。しっかりしてくださいね、だとさ。

 にしても、いったいいつの間に。


「悪い奴がいるならぶっとばせばいいんじゃないかな?」

「クルル……最近のあなたはちょっと乱暴過ぎないかしら」

「でもクラリスさま、倒しても痛い目を見てパンイチになるくらいで済むなら、その方が手っ取り早いかなって」

「スープのおかわりお持ちいたしました」


 コハナがクラリスのお皿におかわりを注ぐ。

 お礼を告げてクラリスが優雅にスープを飲む。

 今日のスープはリコが海から持ち帰った飛び出た目玉の虹色鱗の魚のスープだ。

 ゲテモノ感満載の見た目の魚だが、白身のぷりぷり感はなかなかのもの。

 骨から取れる出汁がまたうまい。

 リコたち海の開拓組が少し離れた席で食事を取っているが「唐揚げとかもいいっすかね」「魔界じゃ刺身ってのがあってだな」と盛り上がっている。それはいい。実にいいことだと思う。


「ねえ、クルお姉ちゃん。ペロリお城建てたい。国ならお城があるべきだと思うの。ルカお姉ちゃんもそう思うでしょ?」

「……まあ。領主の館だけでなく城があってもいいとは思う。国の目玉となる建物があるのはいいことだ」

「待って。それって家が二つあるみたいな感じ? だって王様は城に住んでるものでしょ? やっと館ができてきたのにまた家を作るの?」


 頷くルカルーにナコが問い掛けた。


「いや、執務をする場所が城で、住まいは館でいいのではないか? 住んでみればわかるが、城は快適とはいいにくいぞ」

「それはどうかしら。城の作りによるのではなくて? まあ……城を作るなら館は必要ないと思いますけれど」


 ルカルーに指摘をするのがクラリスなんだからひやひやする。


「勇者さま、パンのおかわりはいかがですか?」

「ああ、うん。もらうわ」

「ではどうぞ。山羊から取れた乳でチーズを作って、パンに入れてみましたので」


 味わってみて、という主張に頷きつつ、コハナが持っている籠から丸いパンを取った。

 ペロリもー! 自分も、と主張する二人にコハナが歩いて行く。

 和やかといえば和やかなんだがな。


「国王がいない城は駄目だろ。国会議事堂と首相官邸ならまだしも」

「クロリア、それってどういうことかな?」


 クルルの問い掛けにかつての魔王はパンをちぎってもしゃもしゃ食べてから口を開いた。


「うまし。えーっと。城は国の象徴だが……そもそも共和国の象徴ってなんだ? この場合は勇者タカユキだろ。城を象徴にするなら、城に住まうもの、という意味合いを持たせるべきだし、なら館はいらないんじゃないか」

「ペロリよくわかんない」


 ペロリのツッコミ鋭い。

 あとパンうまいな。塩気の塊みたいな印象しかないチーズだが、このパンにくっついたチーズは違う。濃厚な牛乳の香りがする。小麦はぶっちゃけスフレからもらった種を耕しつつ、回してもらった資源を使っているのでスフレ産なんだが、だからこそ慣れた味でほっとするというか。


「よーするに。それっぽい建物ほいほい建てたら何がなんだかわかんなくなるって言ってるんだ。おいクラリス、なんとかいってやってくれ」


 お。意外や意外。クロリアがクラリスに助けを求めている。


「ルカルーの仰るように国の象徴たる建物があってもいいとは思いますが、それはひとまず館でいいと思います。クロリアの言った二つの建物の意味合いのような形で作ることもできますが、お祭りの日にちは迫っておりますので」

「ペロリよくわかんない」


 素直にわかんないと言えるペロリは強い。


「時間がないから今回は我慢しましょう、ということですわ」

「そっかー……」


 ちょっとしょんぼりしているペロリ可愛い。


「お祭り迫ってるんだよね?」


 クルルが俺を見てきた。咳払いをする。


「えー……それなんだが」

「タカユキ-?」

「わかってるって。お前はほんとに顔に出るな」


 なに逃げようとしてんの、という顔に思わずツッコミを入れつつ。


「クルルの様子じゃもう聞いてそうだな。クラリスはもうコハナから聞いているか?」

「あ……ええ」


 はにかむように笑うクラリスを見て、思わずにはいられません。

 いよいよ進退窮まったな。まあ大げんかしたりせずに来れてるのはいいことだけども。


「ちょっといいだろうか。みんなの中には既に知っている者もいるかもしれないが、次の祭りで俺はクルル、クラリスとの婚約式を挙げる」

「わーっ!!!」


 ペロリが率先して手を叩き、クロリアがやれやれという顔でそれに続く。

 ナコもルカルーも「やっとだね」と顔を見合わせて笑い合っていた。

 その空気は周囲にも伝播するのか、食堂に集まった共和国のみんなが一斉に静まりかえって俺を見つめている。

 それは外にも広がっていった。外の連中がぞろぞろと室内に入ってくるではないか。

 ま、まいったな。そこまで大々的な発表の予定じゃなかったんだが。

 これじゃあ演説でもしなきゃおさまりそうもないんですけど。

 どうすんの。俺、そんなことしたことないよ?

 クラリスやクロリア、ルカルーみたいにしかるべき立場の奴がすればいいんじゃないのと思うんだけど……三人とも俺をじっと見ていた。期待するような目で。

 そのそばにいるクルルは大丈夫って信じた笑顔を向けてくる。

 視界の端で給仕に忙しいコハナが目で訴えてくる。逃げんなよ! って。わかってるっての。


「ただ婚約するってだけじゃない。国の中心に立たせてもらう俺が、まず幸せにするべき二人に未来を約束する。そのための式だ」


 立ち上がって、ジョッキに手を置いた。


「二人を幸せにできないようじゃ、みんなを幸せにできない。それに祭りが成功しないようじゃあ、婚約式だってしけたもんになる。それはごめんだ」


 まだ名前も知らない者が大勢いる。

 仲間達が指揮を執り、それに混じって共に汗を流したものの未だわかり合えた連中だらけとはいえない。にもかかわらず、人間と魔物が一同に介して俺の言葉を待っている。

 未来への可能性はすべてここにある。


「みんなを幸せにしたい。それには……俺だけの力じゃ足りないってのは、ここまで過ごしていればよくわかっていると思う。海関係はリコがいねえと正直さっぱりだしな」


 リコが率いる船の乗組員たちが一斉に笑い声を上げた。確かに、ちげえねえ、と人と魔物が肩を並べて楽しそうだ。


「今日のパンはうまい。しかしこのパンは俺には作れない。毎日うまい飯を作ってくれる台所の面々はもちろんだが、彼らにその材料を渡す作り手に感謝をせずにはいられない。お前らがいないと俺は明日にでも飢え死にしちまう」


 俺もだ、私も、という声があちこちであがるし、台所にいる料理人たちがどや顔をしていた。人も魔物も、料理を絆に繋がる両者が手をぶつけ合ってガッツポーズである。


「そんなみんなの意見を聞いて、あれこれと動き回っている俺の仲間たちにも心より感謝を。俺一人じゃ到底まとめられない」


 仲間達の幸せそうな顔を見て、つくづく思う。


「俺はパン一でこの世界に来た。勇者だなんだと言われるが、パンツから武器を取り出すしか能がない人間だ」


 そんなことない、とクルルが声を上げた。仲間達が頷く。そして、あたたかい目で俺を見守ってくれる食堂のみんながいる。

 実感せずにはいられない。


「俺にあるのはみんなとの絆だ。この絆が共和国の礎になるんだと思う」


 ジョッキを手にして中身を飲み干す。

 がつんと頭にきつい一撃をくれる酒だ。


「妊娠中で飲めない嫁には申し訳ないが、魔界の酒はうまい」


 魔物たちが一斉に喝采を挙げた。


「だがスフレやルーミリアの酒もうまい。それを伝える機会があればと思う」


 そうだそうだ、と声を上げる人々。


「それ以上に、だ。共和国ならではの酒も飲んでみたくはないか?」


 口笛や指笛が鳴らされた。


「日夜、新しい作物が作られている。海がどんどん探索されていく。この世界にいるのは俺たちだ。この世界はすべて俺たちのものだ。なら――どこまでも、俺たちらしく、人と魔物が共に暮らす絆の証をどんどん立てていきたい」


 寄り添うようにして、コハナがジョッキにお変わりを注いでくれる。

 見ればコハナと同じウェイトレスたちが全員に飲み物を注いで回っていた。


「祭りまでまだまだ忙しく、大変な日々が続くと思う。けどその日々は俺たちみんなの笑顔のためにあるべきだ。どうか、これからも力を貸して欲しい」


 ジョッキを掲げると仲間達が率先してジョッキを掲げてきた。

 それに続いて食堂に集まった全員がジョッキを掲げる。


「俺たちの幸せに!」


 俺の呼びかけにみんなが口々に続いた。そして、期待を込めた視線で俺を見つめてくるのだ。

 ならば言おう。


「乾杯!」


 乾杯、と口々に叫んで隣にいる者とジョッキを重ねる。

 いそいそとステージに移動したペロリが、楽器を構えた魔物たちと共に歌い始めた。

 賑やかな食堂で、ここには笑顔しかない。

 祭りでもこの笑顔を見たい。


「式が盛り上がるように、お祭り絶対に成功させようね」

「おう」


 クルルに頷いて椅子に腰を下ろした。

 いろんな奴らがジョッキを手に挨拶しにくる。

 一人はトカゲの姿をした商社マンで流通をクロリアに任されている者で。一人はネコミミ尻尾の可愛らしいお嬢さんでスフレの農作物の管理をしている。

 リコたちが来て船の乗組員を紹介してくれたし、調理が一区切りついたルーミリアのいかつい狼の料理長が二本角の魔物の副料理長と一緒にやってきた。

 他にも数え上げればキリがない。あんまり待っていてもしょうがないから、クルルとクラリスに手を引かれつつあちこちに挨拶に行った。

 ルーミリアに居場所がない気弱な狼の農民がいた。スフレで食うに困って盗賊行為に走り俺たちと戦った家族連れがいた。魔界でクラリスを助けに行った時に出くわした警察組織の魔物がクロリアの要請で出向してきていた。

 ルーミリアとスフレの貴族が魔界の社長と商売や社交界の話をして盛り上がっていたし、ルーミリアの常闇の街の神父さまが魔界の教師たちと信仰や教育について語り合っている。

 テーブルに戻った時にはペロリの歌の盛り上がりが最高潮に達していた。つくづくあいつは踊りと歌に愛されている。聞いていると自然と踊り出さずにはいられず、実際食堂の中はちょっとした踊り場になっていた。


「顔合わせはすんだか」

「……遅すぎたかな」


 クロリアの言葉に苦笑いを浮かべる。

 きつい返しがきてもおかしくないと身構えたのだが、返ってきたのはほっとしたような笑い声だった。


「それがわかるならいい。お前に向いていることをできるようにするのが、このクロリアでありお前の仲間たちの仕事だ。逆に言えば、なあ勇者」


 元魔王とはいえ幼い故に飲めない酒の代わりに、果実ジュースを飲んでクロリアは熱っぽい目で俺を見つめてきた。


「お前はお前の仲間を、大事な民を、そいつらに向いていることをできるようにしろ。時に勇気がなければできない決断を迫られるだろう。けれど勇気を持って決めろ」


 俺よりもよっぽど人を、世界を率いる力を持った者からの、それは。


「お前はそれだけでいい。それが一番難しいから、お前はそれだけでいいんだ」


 応援に他ならなかった。


「お酒、おかわり飲む?」

「……おう」


 クルルの問い掛けに頷く。

 ルカルーも、クラリスも思うところがあるのか、黙って俺を見つめるばかりだった。

 遠くでリコとナコが肩を並べて話し合っている。

 ペロリは盛り上がる歌からしっとり系の歌に切り替えて、愛を歌い始めた。


「さっきの話はよかった。ついていくよ、どこまでも」

「ありがとな」


 クロリアの言葉に、思いに頷く。

 仲間達を、周囲を……愛を歌うペロリを見つめるみんなの顔を見る。

 未来はすべてここにある。

 勝ち取りたいのはただ、幸せ。それだけだ。

 きっとそれが一番難しい。コハナが尻を叩かずにはいられなくなるくらい、及び腰になったり遠回しに逃げそうになる時もあるけれど。

 未来はすべてここにある。

 ならば勇者に逃げる選択肢なんて、ありえない。




 つづく。

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