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第六十話

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 考えてみれば結婚指輪って俺もつけなきゃ意味がないんだよな。

 なので装飾師との打ち合わせで俺の指の採寸からデザインまで決める運びに。


「お姉ちゃんたちの指の大きさは確かめておいたから、あとはお兄ちゃんの指だね」


 ペロリ、ぐう有能。

 いっそペロリにすべてを委ねてしまった方がいいんじゃないかと思ったんだけど、それを言ったらしっかり怒られてしまいましたとさ。


「お兄ちゃんがしっかり決めなきゃだめだよ。あんまり情けないこと言うと、ペロリが全力でお尻たたくよ?」


 やめてください。お尻が弾けてしまいます。


「どうなさいますか」「もしお悩みでしたら――」


 人間と魔物の装飾師が二人揃ってデザイン案を紙に書いてくれるのほんとね。申し訳なさしかない。

 ペロリが「そんなこともきめられないの? がっかりなんですけど」って顔で俺を見てくるし。


「ペロリに指輪をくれたお兄ちゃんはどこにいっちゃったのかな……」


 罪悪感を刺激するのやめて!

 二人のデザインを改めて見て、それからペロリの手を取った。

 指に嵌められた雪の台座に唸り、口を開く。


「じゃあ――」


 切り出した案に二人の装飾師は笑顔で頷いてくれたし、ペロリも見直してくれたのでよしとしよう。どんな台座かは当日のお楽しみ、ということで……。

 って、待てよ? 当日っていつなの?


 ◆


 日替わりで女子の部屋を移動して寝る俺にとって、コハナの部屋に辿り着くことは夜眠れないことを意味する。

 エステにマッサージ。コハナへのメンテナンスが待っているのである。

 けど、


「結婚式、お祭りと一緒にやっちゃいましょう」


 なんていきなり言われるとは思ってなかった。


「え」

「で、お祭りなんですけど。今月末……つまり来週末にやっちゃいましょう」


 展開早くない?


「ちょちょちょちょ、ちょ! 待って! え? 急展開過ぎてついていけない待って、え? なんて?」

「既に魔界の放送にのせてもらって伝達済みです。地上については今回はスフレとルーミリアだけを焦点として、魔界の魔法を動力にした通信と地上の魔法使いの連携を段取っています」

「ぐう有能……じゃなくて!」

「合戦参加者として、魔界の有名運動選手や格闘家をはじめ、魔王の座をおびやかす強敵などや、スフレとルーミリアの貴族や名うての戦士などの招集を行っています」

「ぐう有能……待って、え?」


 なんでそこまで手配してんの?


「魔界の各企業のみならず、天界にもコルリを通じて協力を求めた結果、人間世界と魔界ともに陣取り合戦をいわゆる番組として放映する運びになりました。地上や魔界の商人や職人、ないし企業の宣伝になるぞ、と交渉して既にこちらも段取り済みです」

「ぐう有能! って、まだ続くの!? この流れまだ続いちゃうの!?」


 もういっそすべて終わらせられちゃいそうなんだけど! どうしたの!?


「ぶっちゃけ陣取り合戦についてのあれこれはコハナとクロリアさま、クラリスさまで決めておきました。勇者さまがどういう風にしたいのかくらい、今のコハナにはもうわかっておりますから」

「ぐう有能! いい加減くどくないか?」

「なので、結婚式について固めていきましょう。今夜はオールナイトですよ?」


 あれえ……。

 なんか、おかしくない?

 この流れ、おかしくない?


「ま、まるで外堀をがっつり埋められているような」

「いまさら逃げたいとか言いませんよね?」

「そうじゃねえけど、心の準備が!」

「それ待ってたら永遠にこないんで! 結婚しましょう、式やりましょう! すぐやりましょう!」

「いやっ、でもっ、国の運営が」

「次の言い訳にしかなりませんからね! ほんとは二人と結婚したらコハナたちとも結婚することになって子供も生まれることになって大変だし、お金のことを考えると憂鬱で先送りとか?」


 うっ。


「思ってませんよね?」

「お、おもってないです」

「デスよね?」


 言い方! 死よね? みたいに聞こえるから!


「け、結婚できて幸せだと思ってますし、みんなを幸せにしたいなあと思ってますし」

「そうですよね。勇者さまはお優しくて愛が深い方だから、逃げたりしませんもんね? そんなことしたら、憎まれちゃって大変デス死ね」


 ご、語尾が! コハナが言うと語尾が気になる!

 デスの後の一文字に違和感を感じる!

 その一文字に違和感を感じることによって語尾すべてが気になる!

 逃げたら即死級のすごい呪いをかけられそう!


「責任を感じすぎて遠ざけてただけでしょうけど、観念してもらいます」


 くっ。


「だめです、だめ。にがしませんよ?」


 ぴとり、とくっついて抱き締められてしまう。

 今の彼女の髪は赤い。背中から生えたコウモリの翼も、尻尾も悪魔そのもの。


「し、死神なのに悪魔みたいな羽根と尻尾ですね」

「勇者さまの懐刀と一緒ですう。クロリアさまに悪魔にされた名残なんですう」

「へ、へええ?」


 尻尾が俺の背中をつつつ、と撫でる。


「便利ですよねえ、これ。貫通力もあるんですよ? こわあいこわあい、宇宙の化け物みたいに」

「直接脅迫してきた!」

「冗談です。結婚式の段取り決めてからにしましょうか」


 尻尾が離れる。なにそれ。尻尾も武器になるの? 初耳なんだけど。

 そっと椅子に押されて座らされてしまう。

 真面目に話をすると思うだろ? でもコハナは俺の腰の上にしっかりと跨がって座る。

 そんな必要はないのに。これじゃあやる気になってしまいます。


「神父さまはルーミリア帝国、常闇の街の方にお願いします」

「……ほう」


 たしかにあそこの神父さまには特にお世話になった。適任だ。

 だがこの体勢の必要性は?


「あと、スフレとルーミリアと魔界から主賓を呼びます。教会は急ピッチで建造中。食事は共和国の食材で用意しますね。ドレスは――」


 無視して真面目に話すのね? だったら離れてもいいんじゃないかな?

 逃げないから! ほんとに!


「あ、あの。真面目な話の最中だし、そろそろ離れないか? 逃げないから!」


 だめですと囁かれてしまいました。

 がっでむ!


「真剣になっても逃げ腰があるんで、物理的に迫っちゃおうと思いまして。こうして話せば心に刻み込めるかなあって」

「とんだハニートラップ!」

「話を続けまぁす。クラリス様はスフレ王家に伝わるドレスを。クルル様は天界からドレスを用意します。天使からのご祝儀ですねえ」

「ま、まて。二人はまだ身重で、ドレス含めて嫌がるんじゃあ」

「あ、気づいちゃいました?」


 いやいや。気づいちゃいましたってなんやねん。


「なので、今月開くのはより正確に言えば婚約式です」

「……え? それ、結婚式とどう違うの?」

「婚約式は、婚約をお祝いする式です。勇者さまの元いた世界でもある式で、もっとカジュアルなものなんですけど。なにせ共和国領主の婚約ですから。お祭りと一緒にしちゃうんです」


 な、納得できるような、できないようだ。


「結婚式は出産が済んですっきりなされたお二人と、素敵なバージンロードを歩いていただきます。だいたい二、三ヶ月もあればいいかな。コハナ、そういうメンテもケアもばっちりできるので、ご安心を」

「は、はあ……」


 待てよ。


「婚約を祝うだけならドレスも神父もいらないのでは?」

「婚約式とはいえ共和国領主のものですからねー。どっちもいらないなんてことはないです。今日指輪の手配をしましたよね?」

「あ、ああ」

「その時に会った装飾師に婚約指輪を用意させてあります」


 こ、コハナの包囲網がやばい。

 なんだろう、この逃げ場がない感。


「もう、やだなあ。なにを考えてるんですか?」


 鼻の頭を優しく指で叩かれる。


「逃げ場なんてないの。あなたはただ、勇気をもって決断してくれればいいんです」


 死神は両手を俺の頬にあてがった。


「愛する決断を。あなたの中にある気持ちが冷めないように、燃やし続ける覚悟を。怯まず挑戦する意欲を失わないほど、強大な愛を手に入れる誓いを」


 背筋に冷気が浴びせられた。

 コハナの髪からは熱気が溢れてくる。

 赤い色が燃え広がるように煌めいてみえた。

 その意味を考える。

 肌に感じるこれは、こいつなりの殺気に違いない。


「おふたりの名代として、まず私にしてください。逃げないって。愛するって」

「――……」


 嘘をつけないように。見抜けるように。

 この距離感なわけか。


「お前はずるい女だよ」

「くふ★ コハナが一番知ってまぁす」

「こういうときに逃げるのは、違うよなあ。お前の言うとおりだわ」


 コハナの腰を掴んで引き寄せる。


「おっと……ハグでもキスでも、コハナはごまかされませんよ?」

「知ってるよ」


 半目で睨むコハナに怯みはしない。


「逃げるっていったら俺のこと殺す気だったろ?」

「やだなあ……」


 唇が弧を描く。間違いない。その気だった。


「そんなの、決まってるじゃないですかぁ……そんなわかりきったこと聞かないで、ご決断を」


 こいつはぐうの音も出ないくらいに有能で、魔王や皇女と肩を並べて見劣りしないどころかあっさり国の方針を決められるくらいすげえ死神さまなんだろう。

 死神。

 この世界において、それは愛に耽溺する面倒な神の名だ。

 付き合えば付き合うほどに、女神と序列に差はないように見える。

 しかも地上に積極的に介入して、俺のそばについて離れない。

 ぱっと見たかぎりじゃ街のアイドルにおさまらないくらい、可愛い女子なんだけど。

 油断したら寝首掻いてくるだけの強さと恐ろしさを兼ね揃えているあたりは紛れもなく死神だ。

 だから怖い見方なんていくらでもできるが、それはしんどい。

 なので質問を変える。


「コハナは俺を愛してる?」

「くふ★」


 そこは答えないわけね。


「俺と家族になりたい、と?」

「それくらいの気持ちがなきゃ、コハナは勇者さまとしてないですよ? 私って、そうとう重いタイプなので!」


 知ってる!


「あなたの人生を狂わせたいし、あなたの人生を正したい」


 矛盾してる。


「あなたの家族になりたいし、あなたの子供も欲しいけど――……あなたのために不幸になるのはね? もう――……死んでもごめんなんです」


 瞳が揺れる。近くに感じた。コハナが隠し続ける本心のような熱を。


「大好きですよ。愛しています。何度も死ぬほど、狂おしいくらいに。お気づきにならなかったんですか?」


 俺の頭を抱いて、己の柔らかい胸に引き寄せながら彼女は囁いた。


「ハルブで見た時……ううん、あなたの元いた世界から……コハナはあなたを思っていましたよ」

「え――……」


 顔を上げるけれど、コハナの唇で塞がれた。

 とびきり熱い口づけに流されて、問い掛けることはできなかった。

 あなたの元いた世界からっていう言葉が、いったいどういう意味なのか。

 ただコハナを見ていると胸が締め付けられるような思いでいっぱいになる。

 懐かしさを感じずにはいられない。

 その正体を確かめる日がこようがくるまいが、結局は俺もコハナを愛さずにはいられないんだと思ったから、朝になって目が覚めたとき、隣で眠るコハナを抱きこそすれ、起こすことはなかったのだ。




 つづく。

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