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第五十八話

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 スフレからの要望が届きました。魔界の魔法機械技術の提供を求む。

 ルーミリアからの要望が届きました。魔界の造船技術の提供を求む。

 魔界からの要望が届きました。ブルーカラーの労働者と涸れた大地の再生方法を求む。

 ……だってさ。どうすんの、これ。みんな無茶いってきてないか?


「お金出してくれ、共和国での産業も考えて提案しろ……といえば、まあこうなるな」


 執務室で羊皮紙の記述を睨む俺にクロリアが肩を竦めた。

 二人で悩んでいるが名案が出ずに悩んでいるのだ。

 ここにはクラリスはいない。出産予定日がゆるやかに近づいてきていて、クルルと二人で魔界から派遣された医師の診察を受けているのだ。そろそろ動き回ったりできなくなってきた。

 魔界から運び込んだ重機は魔力で動く。

 けどクルルかクロリアないしコハナがいないと途端にただの鉄くずに早変わり。

 魔界の機械も考えようだなあ。動力で手間取るかあ。やっぱりエネルギーって必要だよな。

 とはいえ領主の館や仮設住宅の周囲から港にかけて開発は進んでいるので、一区切りといえなくもない。

 お祭り会場が手つかずなんですけどね。


「ふむ……」


 ノックして入ってきたコハナがお茶のおかわりを入れてくれる。


「おなやみのようですね」

「んー……まあ」


 曖昧に返事をしてお茶を口に運んでふと気づく。

 緑色に透き通った液体から香る渋みに目元を細める。


「あれ、茶葉かえた?」

「その流れでコハナのお尻を触るんですね? はい、どうぞ」


 お尻を向けられる。

 メイド服に包まれたその内側には最近ドロワーズを履いているせいで、前ほど色気が露骨じゃなくて、それはそれで……って、ちがうちがう。そうじゃないだろ。


「触りません」

「いけずぅ」

「ほっぺたをつねるな」


 楽しそうに笑って俺の手元を覗き込んでくるコハナを見上げた。


「コハナ、何か名案ないか?」

「そうですねえ」


 煮詰まっていそうですしぃ、と顎に人差し指を当てて考える仕草かわいい。


「北の山に少し手強い猪が出ているそうです」

「え?」

「ルカルー様とナコ様が退治に出かけて洞窟に入り、そこできらきらと輝く宝石の埋まった岩を見つけたそうで」

「え、え? どういうこと?」

「宝石をとってきて、指輪でもお作りになってきては?」

「……コハナさん、国の悩みと何か関係が?」

「煮詰まってるんなら気分転換を。そもそも、いつまで式を先延ばしにする気ですか。お祭りの会場の手配は天界から知り合いを呼んで、クロリア様と進めておきます。国の問題はルカルー様も引き込んでコハナがなんとかしておきます。でも式と指輪はあなたが解決しないと」


 腕をぐっと握られて引きはがされる。

 かと思ったら背中を押されて追い出されてしまう。


「ちょ、あ、あの! 今それどころでは――……」

「あるんです! 出産に際して不安は極力排除すべし、夫の勤めですよ? ほらほら、いってきてください!」


 ぺいっとほうり投げられてふり返った時には扉が閉められてしまった。

 ううん。どうしよう。扉を開けようとしたけれどノブをコハナが掴んでいるのか開けられそうにない。


「だめですー。最後の鍵をもってきたって開けませんー」


 しょうがねえなあ。

 部屋を離れてふらふらと歩く。

 小屋の外に出て、建設途中の領主の館をチラ見して……ついでに小さな木製の診療所に顔を出した。

 クルルとクラリスと話せば気分転換になるだろ、くらいのつもりだったんだが。


「はあ……このままだと子供の方が先に生まれちゃいますね」

「式はさすがに生んでから、元の体型に戻してからにしたいですが……指輪もないと不安です」

「ねー。タカユキそのへんいっつもはぐらかすもん。言いたくないけどさ? 私たちの指輪、忘れてない?」


 部屋から聞こえた二人の愚痴に足が止まるよね。

 ペロリに渡しておいてふたりにないってのは、やっぱ問題あるよなあ……。


「お二人とも、ご心労があるなら早めに解決したほうがいいですよ。クラリス様は来月頭、クルル様は末には出産予定なんですから」


 魔界からきた赤黒い鬼神美人のお医者さんの言葉に二人が揃ってため息を吐いた。


「いっそ自分で用意するしか、と思ってるんだけどなあ」

「せめてホムンクルスの再生だけ試させてもらえませんか?」

「お二人はそれで無理をしそうなので許可できません」

「「 ……むう 」」


 唸る二人の声に混じるべきかどうするべきか悩んで、俺はそっとその場を離れたのだった。

 問題が解決しても、連鎖的にすべてがどうにかなるわけでなし。

 ひとつひとつ、こつこつと。


 ◆


 行き先の当てもなくふらふらと歩いていたら、できかけの街の中心地に作られた広場でペロリとルカルーとナコにばったり会った。

 三人は狩りの道具を手入れしているところだった。


「ん? 勇者か。どうした、こんな時間に珍しい」

「ああ、その……」


 ルカルーの呼びかけに苦笑いを浮かべる。


「コハナに追い出されたんじゃない? 最近会議が進まないってクロリアがぼやいてたし」


 ナコの指摘が鋭すぎてつらい。


「ルカルー、会議室でコハナが呼んでる」

「わかった。ペロリ、後を頼む」

「はーい!」


 立ち上がって去って行くルカルーを見送ってから、俺は首裏に手を置いた。


「な、なあ……ナコ、宝石を見つけたって聞いたんだが」

「……なるほど。それを手に入れて指輪でも作ってこいって言われて追い出されたの?」


 やっぱ指輪、問題あったわ。

 わかりやすい振りとはいえ、容赦のない質問に痛感するな。


「お前の察しの良さはなんなの。俺の心の声を精霊が代弁してたりするの?」

「ちがうちがう。それくらいアンタが放置してて、自分たちが問題視してただけの話」


 弓の弦を張り直したナコが立ち上がる。


「いいよ、取りに行こう。でも台座はどうすんの?」

「台座って?」


 これだ、と肩を竦めるナコの横で剣の手入れをしていたペロリが立ち上がった。

 駆け寄ってきて、俺がプレゼントした指輪を見せてくれた。


「輪っかと宝石を受け止めるところの部品だよ。宝石だけじゃ指輪にならないでしょ?」

「あー……」


 魔界か地上世界に戻らないと手に入らないのでは。

 さすがに素材も加工技術もまだこの世界には入ってきてないわけで。


「じゃあぶらり指輪を手に入れる旅にでも出る?」

「あ、それいい! ペロリも行く!」


 ナコの提案にはしゃいで飛び回るペロリ。


「いや、でもなあ……」

「出産までまだ時間の猶予はあるだろ?」

「山ほどあるってわけじゃあないが、今日明日って話でもねえな」


 だとしたら俺が情けないほど先生もなんか一言いうだろ。さすがに。


「なら行こう。慣れない仕事をして、アンタ……相当まいってそうだから」

「そんなことねえけど」


 ナコに言い返す俺の眉間をペロリがきゅっと摘まんだ。


「お兄ちゃん、最近会うといっつも皺よってるよ?」

「え、まじ?」

「まじまじ」


 ペロリに真顔で頷かれるとなあ、弱い。


「じゃあいこうか。馬の手配してくるからさ」


 ナコを止めることもできなかった。

 流されてはいるが、そのせいで遠回しにしてきたことがずっと問題として残ったままで。

 俺たちにとって最優先なのは、国の問題。

 第二にみんなの幸せ、と思っていたから……指輪は放置気味。式についても考えてこなかったけれど、コハナが介入して追い出しに掛かるくらい、実は大事な問題で。

 みんながこうして気を遣ってくれていて、クルルとクラリスが悩んでいるわけで。

 そんなことを考えていると、なるほど確かに眉間に皺が寄る。

 いかんなあ、いかん。しょうがねえな。

 俺がしょうがねえ。

 切り替えて一つ一つきちんとやっていかねば。


「なあ、ペロリ。台座はどういうのがいいと思う?」

「んふふー。お兄ちゃんが悩んだらいつでも力になれるように、実はペロリ二人に理想の指輪がどんなのかこそっと聞いておいたんだよ?」


 で、できる! こやつ、できるぞ!


「惚れ直した?」

「ははーっ! 惚れ直してございまするー!」


 どやるちびっこ聖女さまに、俺は深々と頭を下げたのでした。




 つづく。

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