第五十五話
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クロリアとクラリスを前に、仮設小屋の会議室で俺は腕を組んで唸っていた。
「タカユキさま。合戦の参加費用はどうなさいますか?」
「そもそも費用を設定して徴収するべきなのか?」
二人の訴えに困っていたのだ。
そこは人間の住む世界と魔界の狭間にある新しい世界。
未踏の大地が広がるそこは人間達と魔物達によって急速に開拓が進められていた。
まずは王都や帝都のような首都を作る……前に、仮に寝泊まりするための小屋を作ったり、そばにある湖から水路を築いたり、まさに住むための準備を行っているところだ。
これにはルカルーやペロリをはじめ、クルルだけでなくナコさえもが陣頭指揮をとって動いている最中。
で、俺たちはというと。
「お祭りは行うべきです」
「住む体裁を整えてひと息ついたタイミングで実施するべきだ。だがその金はどうする」
「ううん」
人間世界代表のクラリス、魔界代表のクロリアと三人で国の方針などを話し合っているのだが。
「参加費を基本……ただにしたら、どうなる?」
「新たな世界に来るだけの挑戦意欲のある参加者のみならず、人間世界や魔界に留まっている人々の関心は有料よりも集めやすくはなります。代わりに収益が見込めませんので、ただでさえ資金力の乏しい共和国の財政状況は祭りの実施費用の負担により苦しくなるばかりです」
「だよなあ」
ううん。
とことん、お金がない!
「クロリア、参加費を徴収したらどうなるかな」
「お前にもわかりやすく言うのなら、やりくりが楽になる。そもそも祭りの全貌が見えていない連中を相手にやることだ。こちらが負担を背負うほど、連中の参加するための敷居が低くなるのは皇女の言った通り。逆に言えば、徴収すれば参加者の数は余り伸びないだろう」
「買い切りゲームか基本無料ソシャゲか……うっ」
頭痛がするついでに尋ねてみる。
「え、ええと。もし仮に基本的な参加費用を無料として、より楽しむためにはお金を払ってね、みたいな制度を入れたらどうなるかな」
俺の提案に二人は顔を見合わせた。
「そもそも陣取り合戦を基軸にするんだろう? より楽しむために金を払う、その見返りはなんだ。楽しむって曖昧過ぎるぞ」
「そ、それは……大砲が手に入るとか?」
苦し紛れの俺の提案にクラリスは渋い顔をした。
「お祭りの主軸であり、今後の共和国の中心となる産業にする予定ですよね? けれど、参加者にとって未だに全貌が見えていない……しかも、人間と魔物の和平の象徴にしたい、というご希望だったのでは?」
「……うん、そうなんだけども」
「それなのに、資金力を元手に参加者間に差別化を図る、と? それはたとえば屋台をたくさん出して、それで徴収するんじゃだめなわけか?」
「…………ううん」
だめかな、と二人を見たんだが。
「勇者が元いた世界とやらには親近感を覚えるけれど、ならば指摘しておかなければな。お前の想定している遊戯と我らの方策は、参加するための最初のハードルに差がありすぎる。現実として今やるべき祭りについてのみ、しっかり考えるべきだ」
「ううむ」
こういう考え事が得意だったらいいんだが、俺は二人の疑問に方針を打ち出せずにいた。
ばかなのかな。女神がざっくりなら、女神に召喚された俺もざっくりか。
でもざっくりで許して、とはいえないよなあ。特に一人は嫁なわけだし。
「陣取り合戦の内容も詳細を詰めるべきだが、そもそもそれを宣伝するために祭りの枠組みについてもっと早く決める必要がある」
「そうですね。本心を言えば」
二人が顔を見合わせて議論を始めた。
「参加費用を徴収した方が運営が楽になるのは明白です。ただ別の手段がないわけではありません」
「魔界で開発に声を上げている企業や人間世界の商人たちの出店から徴収する、か?」
「ええ。他にも、人間世界と魔界からそれぞれの世界に商売の手を広げたいと考える方々を相手に、その技術や商品を提供してもらうんです。彼らは資材をわたくしたちに提供する代わりに宣伝できるし、わたくしたちは資材を安く手にすることができますもの」
「まあそいつは予想済みだったから、姉上たちには話を通してある。クラリスも同じだろう?」
「ええ。もちろんですわ」
ぐう有能。俺いなくてもいいんじゃないかな、と思うんだけど……二人が黙っている俺を横目に見てくるのだ。
「ただ……細かな決め事はどうするべきか悩ましい点が多いんです。タカユキさまの狙いをどんどん具体化していくべきだと思うので……いかがでしょうか?」
「陣取り合戦に参加した連中にどんな喜びを提供する予定だ。参加者はそれに参加してどう幸せになれる」
そこを決めないことには参加費用も決められない、というのだろう。
腕を組む。まんま伝えてまんま実行できるかどうかもわからない。
そもそもそれらの意図を掴んで、要不要を判断しなければならない、んだろうなあ……。
企画会議してるなあ、俺たち。
「ええと。祭りの陣取り合戦なんだが」
立ち上がり、クロリアが魔界から持ってきてくれたボードにチョークを走らせる。
三つの丸を並べて書いて、右の丸には白、左の丸には赤と書いた。
「紅白に組を分けて互いの陣に向かい、大将首を取るか相手の陣の旗を取った方の勝ちとする。遊戯は単純な方がわかりやすいだろ?」
「女神への要求を判断するに、攻撃されたら脱衣するだけで傷つかない世界だ。となると相手への物理あるいは魔法攻撃を認める……で、いいんだよな?」
「ああ。ただし脱衣してしまった者は自分の陣地へ戻り、衣服を身につけて復活するか……あるいは復活をなしにして退場とする」
これについては大会によって規定を変えればいいと思うんだが、と言った時だった。
「最初は復活ありの方がいいかと思われます」
「いや、最初の合戦こそ復活なしの方がいいだろ」
クラリスとクロリアの意見が真っ向から対立した。嘘やん。
「……最初は何度でも参加できて、たっぷり楽しんだ方がいいのでは? がっかりする切っ掛けがあるのはよくないと思うのですが」
「わかってないな、これだから皇女ってのは」
「むっ」
あ。クラリスがむっとした。
「いいか? 勇者の言葉を借りるなら、最初は単純な方がいいんだ。どう楽しめばいいのか、実感してきた頃になって復活ありにした方が盛り上がるだろ」
「そうでしょうか。わけもわからずやられてしまったら、次また頑張ろうなんて思えないのでは」
「そのために工夫したりするんだろうが」
「むうう」
クロリアの方が具体的な想像ができているのだろう。これに関しては俺もクロリアに賛成なんだけど。
「……じゃあどう工夫するんです?」
「それは……決まり事を増やす、とか?」
「単純じゃなくなっていますよね」
「むっ」
嫌な空気になってきたなあ。やれやれ。
「クラリスの言うことはもっともだし、クロリアの工夫するべきっていう案はいただきだ。俺が考えているのは、」
言いながら納得する。話し合い、考えを提示していくと元ネタの意図も見えてくるな。
「お互いの陣地と間にある中間地点、経路に仕掛けを施すんだ。たとえば一筋縄では通れない綱渡りの道とか、とりもちのついた坂を駆け上がらなきゃいけないとか、そういうの」
「……それは大がかりになるのでは?」
「それにその日は仕掛けを変えられないあたり、退屈しないか?」
あれえ!?
二人のツッコミに唸る。
い、いや、それはその通りなんだけど。
「一日で飽きはしないだろ? 大がかりにはなるけど、そのぶん規模次第で……なんていうか。一戦目はちょっとしか行けなかったけど、最後の段階では敵陣地までいけた、みたいな喜びに繋がらないか?」
「そうはいうが、その費用はどうする。大会の規模に見合う予算はどのくらいだ? そもそも参加人数はどのくらいになると想定している?」
「何回戦もやるのですか?」
う、ううん。
「現状、この新天地に来ている人数は右肩上がりとはいえ上昇の波は少し落ち着いてきたし、そもそもの規模もまだ正直多いとはいえない。魔界からは一部の富裕層と企業の派遣社員ばかりが来ている」
「スフレとルーミリアからの移民も決して多いとはいえません。農民や職に困った者を優先的に案内しているので、魔界の方々の移民増加数から比べるとまだまだです」
「情報を合わせると……まだ住民は一万には到底届かないんだよ、勇者。集まった連中にしたって、今回のお前の施策にどれだけ参加するのか不透明だ。いっそ全員に参加を強制して税を徴収するか?」
「それは――」
クラリスが何かを言いたげに俺を見つめてきた。気が進まないのだろう。とはいえ、クロリアの案を潰すだけの理由もないんだよなあ……。
そうだなあ……。
「人間世界と魔界に宣伝するための祭りにしたい。人を集めるための施策でもあるんだ」
俺の言葉に「ふむ」とクロリアが俯く。
「参加者は希望で集めたい。その方が盛り上がりやすいと思うからな。強制では、そもそも楽しむという気持ちに手が掛からない気がするから、それは避けたい……そうなれば、参加費にしたって安いか無料が適切だと思うんだ」
クラリスがどこかほっとした顔をしてくれたのが嬉しい。
「となると、合戦の規模はそこまで大きくならないかもしれない。だから合戦にとっての目玉を考えたりして、訴求力のある行事にしたいし、一回で終わりにはしたくないんだよな。午前の部、午後の部くらいはやりたいと思っている」
「あっさり決着がつくような規模にはしたくない、か……なら、それはそれでいいと思う。参加費用をおさえたいなら、必然的に仕掛けの規模も決まってくるしな。それでいいのかって議論はまたすることにして、根本的な疑問がある」
クロリアが立ち上がって、俺の手からチョークを取り、白と赤に文字を付け足した。
「そもそも、どう分ける? 人間対魔物にするのか? 白と赤ってのは、どう分けるんだ」
「ああ……そうか。和平のための行事なのに、種族の勢力で分けるべきか否か、ですね?」
「そういうことだ。訴求力のある行事にするなら、人間と魔物でそれぞれ有名な強い誰かを入れるってのが一番最初に思いつくやり方なんだが、それをどう配置する? 絶対に揉めるぞ」
二人の少女の言葉に頭を抱えそうです。
問題は山積みだし、それをどう乗り越えるのか……ただ元ネタまんまじゃ到底先へは進めそうにない。
「だいたい共和国に集まってる連中にしても、まだまだ仲がいいとは言えないぞ。仮設食堂にしても人間と魔物で二つに分かれてる」
「そうですわね……そちらの問題も解決しなければならない議題でした」
憂鬱そうな二人にかけるべき言葉も思いつかないまま時間ばかりが過ぎていく。
扉を叩いて入ってきたコハナのいれてくれたお茶でひと息つく。
「魔物のとりまとめをクロリアが、人々のとりまとめをクラリスがやってくれているよな」
「ああ」「はい」
「でも……共和国らしさ、みたいなものは見えないし、できていないのが実情で」
椅子に身体を預けるが、身体の重いこと重いこと。
「まだ一ヵ月も過ぎてないし。街を作る過程で問題も起きてそうだ」
「人と魔物で住居区を分けたいという者がいるぞ」「ああ……それはこちらにも」
クロリアの言葉にクラリスが頷いて、すぐ。
「「「 はあ 」」」
三人揃ってため息を吐かずにはいられなかった。
「式も挙げずにきちまったし、課題は山積みだな」
皺を指でほぐしてから立ち上がる。
「ちょっと見回りいってくるよ」
「じゃあついていく」「わたくしも」
いそいそと用意を始める二人を横目に小屋の外へ出た。
広がる大地にクルルたちがいて、汗水を流す人々と魔物たちが見える。
魔物たちが運び込んだ鉄製の重機に驚く人々がいて、田畑を耕す人々に指導されている魔物たちもいる。
けれどどこかぎこちないし、そこにはまだ笑顔もない。
まだ探り合いの段階なんだよなあ。大きく揉めているわけではないけれど、日に日に不満が出てきたってところかな。だから住居を分けたいという奴も出てきたんだろう。
さて、どうしたもんかな。
つづく。




