第四十七話
47------>>
魔界の穴へとみんなで手をつないで一斉に飛び降りて、ふっと気づくとそこは魔界だった。
魔界の発展ぶりにみんなが驚く中、コハナだけは退屈そうにしている。
「お前がはしゃがないの意外だな、コハナ」
「文化水準が高いと遊びに対して理性的な人が増えちゃうんですよねえ。素直なおばかさんが少ないので退屈な世界ですよ」
肩を竦めているコハナには彼女なりの理屈があるのだろう。
そっとしておこう。
車や電車を乗り継いでカブルキチョーへと向かう。
昼下がりの歓楽街だが人通りは少なくない。
さて、ここからどうしたものかと悩む俺たちを連れてクロリアが案内してくれたのは、大通りから細い道を入ってしばらく歩いた先にある区画奥にそびえた白くてきらびやかなビルの前だった。前に立つ男達二人は背中に生えた翼はさておいてもスーツ姿で、威圧的である。
「たぶんあそこだ。男しか入れないぞ」
「じゃあタカユキに行ってきてもらおうよ。私たちはどこかで待機して、出てきたところを助ける感じでさ」
「えっ」
クルルがしれっと俺に単騎で突撃せよというので慌てる。
「いや、みんなでいかないか?」
「んー前回の魔界突撃を踏まえると、こちらの警備は私たちの世界より発展してるかも。出来る限り騒ぎは少なくした方がいいかな」
「……う、む」
正論でした。ぐうの音も出ないやつでした。
「ま、まあまあ。勇者さまも素敵なお店の体験ができると思えば」
「そ、そうだよお兄ちゃん。なにかあったら壁壊すとかして知らせてくれればすぐに助けに行くし」
クラリスとペロリのフォローに思い直そうとするも。
「そもそもあそこの中ではしゃげるほどのお金はあるの?」
ナコの冷静なツッコミで我に返らざるを得ない。
「それなら大丈夫。秘密カードがある」
す、とポケットから出した真っ黒いカードを出してクロリアに手渡された。
「何か書いてって言われたら、アクロリって書け。カードの裏のサイン真似ればいいからな」
「はあ……」
カードの裏を見てみると、上手とはいえないかくかくの文字が記されている。
「それくらいカクカクな文字ならばれないだろ?」
どやってるクロリアに「クロすごい」とペロリが目をキラキラさせていた。
ふと思ったのだが。
「これで入れるってことは、すごい金がここにはいってる?」
「まあそうだな。勇者を倒す魔王のポケットマネーだからな、なかなかすごい額が入ってるぞ」
「これを地上に持ってったら、うちの財政難は解消されるのでは?」
「お前は馬鹿か? 魔界のお金を持って帰っても向こうじゃ使えないぞ?」
デスヨネ!
「まあ……お金を金貨に替えて持って帰れば別だけど」
クロリアの言葉に思わずクルルとクラリスを見た。
いけるんじゃね? という俺の顔に、嫁二人は渋い顔である。
「それはちょっと……どうかと思うよ、タカユキ」
「そうですわ。クロリアのポケットマネーを奪うなど」
二人ともどんどん俺よりシビアになっていく。
「もらえるものはもらうべきだけどね」
「あくまでクロリアが地上で生活するためにお金をすべて持っていく、その養育費を預かるという体裁でいきましょう」
二人ともどんどん俺よりシビアになっていく!
「カードかあ。あと……あ、そっか。じゃあクロリアと私は銀行いってくるよ」
何かを思いついたクルルがはっとして、それから微笑む。
「じゃあ三つに分かれて行こう。ペロリと私とクロリアで銀行」
「ではわたくしはナコとコハナとこちらで待機ですわね」
「……つまりやっぱし俺は一人でこの建物に入るしかない、と」
仕方ないか。
「行くぞ」
みながそれぞれに声をあげる。
深呼吸をしてから、俺は黒服にじろじろ見つめられながら建物の中へと入ったのだった。
◆
「失礼ですが……お客さま、当店は初めてでいらっしゃいますか?」
通された個室で妙にいい匂いのする手ぬぐいとウェルカムドリンクをいただいた俺に、角の生えた人型悪魔が営業用の笑顔で俺を見つめていた。
「えっと……はい」
「グレードがいくつかございまして。大変申し訳ないのですがどたなかのご紹介でない限り、一番下のランクでしかご案内ができませんが……何か紹介状などはお持ちではないですか?」
あくまで自分たち店側を下と心がけている気遣いのある声音で言われるも、語られた内容はそこはかとない敷居の高さを感じさせるな。
そっとクロリアから渡されたカードを見せた。
恭しく受け取った魔物がその場に跪く。
「最上位のブラックカード……かしこまりました。では」
魔物がぱちんと指を鳴らすと、壁が左右に割れていく。
そして巨大なディスプレイが姿を現した。
そこには地上からさらわれたとおぼしき少女たちが下着姿ではずかしそうに腰掛けている個室の映像がうつしだされていた。
その中を急いで探す。ルカルーは……いない。
「これで全員か?」
「……と、申しますと?」
魔物はあくまで営業向けの顔を崩さない。
だがクロリアははっきりと、この建物を示したのだ。いるはずなのだ。
「噂では、地上で暮らしていたなら王族であったであろう、高貴な少女がいると聞いたぞ」
「……お耳が早い。かしこまりました」
ぱんぱん、と魔物が手を叩くとその音に反応しているのか、それとも誰かがこの部屋の映像を見ているのか、ディスプレイの映像が切り替わった。
後ろ手に手を縛られ、足を椅子に縛り付けられたルカルーが映し出される。まるで誰かと結婚するかのような白い豪奢なドレス姿なのだが、彼女の顔は恥辱と愉悦に歪み、真っ赤になっていた。
「あれは……何かしているのか?」
「実は」
魔物がどこかへと視線を向けると、映像に小さな変化が起きた。
アングルが変わったのだ。ルカルーの腰掛ける椅子を後ろ、そして下から映し出すように。
「かなり以前に流行ったんですが、当店ではちょっとした事前準備を施しておりまして」
画面いっぱいにえらく荒めのモザイクがかかっていてなにが起きているかさっぱりわからない件。
「音声もご確認いただけますが、いかがいたしますか?」
むう……。
「聞こうじゃないか!」
「お客さまもお好きですね」
魔物が微笑むと、個室に設置された箱から微かに、そして徐々に大きくなっていくようにして音が聞こえてきた。
「あはははははは! あ、あ、足裏をくすぐるな――……あははははははは!」
理性が崩壊していそうなルカルーの爆笑が聞こえる。
これでその気になるって、それはもうひとつの癖だよ?
なにそれ。でもちょっと興奮する!
「彼女にする」
そう言った瞬間に音声が消えた。こちらを焦らしているつもりなのか。
やるじゃないか!
くすぐるの結構たのしいよね! って、ばかか! ばかだな1
「左様でございますか。では注意事項と契約書を書いていただきます」
「……ん?」
契約ってなに。
きょとんとする俺に魔物は恭しくテーブルに用紙を出した。
「こちらのカードであればお支払いは何ら問題はないかと思いますので、そちらの説明は用紙にある料金表をご覧頂くという体裁で省かせていただきます」
手で指し示された料金表の桁がやばい。
俺の年収の十倍くらいはあるぞ。
なのに楽勝だとお店に太鼓判を推されるクロリアのポケットマネーしゅごい。
「お選びいただいた嬢ですが、条件がございます。まずその一、プレイはすべて生本番のみとさせていただきます。嬢には特殊な術をかけておりますので下腹部に紋章が刻まれるまでプレイをしていただきます」
「ち、ちなみに……そいつは、なんで刻まれるんだ?」
「そうですな。お客さまが嬢を落とした証でございますよ。存分にプレイしていただけますので、どうぞたっぷりお楽しみください」
すげえ店だな。まあ魔王がわざと捕まえた女の子たちを働かせているなら、妙な条件つけてきたとしても不思議はない……のか?
「証が出れば無制限に何時間でもプレイしていただいて結構です」
すげえお店ですね。
攫われた仲間が相手で、ここが魔界でなくて、そもそも独り身だったらやばかったかもしれん。もっとも、このグレードで遊べる日はこなかっただろうけどな!
「他になにか条件は?」
「嬢が嫌がる行為ですね。プレイに支障がございますのでご遠慮ください」
やだちょっとそれっぽい。
「嬢には熟練嬢の指導を施しておりますので、ある程度は嬢に委ねていただければ幸いです。その方が嬢も安心してプレイに集中できるかと思いますので」
「はあ」
ガチ感よ。
「最後になりますが、申し訳ございません。お客さまがお選びいただいた嬢はなにぶんはじめてでございますゆえ、なにとぞご配慮もお願いいたします。本来であれば常連客でなければご案内しないところなのですが、お客さまのカードを見込んでのことです」
「……なるほど」
ルカルー、いろいろばれとるやん。
先輩嬢の指導風景がめっちゃ気になるけれども。
なに先輩嬢って。
実は魔界に落ちた人間がこれまでにもいたってこと?
それとも誘拐事件は前から起きていた? わかんねえけど。
「それではご案内いたします。こちらへどうぞ」
立ち上がる魔物の後についていき、自動昇降装置に乗る。
魔物が最上階を押してお辞儀をして見送ってくれた。
もし俺が人間界から来た勇者だって言ったらこうはいかなかったんだろう。
いや、案外プロフェッショナルに徹していたかもしれない。どうでもいいな。
どきどきしながら待っていたら、やがて扉が開いた。
ビルのフロアをすべてぶち抜いて作られた、最上級の部屋がそこにはあった。
クイーンズベッド、お湯の張られた大理石の風呂にマット。
そして……手足に拘束の痕がある、ネグリジェ姿で跪いているルカルー。
彼女が恐る恐る顔をあげた。
「ふう……ふうっ」
ちょっとびくびくしてる。くすぐられていたのは足裏か。
足裏弱いんだなあ。挨拶する場面なのだろう。彼女は涙目の赤面顔で顔をあげた。
目が合う。
「よ、よう」
「――っ」
飛びつかれた。抱き締められる。
それだけじゃない。首筋を噛まれた。
「る、ルカルー?」
喋ることが最後までできなかった。
足が、俺の腹に当てられた。いやな予感が!
「ああああああ!」
「ああああああああああ!?」
がりがりがりがり、と爪を立てた状態で擦り付けられる。
は、腹が削られる! 死んじゃう!
「つるつるのものばかりでたまらなかったんだ! よくきた!」
「もっと前にいろいろ言ってもらいたいことが――……あっ!? 待って! 裂けちゃう!」
お腹が裂けてひどいことになっちゃう!
いやたぶんそのまえに教会に飛ばされるんだろうけれども!
「ふううううっ! ふうううう! ふうう……」
荒めの鼻呼吸を終えたルカルーがやっと離れた。
お腹は幸い無事に済んだが、服がぐしゃぐしゃである。
「手で掻けばいいだろうに……」
涙目になる俺に、鼻息をふんと出してから、ルカルーは俺から離れて両手を見せた。
爪を出す。けれど、
「わお。驚きの丸さ!」
「研修とやらで、爪を綺麗にされてしまった。足さえもだ。無事ならお前の腹は酷いことになっていただろう」
なにそれ! ちょうこわい!
「っておい! 研修って、そういう?」
「妙なことを想像しているなら否定するぞ? 術はかけられたが、口輪だのなんだの、全力で抵抗してやった。で」
「足裏くすぐりになったと」
「いい迷惑だ」
お前を一時的にでも拘束できた時点で、敵の白星なのかもしれないな。
「じゃあ――……」
「当然、無事に決まってる。ルカルーは」
尻尾をひゅんと振ってから、爪を噛んで先端を尖らせて微笑む。
「誇り高い狼だ。なにをされても屈したりしないさ」
頼りになる仲間と再会できた。
反撃するなら、ここからだ。なのだが。
「ところでルカルーさん、なぜに俺の手を取るので?」
きゅっと握られて、くいくいっと引っ張られてお風呂に誘導されていく。
「ん? 簡単だ。ここは店でルカルーは囚われていたけれど、助けられた。気にはなるけど。これを逃すと、そうそう機会もないだろうし」
「――……マジ?」
「それなりにいい気分なんだ。術を解くには、したほうがいいそうだしな?」
ほら、先に脱げよと言われることまでは想像してなかったんですけど!
「むしろ絶好のタイミングだ。利用させてもらう。時間はあるんだろ?」
「ま、まあ……」
「じゃ、そういうことだ」
にこっとするこいつは、たまにちょっと図太すぎやしませんか?
つづく。




