第四十六話
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クロリアが説明するところによれば、スフレで起きていた誘拐事件はすべて魔王の策略によるものらしい。
「どういうことだ?」
食卓に並ぶ料理を一通り片付けた俺は手ぬぐいで口元を拭ってから尋ねた。
「タカユキってなんだかんだいっていつもご飯食べきるよね」
「残さないわりにお腹でないのは勇者の運動量が凄いからなのでしょうか」
元気を取り戻したクラリスがクルルの振りに真面目に答えている。
だが聞こえないぞー。聞こえないからなー。
ちなみにきちんと運動してるからですよー。
摂取した量より消費する量が多けりゃいいわけで。しっかり食べて、しっかり動くだけですよー。一度代謝が落ちると、動かなきゃいけない量が増えて大変なので、習慣づけてるだけですよー。
ぽよればぽよるほど、痩せている人が思うよりもずっと痩せるのが大変になるとコハナにあれこれ注意されたせいもあるんですけどね。
「次の魔王は姉上だ。姉上は魔界からこちらの人間界にくるとほとんどすべての魔物が弱体化してしまうことを憂いていてな」
「――……覚えています。あちらの魔物と交配させ、その卵や子を踏み台に女神の力を乗り越える術を探ろうとしていました」
待って。ちょっと待って。
「あ、タカユキが混乱してる」
「お兄ちゃんだけじゃなくてペロリもナコお姉ちゃんも混乱中だよ」
「わかりやすくいってくれないか……」
にこにこ笑顔でみんなのカップに紅茶を注いで回りながらコハナが口を開いた。
「孕ませて生まれる前に腹をかっさばいて取り出した中身を研究材料にするか、赤ちゃん生ませて強くして戦力にしようって寸法ですよ」
「……え、えげつない」
クルルがじーって真顔で俺を見てくるけどな。
そんな目でみんな! ちゃんと今聞いた話の意味くらいわかってるから!
「さらわれた人たちは無事なのか? クラリスたちは助けられなかったのか?」
「わたくしたちが辿り着いた時には連れ出されていて……あっという間に魔王に操られたクロリアに負けてしまいました」
「……すまん」
しゅんと項垂れるクロリアにクラリスが慌てて首を振る。
「いえいえ! いいのです。わたくしもうまくできませんでしたし……」
ずーんと落ち込むクラリスを今度はクルルがなだめる。
まあまあ、と声を掛けるのを横目に、俺はクロリアに尋ねた。
「ルカルーはどこにいるかわかるか? あいつは無事なのか?」
「……魔界の穴がこのルーミリア帝国にあるのには意味がある」
クロリアの重々しい発言に生唾を飲み込む俺です。
「ルーミリアの王族は特別強く丈夫な子を生むのです。ルーミリアに残された茨姫の伝承も、それ即ち人間界を狙うかつての魔王が今の魔王と同じ事をしようとして攫ったことから生まれたものですから」
さすがコハナ。伝承クラスの話の真実をご存じか。ペロリは地味にショックを受けているが、ナコは涼しい顔で頷いている。「そんなことだろうと思った」とな。
「だが魔王は女だったぞ」
「なにいってるんですか、勇者さま。あちらには屈強な男達が山ほどいるじゃないですか……あ、想像するとちょっとどきどきしちゃいますね。薄い本が捗りそうです」
コハナ、お前な!
「ですが、それを現実でやられたら吐き気がするような罪になりましょう」
って、そこまで言ってくれるのな。
「さらわれた人をみんなまとめて救うためにはきっと、魔界のカブルキチョーに行かなきゃいけない」
クロリアの言葉にクルルと顔を見合わせた。
なんでだろう。
一瞬でもあの世界の存在として洗脳された身の俺たちの頭に思い浮かぶ単語がある。
「まさかの」「歓楽街」
ちょっと嫌な予感するなあ。大丈夫かなあ。白いスーツの超強いお兄さんとか出てこないかなあ……。
「そ、そこでどういう風に捕まっている?」
「……泡洗体させられてるんだったかな?」
「嫌な予感しかしない」
あと、やり方がドストレート!
「お風呂屋さんだったかな?」
「く、クロリア?」
「水着で男の人の身体を洗うって聞いたぞ」
「よ、よそう。それ以上はいけない気がする!」
お金をかけないどころか、稼いで自然にって流れ。
あの魔王、マジで悪辣だし、これまでの敵とはわけがちがうか。
「お薬のまされてその気にさせられちゃって。ぴんとくる男を自分から求めちゃうようにする、と姉上はいっていた」
「いろいろとやり方がえげつないのはなんでなんだ!」
「故に姉上は私よりも適任であるが、しかしやりすぎることをきらったみなに私は選ばれた」
魔王にも政治が関わってるってわけか。
「私が敗れ、姉上が選ばれて、こうなった。魔界の事情を背負ってきたが、これもまあ……私の不測ゆえの結末だな。助けるなら現状把握は必要だが、申し訳ない……」
「や……お前との決着はついたし、魔界には魔界の生活ってもんがあるだろ? いまの魔王のやり方じゃ先はないってところが問題だ」
過激な手に出る奴は、自分で思っているよりも後先考えてないからな。
「もうちょい、まともな改革ができりゃあいいが……ちょいと思いつかねえ」
それがどうにも歯がゆくて仕方ない。
いらいらしている俺を横目に、コハナがにこにこ笑顔でクロリアに耳打ちをした。
「大事な仲間というだけでなく、女性として意識し始めているルカルーさまがそんな目にあうと意識しちゃうと勇者さまは落ち着かないようですが。クロリアさまのことも、本気で気を配っておりますゆえ、どうかご安心を」
「コハナ、めっちゃ聞こえる。めっちゃ聞こえてる」
クルルとクラリスが目を合わせた。ナコは退屈そうにツッコミをそっと入れる。
「どう考えても聞こえるように言ってるだろ」
「くふふ★」
どや顔のコハナめ。
「ねえお兄ちゃん。みんな元気になったし、一気に助けにいく?」
「それなんだが……なあクロリア、コハナ。魔界に行くとなぜか洗脳されちまうんだ。それを回避する方法はないか?」
回避できないならみんなで行くのは危険だ。
「すまん。そもそも魔界の生まれだから大丈夫だし、ちょっとわからない」
「そうですね。ただ……女神さまのご加護があれば可能かと」
クロリアの困り眉発言を受けて、彼女の両肩に手を置いたコハナが笑顔で言った。
「そういう意味でもあちこち回って装備を強化したはずですよ」
「……え。そうなの?」
「ええ」
俺の問い掛けにコハナは終始にこにこしていた。
「ばりばり洗脳されましたけど」「私も私も」
俺とクルルは間違いなく魔界で記憶を失ったのだが。
その対処法も女神から教えてもらって実践したわけで。
え、じゃあ、え? どういうこと?
「女神さまが大事なことを言い忘れてるんじゃないですか?」
にこー!!!! って炸裂するコハナの笑顔の威力、どこに向いているのか気になる。
それはそれとして。
「女神! おい女神! どうせ見てるんだろ? 出てこいよ!」
大声で呼びかけると天井に淡い光が瞬いて、後光を背負った女神が顔を覗かせた。
「どうしましたか?」
「わかってんだろ。洗脳されない方法はねえのかって話だよ!」
「んー。女神ちょっとわかんないなー。最近ど忘れが激しくてさー。ふっかつのじゅもんとか出されたらたぶん最初の三文字がぎりだね! ぎり! あーでも今の若い子わかんないかー! ふっかつのじゅもんわかんないかー!」
「めんどいから! なにマウントなんだ! いいから、そういうの。それよりもどうなんだよ! ないのか?」
俺を筆頭に、笑顔のコハナを除いてみんな半目で女神を睨む。
その視線に耐えきれなくなったのか、鼻の頭を指でかりかりと掻いてから大きめの咳払いをした。
「おほん! ……えー。女神の力とつながる女神のパンツがぁー、必要なんだな。タカユキが私のパンツを履いて魔界に行けば、タカユキの仲間たちは女神の加護によって守られるであろう!」
…………。
まあ、そうだよな。間ができるよな。
「え、俺お前のパンツ履いて魔界にいかなきゃいけないの? それもうシンプルに変態じゃない? そういう癖? そういう趣味? があるなら話は別だけど。そういう人は別に人に迷惑かけなきゃ好きにしていいと思うんだけども! さ!」
言わせて?
「俺は別にそうじゃないわけじゃん? 勇者そういう癖がないわけじゃん? なのにそれするのって、言い逃れができないプレイになっちゃわない?」
「いやそうにいうなよ! むしろ女神の方がいやだよ! 絶対ゴムのびちゃうもん!」
「ゴムって……そういう問題なの?」
「そのちょっとためてからの素のトーンやめて? 女神傷つくから。でも事実じゃん。男子と女子のウエストの差を思い知れよ! タカユキ華奢系メンズじゃないだろー!」
「いいから、ほら。さっさとパンツをよこせ」
「だ、だめだめ! 絶対いやだよ! 女神このパンツ一週間履いてるから! すごいにおうから! ぜったい無理だよ!」
「なんで一週間も同じパンツはいてんだよ……俺もいやだよ!」
「ふ、不潔とかじゃないぞ! 女神は汗掻かないし汚れないもん! あ、でも股布の確認だけは勘弁な! なんつって!」
「えげつない下ネタはよせよ! いいからパンツ」
「ぐっ……ど、どうにかなりません?」
「おまっ、自分で言ったんだろ!? いま履いてるのじゃなくてもいいよ。新品のさっと履いてさっと脱いで渡してくれれば」
「そ、それだと力がうまく伝わらないんだな……困ったなあ。これはもうタカユキに単身つっこんで頑張ってもらうしかー」
「パンツ」
「わかったよー!」
ぶち切れた女神がいそいそと脱いで白い布きれを投げつけてきた。そしてすぐに消える。
顔に当たる柔らかい布から、女の子の濃い匂いがする。
広げてみたら白無地にピンクのリボンがついたシンプルなパンツだった。前に見たときは紐だったのに。まあどっちの方が絵的にマシかって言ったら……?
いやどっちもしんどいな。
これを履くのか。
「……えっと。部屋でそっと履いてきたら? 待ってるからさ」
クルルのなんともいえない声が一番心にぐさっと刺さるのでした。
つづく。




