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第四十二話

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 ルナティクについてもペロリとナコが目を覚ます気配はなかった。

 街の人に面倒を見てもらうわけにもいかず、困っていたらコハナが残ると言い出した。


「勇者さまには女神の加護がありますし。コハナはあなたの居場所ならきっと突き止められますので、どうか……先を急ぐなら、今すぐ」


 そう言われてしまうと、もう何も言い返せない。

 クラリスが気になるし、ルカルーを助け出さなくてはならないからだ。


「行こうよ、タカユキ」

「クルル……」

「前に連泊した時に手配しておいた乗り物があるから、ついていけるし」


 そう言ってクルルが見せてくれたのは箒だ。

 柄の途中に座椅子がついているように見える。


「まさかとは思うが、それに乗って飛ぶのか?」

「そういうこと。察しがよくて結構だね」


 ふふ、と笑うクルルにため息を吐いた。

 あれ、結構怖いんだけどなあ。

 やむなしか。言ってる場合じゃねえもんな。

 コハナ、ペロリ、ナコのパンツをほどき、コハナへと差し出す。


「わかった。後は頼むぞ」

「かしこまりました」


 恭しくパンツを受け取るコハナに頷き、俺はクルルと共に街を出たのだった。


 ◆


 箒にまたがり空を飛ぶクルルを見ていると、不思議に思ってしまう。


「それ疲れないのか?」

「私一人くらいならまあまあ」

「箒あるなしで変わるものなの?」

「んーっとね。どう浮くか次第なんだけどね?」


 そう言って嬉々とした顔で重力がうんたら、浮力がうんたらと説明するクルルを見ながら思う。

 まるで振り出しに戻ったみたいだ。

 前の旅もこうして二人で旅をした。あの頃失っていたものといえば、せいぜい前の世界の記憶くらいだったが、今はさらに仲間を失っている。

 不思議と悲壮感がないのは、クルルがいつも通りでいてくれているからか。


「……というわけなんだけど、ちょっと。タカユキ聞いてる?」

「わるい、全然聞いてない」

「燃やしてもいい?」

「わ、悪かったって。で、結論でいえばどうなの」

「はあ……過程が大事なのに。いい? つまり私のやり方だと、箒がある方が楽なの。それはね、自分一人だと重力を――……」


 うんたらかんたら。

 話しているクルルの箒を掴んだ。前へ進む勢いごとクルルが前につんのめって、慌てて柄にしがみつく。


「ちょっとタカユキ――……」

「前を見ろ」

「え?」


 ふっとクルルが前を向く。

 俺たちは帝都が見渡せる高台にいた。

 そこから見渡す限り、崖下がすべて鈍色の鎖に覆われているのだ。

 雪が降りしきる鋼鉄の茨の園か。


「……これって、どういうことなんだろうね」

「さあな、魔王の仕業には違いないが、いい状態には見えねえな」

「結界かなあ」

「さすがにわかんねえな。さっさと魔界に行って魔王をどうにかしないといけないんだが……」


 住民がどうなったのか、ルカルーの兄は無事なのか。

 どちらもまるでわからない。


「帝都、探索してみる?」

「先は急ぎたいが、無事な奴がいないかどうかくらいは確かめておかないといけないか……行こう」


 前は逃げることしかできなかったから。

 悔しさを飲み込んで、クルルと共に大地へ。

 そしてすぐに挫折した。


「これ……徒歩じゃ無理だね」


 クルルがうんざりした声で言った。

 地面の近くは茨が帝都全体を覆う繭のようになっていて、とても歩ける隙間がないのだ。

 クルルのパンツから念じて取り出した大剣で斬りかかる。

 けれど甲高い音と共に弾かれてしまった。ならばとクルルを見る。


「んー。じゃあ……クルペ!」


 右手をかざしたクルルが呪文を唱えた。

 その途端、目の前の茨の一つが寸断される。けれど、その断面から触手が伸びて繋ぎあい、結ばれてあっという間に修復されてしまった。


「だめっぽいね」

「すぐに直っちまうな」

「じゃあ空から見てみる? 一緒に箒に乗ってさ」

「できるのか?」

「当然かな!」


 どやるクルルに言われるままに、クルルの後ろに跨がる。

 するとふわふわと浮かび上がって――……。


「痛い! 股間が痛い! 食い込んでくるんだけどクルルさん! 箒がめっちゃ股間に食い込んでくるんだけど!」

「あんまり暴れないでよ? 箒が折れたら落ちちゃうんだから」

「くっそ座席うらやましすぎるだろ! いててててて!」

「しょうがないなあ」


 クルルがアクチ・ミリシャマと唱えた途端に痛みがだいぶマシになった。


「しっかり掴まっててね」

「え」


 突然ぐいっと身体を引っ張られるような感覚がして咄嗟にクルルに抱きつく。

 景色はめまぐるしく動いていた。高速で飛び回る箒の向かう先は帝都なのだが……。


「どこからも侵入できそうにないかも」


 クルルの言葉に頷く。

 茨は今も生え続けていて、かすかに見える街や城をすべて覆い尽くすような勢いだった。


「逃げたときより酷くなってるな」

「当然と言えば当然かも」

「やっぱり穴に向かうしかないか」

「だね。このままいっちゃおう」


 場所わかるのか? と尋ねると、クルルは笑って頷いた。


「もちろん。結界には私も協力したんだから、当然かな」


 つくづく頼りになる嫁だなあと俺は思ったね。

 でもって、だ。

 帝都を覆う山の入り口にぽっかりと空いた穴の前に立つ老いた執事を目にして、そう簡単にはいかないわなと唸った。

 クルルの箒から降りる。

 クルルに触れられて身体の重さが増したような気がしたが、箒の痛みを緩和する魔法を解いたってところか?

 いまはそれどころじゃないな。


「あんた、そこを通してくれないか」


 いつでも大剣を取り出せるように心がけながら、執事を睨む。

 奴の背にはいまだ羽根も尻尾も生えていない。

 それは吉兆か、それとも?


「少し、あなたがたに絶望していただこうと思いまして」


 黒い髪、皺の刻まれたその顔に浮かぶ表情は、得体の知れない軽薄な笑み。

 黒い革靴を履いた足でとんとんと地面を叩く。するとどうだ。執事の目の前の地面にぽっかりと黒い穴が開いた。そこからせりあがってくるのだ。いつものノリなら笑うか突っ込むかできたのに……風に乗って香る、探していた奴の匂いにとてもじゃないが何も言えなかった。


「……クラリス」


 名前を呼ばずにはいられなかった。

 仮面をつけた甲冑の少女。

 その顔を、金の髪を、身重になったその身体を、見違えるはずがない。


「なんのつも――」


 り、まで言えなかった。

 眼前に彼女が繰り出す細剣の先端が迫ってきたからだ。

 かろうじてかわした。

 一撃で済まないのが、彼女の武器の振るい方だし、戦い方だった。

 喋る隙などなく、咄嗟に大剣を出して攻撃を受ける。

 まるで弾丸を叩きつけられているような鈍い音が響く中で、クルルが叫ぶ。


「やめて! リュミ――」

「任せろ!」


 叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。

 攻撃を受けながら目にしたクラリスの表情は、仮面に目元から上が隠されていたけれど……それでも口元は苦しげに引き結ばれていた。


「く、う――」

「まだ洗脳が済んでおりませんな」


 俺よりもよほど苦しげなクラリスのうめき声にすぐ、執事の愉悦に満ちた声に歯がみする。いかにもあの仮面が悪そうだし、悪魔にされてしまったクラリスは魔王に従わざるを得ない状態だろう。

 元に戻すためには薬が必要だ。だが、それはいま手元にない。

 ならば!


「くぬっ!」


 ほとんど反射神経で手のひらを細剣に突きつけた。

 肉を貫かれる痛みに構わず、ぐっと伸ばして柄を掴む。

 そしてクラリスに彼女のパンツを擦り付けた。

 けれどすぐさま腹部を蹴られ、細剣を抜かれてしまう。痛みに呻く俺の横っ腹を蹴り飛ばすクラリスはとても手強い。

 だが、それがなんだ。止めを刺そうとする彼女の猛攻を大剣で防ぎながら、俺は笑った。


「その仮面、」

「む」


 執事が気づき、身構える。けれどもう遅い!


「いただいた!」


 大剣で細剣をかちあげ、そのまま消す。

 代わりに取り出すは、クラリスのパンツから生み出すブーメラン。

 触れたものの持ち物を奪う力の結晶だ!

 投げ、クラリスの仮面にぶちあてた。

 それは一瞬で引きはがされ、クラリスの目元が晒される。金色の瞳が泣いていた。

 手元に戻ってきたブーメランと仮面を掴み、クラリスへと手を伸ばす。

 けれど、俺もまた遅かったのだ。


「貴重な仮面を奪われてしまいましたか」


 瞬間移動めいた速度でクラリスの背に迫った執事が彼女を上からおさえつける。


「待っ――」

「今日はこれにて失礼します」


 地面に穴を開けて二人そろって消えてしまったのだ。

 穴はすぐさま塞がって、ただの土へと戻ってしまう。


「あと一歩だったのに! 逃がしちまった……」

「タカユキ!」


 急いで飛んできたクルルに大丈夫だと答えて、手の中の仮面を睨む。

 黒いモヤモヤを吐き出すそれにはえげつない棘が生えていただけじゃない。耳あたりへと伸びる触手めいたものがある。

 それの用途がなんなのかは……考えたくはない。

 この仮面と同じものが向こうにはもうないといいのだが。

 貴重だというからにはもうないのだと思いたい。


「焼いてもいい? それ……なんか、気持ち悪い」

「ああ……頼む」


 頷き、仮面を空へと放った。クルルが手をかざして光を放つ。

 見上げた空に星はない。雲に覆われて見えないのだ。

 降りしきる雪が頬に当たり、溶けて落ちる。指で拭って短く息を吐いた。


「先を急ごう」

「……うん」


 二人で魔界へと続く大穴を見下ろした。

 崖になっていて、道らしき道はない。ただ落ちるのみである。


「飛んでく?」

「ううん……」

「……何があるかわからないから、くっついていこう?」


 気弱なクルルの言葉にはっとして、それから頷いた。

 クルルの箒にまたがり、二人で穴の向こう側へと進む。

 底へ行けば行くほど、きらきらした光が浮かんでは消えていく。

 不意に一瞬稲光のように瞬き目を閉じた。身体をもみくちゃにされるような感覚が襲い、再び目を開けると、どうだ。


「ええと」


 巨大なビル群にアスファルトを走る自動車たち。

 信号機といい、歩道を歩く人々といい……失ったはずの記憶がめちゃくちゃ刺激される。

 身体を見下ろすと周りにいる人たちと遜色ないものに変わっていた。

 頭の中が真っ白になった。


「あ、あれ? 俺……なにしてたんだっけ。うわ!?」


 パンツのポケットに振動を感じて取り出してみれば、スマホがある。画面には文字が出ていた。見覚えのないはずの文字なのに理解できてしまう。


來琉(くるる)


 操作方法さえわかってしまうそいつに触れて、耳に当てた。


『もーさー。どこほっつきあるいてんの? 早くうち帰ってきてよ』

「えっ」

『病院に連れてってよ。私とあなたの子でしょ? しっかりしてよ』

「あ、う、うん」


 なんだろう。違和感がないわけではない。

 ないわけではないが、しかし、なんだ。

 この妙に馴染む感じは。


『仕事終わったんでしょ?』

「え、あ」


 どうだろう。どうなんだ。

 なにしてたか、さっぱり思い出せない。

 俺って、なにをしてる人だっけ?

 周囲を歩く人々には角や翼が生えちゃいるが、背広姿だったり私服姿だったり。それにも違和感はなぜか感じない。

 右手に感じた重みに視線を下ろせばくたびれたカバンがあって、見上げればそばのビルの電光掲示板にはニュースが流れている。

 新薬開発に一歩前進、優秀な科学者を発見か。

 映し出された金色の髪をした少女を見て思わずカバンを落とした。

 彼女を見ていると、なぜこうも胸が苦しくなるのだろう。


『早く帰ってきてよ!』


 怒声に我に返る。


「あ、ああ……俺んちってどこだっけ?」

『頭だいじょうぶ?』

「……だと思うんだけど」


 正直マジで自信ない。


『いい? あなたがいるのは帝都シャポネ。おうちがあるのはエビースだよ、エビース。二人で頑張って背伸びして借りた、めちゃめちゃ穴場のアパートじゃん。築年数めっちゃあるけど。なんで忘れられるかなー』

「……そっか」


 早く帰ってきてよ、と言われて電話が切れた。

 やっぱり……おかしいな。

 なんで俺はしきりに頭を押さえているのだろう。

 まるで痛むのをこらえるように、じっと握って。

 スマホをポケットに入れた時、やわらかい布に指が触れた。

 取り出してみるとそれは二枚のパンツだった。女の子が履く用のパンツだったのだ。

 頭痛がした。妙に胸騒ぎがして落ち着かない。


「ちょっと、あの人なにしてるんだろ」「パンツ出して……やだ、きもい」


 どきっとして慌ててポケットにパンツを戻してその場を立ち去る。

 違う、落ち着かないのは周囲の目とかじゃなくて。

 くそ、わからない。わからなくなっちまった。

 なんでだ。

 大事なことを忘れた気がするのに、それがなんなのか……まるで思い出せないんだ。




 つづく。

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