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第四十一話

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 帝都の城。クロリアと対決した場所。

 玉座の間までの道中、敵がいないことに戸惑う。

 ペロリ達が倒していったのなら出てこない方が自然かもしれない。

 だとしても、胸騒ぎがする。

 むしろどんどん不安は増していく。

 的中するものだ。こういうときの予感は。

 扉を開いて目にした光景に歯がみした。


「っ! くっ!」

「あ、あぅっ――……」


 コハナが大鎌を手に見知らぬ老人執事と戦っていた。

 真紅の髪、コウモリの翼という死神の姿を晒して戦う彼女は真実、全力を出している。

 なのに一進一退を繰り返していた。

 その攻防の向こう側で、黒い闇の人形に身体の半身を吸いこまれ、上半身だけを出したクロリアの腕にクラリスが掴まれている。

 クラリスの素肌に黒い染みが広がっていくのが見て取れた。

 他の仲間達はみな、氷の中に囚われていて――……いや、よく見ればルカルーだけがクロリアの足下で倒れている。


「クロリア!」

「勝手に動くんだ!」


 思わず叫んだ俺に気づいてクロリアが涙でぐしゃぐしゃの顔を向けてきた。


「あ、あ――……」

「子供ごと魔物に変えてしまう!」


 咄嗟にクルルが右手をクラリスたちへと突きつけた、けれど。

 クロリアを飲み込んでいる暗闇の人形はクラリスを盾にするようにこちらへと向けてきた。


「待てクルル! だめだ!」

「どうして! 魔物だけ殺せばっ」

「だからだめなんだ!」


 誰にも、クラリス本人にも話していない。

 その胎内にいる子が魔を宿していることを。

 そしてその出産のために、クラリスを悪魔へと変えることを。


「クロリア! クラリスはもう悪魔に変えたのか!?」

「誘拐される前にした、だから――……ぐぅっ!」


 かぶりを振るクロリアの顔が苦悶に歪む。

 それもそのはず、クロリアの腹部から手が生えたのだ。

 その手はクロリアの首を掴み、締め付ける。

 肉から肉が生えていく不気味な光景に俺たちは声も出なかった。

 ぼと、ぼとん、と生々しい音を立てて出てきた肉は瞬く間に、クロリアによく似た少女へと姿を変える。


「お初にお目に掛かるよ、勇者ご一行様」

「つ、ぁっ!」


 少女の声に続いてすぐそばにコハナが転がってきた。

 自身で受け身を取り、両足で地面を滑って眼前で止まる。

 メイド服はズタボロで見る影もない。

 俺の腕から離れたクルルがコハナに寄り添う中、俺は右手に大剣を出した。


「……誰だ」

「新たな魔王といえばわかりやすいか。不肖の妹が人間界を制圧できなかったというから、こうして出てきた」


 クロリアの首を締め付け続ける。

 その手に浮かぶ筋と、クロリアの首の歪み方に恐怖を覚えて思わず叫んだ。


「その手を離せ!」

「これくらいでは死なんよ。魔王になれた妹の体は強靱ゆえに」

「すげえDVっぷりですね……くっ」


 頭痛がする。

 クラリスの肌に浸透していく黒はもう、彼女の身体をほとんど覆い尽くしていた。

 その力のまるで中心にあるかのように、クラリスの腹部がぼんやりと輝いている。脈動さえ聞こえるほどだ。

 いいことが起きる予兆であるはずがない。


「俺の妻を返せ。クロリアも、みんなもだ」

「わかっていないな、交渉しにきたんじゃない。私は奪いに来たんだよ」


 魔王と名乗る少女が指を鳴らした瞬間にクラリスの全身が漆黒に染まった。


「ア、」


 苦悶に叫ぶ彼女の金切り声。瞳の色が割れるように鮮血に染まっていく。

 赤は白へ。白は金へ。その背に生える翼は、弾けて変わる尻尾はコハナのそれとまったく同じもの。漆黒の肌は純白へと変わる。

 悪魔へと姿を変えたのだ。


「ア、ァ、ァ、ア」


 苦しみ呻くクラリスの目元へ魔王が手をかざす。

 クラリスの目元に闇が集まり、それは黒い仮面へと姿を変えた。


「スフレには以前より目を付けていてね。錬金術師、それもそこの死神の知識を契約で得ているというじゃないか。我々の求める薬の開発に役立ちそうだ」

「悪魔の薬……お前、何をする気だ」

「知らないか? お前の元いた世界の言葉を借りるなら、そうだな。いわゆる進化の秘法的な薬をつくるのさ。そうして私はすべての魔王を越える存在になる」


 頭痛がひどくなる。


「い、いろんな意味で危ないだろ! クラリスもクロリアも返してもらう!」


 叫ぶ俺に構うものかと笑う魔王。

 足下に転がるルカルーへと手をかざす。

 蠢く物音にぎょっとして周囲を見渡すと、いつのまにか玉座の間へと鉄の茨が伸びてきたのだ。それは一瞬でルカルーをしばりつけ、繭のようにくるんでしまった。


「狼と錬金術師、それに不肖の妹は連れて帰る。案ずるな、薬ができたらすぐにでも人間界は滅ぼしてやる」


 言いたい放題言った魔王は人形の肩に飛び乗った。


「こちらの氷は決して砕けぬもの。無理に割ることはおすすめしませんよ」


 寄り添う老いた執事がルカルーを包んだ繭を軽々と持ち上げた。

 あわてて駆け寄ろうとするが、連中は城の壁を破壊してあっという間に見えない距離まで飛んで行ってしまったのだった。


「……くそ」


 大剣を消して、拳を握りしめる。


「くそ!」


 怒鳴り、すぐにめいっぱい息を吐いた。

 全力で頬を叩く。

 追い掛けるべきか? ああ、当然追い掛けるべきだ。

 そのためには何をする? まず血が上った頭を冷やして、冷静に考えることだ。

 ……ふう。


「コハナ、あのじいさんが言っていたことは本当か?」

「ええ……申し訳ございません、コハナがついていながら」


 責任を感じて俯き顔を歪める彼女に首を横に振る。


「結果は結果として受け止めよう。まずは未来の話だ……クルル、この氷は溶かせるか?」


 俺の問い掛けに頷き、クルルが氷に歩み寄る。

 ペロリとナコが苦悶の表情を浮かべたまま氷漬けになっている。

 できればいますぐ助けたいのだが、氷に触れたクルルは悔しげにかぶりを振った。


「……ごめん、これはむり」


 一瞬どうしてと怒鳴りそうになる気持ちを堪える。

 クルルに当たり散らしている場合じゃないし、クルルが氷漬けにしたわけじゃないんだ。

 深呼吸をして、尋ねた。


「こいつは、どういう氷なんだ?」


 自分で触れてみると不思議に感じる。

 冷たくないのだ。つるつるの感触に浮かぶ水滴、見た目から何からまんま氷なのに。


「時間ごと凍らせていて、魔力が渦巻いている。魔法での解除は無理。術者が生きている限り溶けない類いの魔法だよ」

「……あの執事です。あの悪魔がやりました」


 コハナの憎むような声にぞっとする。

 初めてだと思う。コハナがここまで敵意を剥き出しにすることは。

 かつてない敗北にどうしたって焦り苛立ち穏やかでいられない俺たちだが、だからこそ。


「コハナ」


 呼びかけて、じっと見つめる。

 普段は余裕を崩さないからこそ苛立つ彼女は、一度俯いた。

 深呼吸を繰り返すほどに髪の色が黒へと戻り、翼も小さくなって尻尾も姿を変えていく。

 普段のメイド少女に戻った彼女は立ち上がり、クルルのそばにきて氷に触れた。


「悪魔の力ですね。クルル様の言うとおり、これまでの対処ではどうにもなりません。けど」


 コハナの手を飲み込もうと棘を伸ばすように氷から幾筋もの触手が生えた。


「魔を取り込み威力を増すこの牢獄にうってつけの力を、お二人はお持ちです」


 そっと手を引いてコハナが笑った。触手は溶けて床に水滴となって落ちる。

 視線を上げてコハナを見た。


「俺たちが?」「どういうこと?」


 きょとんとする俺たちにコハナは言った。


「やられっぱなしは気にくわないので、ここは一つ愛の共同作業で氷を割っちゃいましょう」


 ◆


 早い話がこうだ。

 クルルの天使の力は悪魔に効果絶大。

 なので特大の光魔法で氷の牢獄の魔力の循環を乱す。

 そして勇者の力は魔を討ち滅ぼすもの。

 凍てつく力が弱まった牢獄に俺の力を叩きつけて氷を砕き、中にいる二人を救い出す。

 

「すげえマッチョな作戦だな!」

「いいからやっちゃいましょう。長居はしたくありません」


 コハナの視線を追い掛けて部屋を見渡した。

 鉄の茨はどんどん増えていくばかりだ。このまま長居をしたら逃げられなくなることは明白である。それどころかペロリとナコさえ助け出せなくなってしまうかもしれない。


「く、クルルの魔法で俺、あっさり死んだりしない?」

「日頃の行い次第でしょうか」

「自分で言うのもなんだけど、それって一番信用できない!」


 まあまあ、とコハナに背中を叩かれた。

 そっとクルルを見たら笑顔で頷かれたね。


「私がタカユキを倒しちゃうわけないよ」

「信じるからな!」

「うん!」


 元気づけるように俺に微笑みかけてくれるクルルを信じて、武器を出す。

 真っ先に思い浮かべた武器、それはペロリのナックルだ。拳を握りしめて叫ぶ。


「頼んだ!」

「いくよ……アンジェ・テヘニゥ!」


 背中に天使の羽根を生やして、眩い光に包まれたクルルが両手を氷へと突きだした。


「リュミエイレ、」


 すう、と息を吸いこんだ彼女が叫ぶ。


「マキシモ!」


 閃光が弾けた。

 太い光の筋がペロリとナコを覆う氷に浴びせかけられる。

 氷の色が一瞬変わった。青白いそれがどす黒いものへと。

 なるほど。これまでの手段だと、ここで氷に異変が起きてふたりの命はないってところか?


「今です!」


 コハナの声に飛んだ。

 光の中へ。背中から一瞬であたたかい熱に包まれる。

 ぐいぐいと、まるでクルルが願うように押されて俺は氷の牢獄へと突っ込んでいく。

 右手を二人へと伸ばして、


「氷を溶かすのは、あなたの思いです! 積み重ねてきた絆です! パンツの力を信じて、思い切り、」

「いけええええ!」


 二人の少女の祈りと共に叩きつけた。

 瞬間、確かに牢獄は砕け散ったのだ。二人の少女を残して。

 飛び込んできて二人を受け止めたコハナが叫ぶ。


「今すぐ脱出を!」


 飛んできたクルルの差し出す手を掴んだ。

 跳躍して飛び出たコハナの後を追うように、俺はクルルと共に城の外へと飛び出した。

 ふり返ってみる。

 帝都は鉄の茨に覆われて、かつての繁栄が嘘みたいに滅びていく。

 敗北の味は苦い。

 けれど。


「お二人は無事です。憔悴しているので、まずはルナティクへ戻りましょう」


 地面に降りたコハナの腕の中にいる二人に触れる。

 その肌はあたたかく、口からこぼれる息はしっかりしている。

 ペロリが目を開けた。


「おに、ちゃ……」

「ああ」


 震える手を取って、握る。


「ごめ、ごめん、まもれなかった、まもれなかったよ……」


 涙を流す彼女に言うのだ。


「大丈夫。絶対に助け出すから」


 この胸に宿る決意は、決して折れない。

 どれだけ負けようと、時に死のうと蘇り、必ず救い出す。

 これこそ勇者の仕事に違いない。




 つづく。

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