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勇者タカユキと悪魔の薬~異世界パンツ英雄譚2~  作者: 月見七春
第一章 勇者の旅立ち、新たな目的
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第四話

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 宿に戻った俺は言葉を失っていた。


「あっ……お、お兄ちゃん」

「ふう。あ、おかえりなさいませ、ご主人様」


 良い笑顔で額を拭うコハナのそばにペロリがいた。

 老婆の姿ではない。確かにペロリは若返っていた。だが、その。


「あ、あの……変、じゃない?」


 もじもじとする彼女は元の年齢からさらに若返っていた。


「え、と」


 出会った頃に逆戻りである。


「ペロリさま、すみません。勇者さまの顔からしたら、調整が微妙そうですね」

「お兄ちゃん……ペロリ、だめ?」

「いやいやいやいや! ペロリはだめじゃない! だめじゃないから! うん! コハナこっちこよう。一度こっちにこようか。ね!?」


 えーなんですかーつかれたんですけどー、という死神メイドと一緒に廊下に出た。

 そしてすかさず壁ドンをする。「きゃっ」とかいってわざとらしく顔を赤らめる死神メイドに俺は小声で言った。


「逆に若返りすぎてますけど!?」

「えーじゃあどうしてほしいんですかー? 夢がいっぱいつまったお薬じゃないですぅ? 若返りの薬なんて! くふ★ 誰もが欲しがりますよ?」

「くっ」


 そうだろうともさ!

 資産家のおじじかおばばが欲しがって、私設軍隊を動かしちゃうような薬だろうともさ!

 けどな!?


「早く大人になりたいって意識してるペロリにあれは酷だろ!」

「じゃあ、勇者様は願いが叶って大人になればいいとでも? 一足飛びに大人になれば、それでいいと?」


 コハナの目がすっと細められた。


「それ。いったい誰が救われるんですか? 飛び越した時間は巻き戻らないんです。過ぎた時間は取り戻せないんです。その溝を手放す特権を、死神のコハナにどう許せと仰るのですか?」

「――……う、ぐ」

「あなたは勘違いしています。コハナはあくまで――……死神なので。運命を悪戯に歪める修正は致しませんので?」


 クルルを天使にしておいて!?

 クラリスを悪魔に引きよせておいて!?


「救い方も見えない勇者さまに敢えてご忠告申し上げるのならば」


 俺の耳元に唇を寄せて、敢えて艶っぽい囁き声で彼女は語るのだ。


「ペロリ様の不安を拭う愛こそ、最後の解呪方法でございますれば。不安を拭ってさしあげてください」


 最初からそういってくれりゃあいいものを!

 悪戯に演出しやがって――……そう思いながらも一度、深呼吸。

 考え直せ。

 コハナはコハナなりに仕事をした。そのうえで、俺に成すべきことを成せと言っているだけだ。

 荒ぶるな。情緒不安定か。


「勇者様。人を救うのはね? いつだって愛ですよ、愛」


 俺の頬に軽く口づけて、コハナが俺の腕の中からそっと抜けだした。


「じゃ、お仕事終えたんでねます。別室を取っておきましたので……ごゆっくりぃ」


 俺の頬を人差し指でなぞって首筋へ、そのまま胸に。

 心臓のあたりをくりくりと指先で撫でてから、コハナは隣の部屋に引きこもってしまった。

 ごゆっくりもなにもさ。

 うまく話せるかどうかも不安なんだけど。


 ◆


 部屋に戻るとペロリがベッドに腰掛けて落ち着かない顔でうつむいていた。

 隣のベッドに俺が腰掛けただけでびくっと震える。どれだけ緊張しているんだか。

 この様子だとコハナから呪いとやらについて聞いているっぽいな。

 つまりあれか。

 俺の知らないペロリの不安とやらは、結構根深いものか。


「なあ、ペロリ」

「……ん」


 膝を抱えた聖女さま。

 小さい体に大きなパワー。

 癒やしの奇跡は魔王の滅ぼす魔法と拮抗する腕前。

 天使の力で魔法を放つも自壊しかけたクルルを、ペロリは一生懸命治療していた。

 出会ったばかりの頃は、本当に子供だった。

 けれど、どんどん成長している。

 俺がクルルとクラリスそれぞれと契りを交わして、子供がふたりも産まれるってんだ。

 時間の流れを感じるね。

 だけど、ペロリはそれじゃ足りないって感じなのかね。

 薬を飲んだのは、どう考えたって不自然だ。

 逆に言えば、飲むだけの理由があるのだろう。

 早く大人になりたい、か。

 俺の世界からしてみりゃ、この世界の住民は成長するのが早く思える。

 そんな中でもペロリは早熟なタイプだと思うが、それでも足りないのか。

 理由があるんだろうな。

 で、不安もその理由に直結してるかもしれない。

 聞いてみなけりゃわからねえな。


「なあ、ペロリ。俺なりに考えたんだが」

「……」


 あれ? 無反応? まさかのまさか、無反応?


「…………」


 う、ううん。これは想像してなかったな。

 何か言ってくれるもんだと思っていた。

 黙り込んじゃうくらい嫌われてる?

 だとしたらお兄ちゃん、泣いちゃう。

 心が砕け散っちゃう!

 これまで出会って関係を結んだ少女たちはみな、意思表示を率先してするタイプだった。

 素直になれなかったり、思惑を隠してだましてきたり色々パターンはあったけれども。

 こういうのは正直慣れてない。


「なあ――」

「待って!」

「お? おう……」

「……まって、お兄ちゃん」


 思わず生唾を飲み込む。

 ペロリの声は緊迫したものだった。生きるか死ぬかを迫られているくらいのレベルでな。

 身動きすらできずに待つ。

 決して、下手に刺激して一瞬で教会送りになりたくないからではない。決してな!

 ペロリの探るような息づかいが、ゆっくりと整っていく。


「あの……あのね?」


 ベッドの影から尻尾が恐る恐る出てきた。

 横にずりずりと移動する。

 尻尾がひゅんと唸って、一瞬膨らんで見えた。


「お兄ちゃんは、なんでペロリを誘ってくれたの? 癒やしの力が使えるから?」


 妙なこと聞くな。


「ルカお姉ちゃんに鍛えてもらって前より戦えるようになったから? 力が強いから?」


 ううん?

 意図がわからない。ちっともわからない。

 どうしたよ。


「ペロリのパンツが強いから?」


 いや! あの!

 たしかに俺の力はパンツから得るものだけれども!

 それも違うだろ!


「クルルお姉ちゃんか、クラリスお姉ちゃんがもし……もし、赤ちゃんできてなかったら、ペロリは連れてきてもらえてない?」


 なんかこじらせてるっぽいことだけはわかった。


「ペロリ、なにもしてない。お兄ちゃんも、忙しそうで……前の旅より、距離あるし」


 うううん!?

 ますますわからなくなってきたぞ!?

 え。なに。寂しがってる的な? 嫌われてるわけじゃなくて、前より距離ができて寂しがっているだけ? それにしちゃ、もっと別の感情をこないだのパンチには感じたんだけど!


「ペロリの居場所……あるの?」


 重たい質問がきましたね!

 どうしたの! あれえ!? 俺、そこまで大事にできてなかった!?

 ないからこの返し?

 さっきコハナに当たっちゃったのも、俺の中じゃ大層おおきな反省点だけど。

 ここへきて、クルルやクラリスだけじゃなく、ペロリも気を揉んでいたと判明ですか。

 しかもこれたぶん、根が深い話だよな。

 考えてみりゃ、頼りになる仲間であると同時に出会ったばかりのペロリは子供そのものだったわけで。

 成長していく過程で満たされない気持ちがあったらなあ。

 自己肯定感とか、居場所に対する安心感みたいなもんが弱かったらなあ?

 そりゃあ、そもそも不安になるわなあ。

 猛烈に反省する。

 隣じゃなく、向かい合うようにベッドに腰掛けた。


「なあ、ペロリ。最初に伝えとくぞ? たとえペロリがさっきの呪いでおばあちゃんのまんまでも、俺にとっちゃ大事なペロリのままだ。俺だけじゃない。コハナもそうだし、ルカルーだってクルルだってクラリスだってナコだってそうだ。クロリアもそうかもな」


 さぞかし不安だったろうさ。


「で、元の姿になろうと、変化しようと、ペロリは大事な存在だよ。力が弱くなっても、奇跡の力が使えなくても、パンツの力が弱くなってもなくなっても、変わらないんだ」


 誓って言うが。


「誘ったのは、頼りになるからってのもそりゃあある! あるけど……大前提として、ペロリのことが大事で背中を預けられるし、守り抜くって思えるからだ」


 嘘はなく。


「旅に出たほうが刺激的だし、ペロリは遊びたい盛りだと思ってて……なら、待つより旅のほうがペロリも楽しいかなって思って。それはちゃんと、事前に伝えるべきだったな」


 ごめんと頭を下げると、微かな声が聞こえた。

 そういうのがいやなんだって。

 どういう意味か問うように顔をあげると、ペロリは顔を横に背けていた。


「……子供でいたくないんだ。どんなに成長しても、どんなに強くなっても、どんなに奇跡が使えるようになってもさ。お兄ちゃんたちにとっては、ペロリって子供でしかないんだ。ずっと、出会ったばかりの頃のように」


 言い返せないな。こればかりは。

 図星だからな。俺だけに限った話じゃないし。


「でね? ペロリが昔お世話になった場所ではね? なにもできない子供は捨てられるのが当然なの」


 盗賊が山ほど出る荒廃ぶりだ。

 魔物が大挙して訪れて城を落とされた時期もあった。

 世の中は残酷だ。

 そして割りを食うのは社会的弱者とされる――……子供もとうぜん含まれる。


「子供じゃね? なにもできないの。ほんとに――……なにも、手に入れられないの。居場所も。家族も。お金も、食べものもね」


 えげつないが、しかしそれもまた真実。


「好きな人と手を繋ぐどころじゃないの。だから、ペロリは子供でいたくない」


 前いた世界で、ペロリと同じ思春期まっただ中の俺だったら、どうだったろう。

 同じ気持ちでいたかもしれない。

 ペロリほど切実じゃなかっただろうとも思う。


「ペロリ、欲しい物が手に入らないのがいや。だけど……人とうまくやる、やり方がわからないの。ルカお姉ちゃんは不器用だし。クルお姉ちゃんもクラお姉ちゃんも無理矢理だし。コハナお姉ちゃんは悪いし、ナコお姉ちゃんはなにも考えてないし」


 よ、容赦ないな。


「クロちゃんは、そういうことあんまり話してくれないし……でも、ペロリはぜんぶ欲しいの」


 ぜんぶ、欲しい。

 その言葉の切実さ、熱っぽさにどきっとした。

 意外でもないのに。ペロリは獅子の獣耳と尻尾を生やしている。

 超絶強い肉食系。聖女さまという言葉の影に隠れたペロリの本質は、むしろ欲するから行動する前向きさにあるのだろう。


「だからね? ただ……ただ、たくさんじゃなくていいから、いま言って欲しいことがあるの」

「――……なんだ?」


 なんでも言うぞ。ペロリが救われることで俺の主義に反しないことなら、なんでも。

 ずっと待つ俺を見て何度か深呼吸をしてから、ペロリは呟いた。

 視線を合わせてくれない。逸らした顔はそのまま、赤面していく。


「ペロリにいて欲しいって。だいじょうぶだよって……かわいいって」


 最後の消え入りそうなおねだりが特に破壊力が高い。

 なぜかって、最後のかわいいってっていう瞬間に俺を見たときの顔がさ。

 子供扱いしたらぶん殴るってふくれ面でさ。

 そのへんが、俺からしても、たぶん他の仲間連中からしても目が眩むほど可愛い子供でしかなくて。

 それじゃあペロリは納得できないんだろうしなあ。

 怒るだろうしさ。

 思春期ってそんなもんだよなあと、身に覚えしかなくてさ。

 ああ、そりゃあ時は流れるわなあと思ってしまったんだ。


「いつでも言えるのに、いままで不安にさせちゃってごめんな」


 察しが悪いようじゃだめだ。

 これから先、俺はもっと気合いを入れててめえを育てなきゃな。

 ペロリのほうがよっぽど大人になっていってるよ。


「いて欲しいよ。ずっとそばにいてくれ。お前の居場所はずっとそばにあるよ」


 こんな時に俺の目をじっと見つめてくるのはなんでかな。

 子供扱いっぽさを探っているのかな。

 いつでもってつけたいけど、堪えて伝える。


「かわいいよ」


 おばあちゃんになってもってつけそうだけど、それも我慢。

 一度目を閉じて深呼吸をした。

 落ち着かせて。お願いだから、一度落ち着かせてペロリを見た。

 すこしばかり口元が緩んでいた。いい傾向だ。それで調子に乗るようじゃだめだな。


「みんな大好きだ」

「――……あ、そ」


 ペロリの顔が途端にしょっぱく渋くなった。

 あれ!? なに!? なにがだめだったの!?


「まあ、いまのお兄ちゃんならこれが限界かな」


 盛大にため息を吐かれた。

 あれえ!? ガチでやらかした感じ!?


「お兄ちゃんはしょうがない人だよね。クルルおねーちゃんの言うとおりだ」

「……なんかすみません」


 萎れるわあ。

 あれえ?

 っかしいなあ。

 家族としての居場所が欲しいっていう、そういう流れじゃんね?

 誰もがそう思うじゃんね?

 違うの!?

 慌てる俺の目前で、ペロリの姿がゆっくりと変化して元の年齢に戻っていくのだ。

 出会ったばかりよりも大人びたペロリの姿に。


「次の満月で仕返しするから。覚えておいてね?」


 なにそれ、と思った俺のおでこを元の姿に戻ったペロリがでこぴんする。

 当然、即座に教会行きだ。

 急いで宿に戻ると、部屋にペロリはいなかった。

 隣の部屋にいるコハナに尋ねようとしたら、中から「おやすみ! あとお兄ちゃんは入室禁止!」というペロリの声が聞こえてきたのだ。

 あれ?

 シンプルに拒否られてる!?

 どんなに呼びかけてもペロリは出てきてくれなかった。

 次の満月で仕返しするという言葉の意味を知るまでにはまだ少し、かかりそうだ。




 つづく。

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