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第三十八話

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 クルルに呼び出されたときには、体も心もだいぶ回復していた。

 みんなのおかげだな。正直、感謝しかない。

 気を遣われていることには気づける程度にはなった。

 それに甘えてもらえることのありがたみみたいなものも感じるな。

 プレッシャーでもあるんだろうけど、ネガティブに捉えても得はない。

 家族がいるのだと感じればいいだけの話だ。

 そして、俺は最初に共に旅に出た彼女のために料理を運ぶ。

 扉を開けたとき、クルルは背中を向けてふて寝の最中だった。ウサミミがぴくぴくと揺れていたけれど。初めて出会ったばかりの頃のように、つんつんしている。


「なあ、クルル」

「なに?」

「……怒ってる?」

「なんで? 意味わかんない」


 だけどお前、ふて寝しながらベッドをぺしぺし蹴ってるだろ。足で。盛んに!


「私が何を怒るっていうのかな? 謝ることがあるなら、なんでタカユキはそれをわかっていないのかな?」


 あ、これだめな奴だ。


「不甲斐なかったし、頼りなかった。心配もめちゃめちゃかけたし、ぶっちゃけ前の旅を終えてから次の旅に出かけるまで不安にさせてばかりだったろ? 将来が不透明すぎて」

「……で?」


 怒ってるね。間違いなく怒ってる。いまだにめっちゃ足踏みしてるもん。まだ止まらねえもん。

 料理をテーブルに置いてベッドに腰掛ける。


「結局一緒に旅することになるんなら、最初から一緒だったら危ない目にも遭わなかったし。手間も掛けなかった。心配させずに済んだ。俺はいろんな見通しが雑だな」

「だよね。で?」


 足は止まったし、体を起こしてこちらを見てくるけれど、凄く真剣な顔をしている。


「家族になるっていうのに、中途半端だったろ? 式もまだ。金のやりくりも任せっぱなし。しかもなにも言わずにな」

「――……うん」


 深呼吸をしながら、今度は俺に体を向けてくれた。


「子供がお腹の中で育っている最中なのに、俺の教育まですんのはしんどかったはずだ。クラリスたちと相談して、みんなで挑めたとしてもな。どこかで真面目になってなかったよ」

「うん……」


 恐る恐る手を差し伸べると、そっと重ねてくれた。


「ペロリのほうが、よっぽど真面目に生きてたってわかった?」

「おう……」


 そこまでお見通しかよとびびるし、だからこそクルルには頭が上がらないのだ。

 そして、このままじゃあだめだってこともようくわかった。


「わかった。身に染みた。俺は俺の教育不足で苦労かけてたってな。そんで……改めて思った。家族になりたいって」

「……うん」


 遅いよってささやいて、重ねていた手を繋いでくれたのだ。


「あの手この手で追い掛けてきたし、見守ってたよ?」

「――……おう」

「みんなで考えてた。どうしたら、勇者の役目を引いたタカユキ自身がしゃんとした人になるのか」

「おう」


 そういうことなんだよな。

 この旅でコハナとペロリが俺のそばにいた意味も。

 ここ数日のやりとりの過程も、なにもかも。

 クロリアの誘拐とコルリの墜落、そしてすべての黒幕である新たな魔王の一件を除けば、すべて俺のケツを叩くため。


「しっかりしてよ? タカユキなんだよ。私とクラリスさまのお腹にいる赤ちゃんのパパは」

「――……おう」


 そっと俺の手を自分のお腹に引きよせる。

 触れて、思いを馳せればいやおうなく実感する。


「信じるだけじゃだめでさ? 願うだけでも届かないからさ。いっぱい考えたの。さすがに魔王が出てきちゃうところまでは想定外だったけどね」


 だよなあ。


「人を救えても、魔王を倒せても、家族になれるかどうかは別なんだよ。それは私も、クラリスさまも、みんなも一緒。タカユキだけじゃない」

「――……ん」

「なのに蓋をして、農地にクワを入れてるばかりじゃさ? 仕事で農業をしている人たちみたいに一年のお金のプランも考えてないから、すべて先送りにしてるだけじゃない?」

「実感してるよ。旅で稼いだ金のありがたみも忘れてたしな」

「そうだよ」


 そうなんだよ、としみじみこぼすクルルも当然、気づいていたか。


「勇者の力について迷うことがあるなら、それこそ女神さまにお願いすればいいのに」

「願いを叶えたから報酬をよこせって?」

「そ。タカユキはきちんと勇者の勤めを果たしているもん」

「――……で、その報酬で養うか」

「そのお金を元手に商売を始めてもいいよね?」

「たしかにな」


 ちゃっかりしてるなあ、おい。その発想はなかった。

 パンツから武器を取り出す力は授かり物だが、同時に世界を救うために必要な力。

 いわば経費ってことだな。

 で、世界を救った報酬はまた別にもらえばいいか。

 納得だわ。そりゃあたしかにそのとおりだ。


「こういう話を、もっと早くしたかったんだ。将来のこと、楽しいばかりじゃないけど……でも、話そうよ」

「家族だもんな……」

「そ! やっとわかりました?」


 俺の体に身を委ねて、揺さぶってくる。

 悪戯っぽく笑っているけれど、安心の色が濃い。とても。


「そうなの。家族なの。もう。そしてあなたは……子供の親になるんですよ? 私と一緒にね」


 しびれるなあ。

 ほんとにさ。


「そうでしょ?」

「……おう。とっくに誓ったからな」


 ゆっくりと撫でる。

 クルルの中にはとっくの昔に新しい命が宿っている。

 すくすく育っていると信じたいし、無事に生まれてきてほしいと願っている。

 それだけじゃあ足りない。

 生まれてきたこいつが幸せに暮らせるように、育てるように――……俺は居場所を作らなきゃな。勇者としてだけじゃなく、親として。家族として。


 ◆


 常に夜だけれど、気持ち的はだいぶ深夜の暮れって感じかな。

 クルルの背中から彼女を抱き締めてベッドに横になっていた。

 俺の手を両手で包むように握って、クルルは俯いていた。

 ずっとてのひらを親指で撫でてくる。


「ねえ、タカユキ」

「ん?」

「もしさ……タカユキが勇者であり続けてたら、魔王を倒しても。その次の魔王が出てきたらまた倒しにいかなきゃいけないんだよね?」

「そりゃあ……それが勇者の仕事だもんな」


 それじゃあさっきまで話していた家族の居場所どころの話じゃない。


「前の旅でも何度も死んだのに、それでもやらなきゃいけないことなのかな」

「クルル……」

「これで終わりにならないかな」


 根本的な問いかけだった。

 俺の生き方そのものに関わる問いかけだ。

 なによりクルルは俺を気遣って、心配した上で……言わずにはいられなかったんだろう。


「もし、生き返れなかったら? 戻って来ることができなかったら?」


 大丈夫だと言って彼女を抱き締める。


「……わかんないよ。温泉の街で危なかったよ? もし……もし、スライムに変えられたまま、生きていたら。死なずにいたら、タカユキは戻って来ることができなかったんだよ?」


 助けられたからよかったようなものの、という呟きに言い返せない。

 確かにクルルの言うとおり、なかなかやばい状況だった。言われてみればなるほど確かに、あれは窮地だったのだ。


「次の魔王を倒したら、それで終わりにしない? ううん……むしろ、逃げちゃおうよ。それで東の国に行くの。スフレなら大丈夫だよ。カナティアさまはしっかりしてる。ママとパパだっている。魔王だって……次の勇者を女神さまに呼んでもらえばさ」


 それで、と声を上げるクルルの必死さが痛い。

 クルルにこんなことを言わせてしまう俺がひたすらに痛い。


「いっそさ……このまま魔王と縁の無いどこか遠くへ行けたらいいのに」

「クルル……」

「わかってるよ、そんなことタカユキは絶対にしないって。元の世界の記憶がなくても私にどれだけ振り回されても、タカユキは私を助けてくれた。みんなを助けてくれた。放っておけるわけないもんね」


 それでも心配だよ、と。


「家族になるだけじゃ足りないの。平和でなきゃ足りないんだよ……」


 二人きりになったからこそ話せる本音を聞いて、俺は悩む。

 いつまで旅を続けるのか。

 稼ぐために旅に出るなら、俺たちは定住できないってことになる。

 旅団や流浪が板についた生き方を選ぶ集団もいる。

 けれど、クルルは望んでいない。クラリスもそういう性分じゃない。

 居場所がいる。

 自由に、平和に生きられる居場所が。

 前のクルルならこんなことは言わなかっただろう。

 責任がある。それは良くも悪くも現実を変える。

 でも、だからってできること、すべきことが歪むわけじゃない。


「お前とならなんでもできると思っているよ、クルル」

「なんでも?」

「おう、なんでもだ。魔王だろうがなんだろうが倒せる。子供ができた。生まれて大人になるのを見守りたいし、それにはお前と俺が元気でいないとな? それが幸せってことなんだよな」


 胸に抱く思いの熱度はクルルにだからこそ伝わるはずだ。


「ごめんな、離れて」

「……ほんとだよ」


 なじるよりも、悲しむよりも、ただ……離れたくないという願いだけが宿る瞳を見て思う。

 何があってもそばにいなきゃいけなかった。

 俺がクルルを心配するように、クルルもまた俺を心配するのだから。


「もう二度と離さないでよ?」

「……おう」

「みんな、そう思っているんだからね?」

「クルルが代表か」

「だってタカユキ、私のお願いは絶対に聞いてくれるもん」


 事実だ。事実だからこそ、それを言い当てられるのが痛い。

 ばれてる! 的な痛さがやばい。


「明日はみんなで帝都に行く。タカユキも……わかってるんだよね。離れちゃだめだって」

「おう」


 だからこその作戦だ。


「一致団結」

「一蓮托生だよ」


 二人で笑い合う。

 どれだけ離れていたとしても、すぐに埋まる距離の近さがクルルとの間にはある。

 けど、それでも離れちゃいけない。

 最初に味方になってくれた、特別な女の子を……俺は絶対に手放してはいけない。

 手の届くところにいて、いつでも守れるように。

 お互いにそう思っているのだ。離れて無理が出るんじゃ仕方ないとわかった。


「ね……」

「……ああ」


 俺に背中を向けたクルルが体を押しつけてくる。

 甘えるように俺の手に唇で触れて、何度も口づけをして。


「おねがい、タカユキ」


 何度死ぬような目にあおうと、実際死のうとも。

 彼女のお願いを断ることはないのだろうと思った。




 つづく。

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