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第三十六話

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 狼帝の墓へとルカルーに誘われて向かう道すがら、ルカルーは雪道を歩きながら外套の前をしきりにぱたぱたと振っていた。


「……どうした?」

「いや。別になんでもない」


 耳をぴんと立てて尻尾を膨らませている。

 警戒しているようであり、緊張しているようでもあり。


「ただ、久々にふたりきりだからな。ちょっと気になっただけだ」


 破壊力高いこと言うのね、お前。

 ざくざくという足音にまぎれて消えてしまいそうなくらい小さな声だった。


「墓に行ったとき以来か?」

「ああ。結構待ってた」


 な、な、なにをいいだすのかな!


「群れの一員にしては、ルカルーへの愛情が足りないと思う」

「お、おう」


 拗ねてるよね? ただただごめんなさいって感じだね!


「そのへん、勇者はどう思っているんだ?」


 見れば俯いて、ルカルーは顔中真っ赤になっていた。

 それはきっと寒さのせいだけじゃない。めっちゃはずかしいこと言ってる自覚があるんだろう。俺もはずかしい。


「ルカルーは前の旅で勇者たちに嘘をつき続けた。それに魔王にあっさり負けてしまう、弱い狼だ。すっきりしたら、今度はこんな悩みがぶり返す。そしてたぶん、宿でひとりになったら城のことを考えて憂鬱になるんだ」


 自分の弱さをはっきり言えるところがルカルーの強さだと俺は思うけど。


「いいことがひとつでもあれば、頑張れると思ってた。でも……足りない」


 しどろもどろになってどんどん俯いていく。

 なのに歩く速度はどんどん増していくばかりだ。


「……足りないのに」


 不意に立ち止まるから、つられて足を止めた。


「のに……どうした?」


 そっと尋ねると、彼女はふり返って俺をまっすぐ見つめてきた。

 真っ赤な顔をあげて、逸らすことなくまっすぐに。


「すべてが片付いたら、その時こそは……と。ルカルーは願ってしまうんだ。わがままな、狼なんだ」


 こんなのルーミリアの姫には許されない、と。

 語る声は苦しみに満ちていた。


「それで前回のように、あのおいぼれじいさん狼に会ってその資質を確かめようっていうのか?」

「……これも、ルカルーのわがままだ」


 拳を強く握りしめて瞼をぎゅっと閉じる彼女を見て、頭の中にいろんな考えが浮かぶ。

 どんな言葉をかけてもいい。山ほど語って聴かせてもいいかもしれない。

 でも……そうじゃない。俺がまずするべき事はもっと、単純でいい。


「付き合うよ」


 ルカルーの手を取って、繋ぐ。


「いいのか?」


 不安を見せてくれるその顔が、手の力が増すその事実こそが関係の深まった印に違いない。


「だめなわけあるか。ルカルーと過ごす一日だ。お前のわがままなんて、可愛いもんだぞ?」

「……そ、そうなのか?」


 あまりに弱々しい声で尋ねるから、思わず笑った。


「考えてみてくれ。コハナは油断したら何をしでかすかわからないし、クルルとクラリスは子供ができて起伏が激しくなってきた。ペロリはあれで俺を試すようになってきたし、ナコは表面的には波風を立てないけど二人きりになると途端に素直になりまくりだ」


 そこいくとお前はささやかすぎるだろ。


「ルカルーはもっと自分の未来にわがままになっていいと思うよ。前の旅じゃ特にみんなのことを良く見て、世話してくれたけど……狼のお前は、同時に普通の女の子なんだからさ」


 だから素直になっていいと思いますよ、と笑ったらルカルーは俯いてしまった。


「……ん」


 小さく頷くその声に続いて飛び込んできた身体の熱が答えだった。


 ◆


 翌日の昼になって帰宅した俺たちを仲間たちがしょっぱい目つきで見てきました。

 外泊とか、そういうのアリだったのか、という呟きも聞こえてきます。

 まあ、その、なんだ。仲良くしようよ。


「じゃあ今日こそはわたくしの出番です!」


 はいはい、と挙手するクラリスの横でクルルの目が淀んでいた。

 最後は一番おいしいかもと思ったけどこれはこれで落ち着かない、という笑うような声が怖い。

 けれどなんとか立ち上がって近づいてきたクラリスがクルルを見て、笑顔で言うんだ。


「それではお先に」

「くっ」


 ばちばちと鳴る視線の火花が。火花がね。


「いいもん。あと、忘れないでくださいよ?」

「わかってますとも」


 とん、と自分の胸を叩いたクラリスに手を引かれて部屋へと戻る。

 外出中にコハナが掃除してくれたのか、シーツから何から新品みたいだった。

 部屋のある一点が気になりつつクラリスの身体を支えて腰掛けるのを手伝うと、そのまま引き寄せられた。


「タカユキさま。クラリスは錬金術をがんばってきました。褒めてください」

「お、おう」


 強請る目つきは既に潤んでいる。

 それはいい。


「すごい! クラリス、よくがんばった!」

「もっと全力で」

「いええええええええええい! クラリスまじ、ちょっ、はんぱない! はんぱなさすぎて尊すぎて眩しい! 眩しさのあまりに目が潰れてしまう! 見えない! 後光が差しすぎてなにも見えない!」

「ふふー」


 これで喜んじゃうのね。


「最近、そういうのがちょっと足りてないです」


 寂しそうに顔を曇らせるのも、わざと。

 俺が喜ぶと知って覚えたクラリスの切り札の一つだ。

 いじらしいのが好きなんですよね。ついつい応えちゃうんだよな。


「こういう風にふたりでいるときに過ごせるのも、子供が生まれるまでかなあと思うのです」

「まあ、なあ」


 神父さまの話だけじゃない、ナコの話からしてもそうなんだろうな。


「不安は大きいです。いままでよりも喧嘩が増えるとも思います」

「だな……」

「ちゃんと、みんな大事にしてくださいね?」


 本音はきっと、私たちこそなんだろうけど。

 優しく穏やかな声でそう言えるところが、クラリスの器なのだろう。


「誓うよ」


 よかったと囁いて、両手を伸ばしてくるクラリスを抱き寄せた。

 とっくに俺の居場所だと感じるようになった彼女の匂いを吸いながら、願う。

 クラリスにとっても、俺が彼女の居場所だと心から思えるように、俺は俺を育てようと。

 旦那になるし、親になる。より胸を張れる勇者になるし、仲間たちが頼りにできる人間になる。

 誓いは深まるばかり。

 それだけでも、この旅の意義は確かにあったのだ。

 ならば、続けよう。

 せめて一筋でもいいから、なにかしらの光明が見えるように。




 つづく。

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