第三十五話
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ナコ。
ナコ・ル・ナティク。
青白い髪をした精霊の声の担い手たる巫女だ。
俺の仲間の身体能力の高さ順で言うと、ペロリ、ルカルー、そしてナコが三強である。
組み手をするとまず勝てない。
一人でルーミリア帝国にある彼女の生まれ育った村を守っていたのだから、その強さは折り紙付だと個人的には思う。
そもそも規格外の怪力のペロリ、自由自在に壁の垂直移動さえこなせるルカルーの体術のいいとこどりをして、機敏で敏捷なところがナコの強みかな。
気持ちよさそうな顔で目を伏せる彼女の背中は、コハナよりも強ばっていて正直難敵だった。
「コハナに頼んだほうがよかったんじゃないか?」
「あいつ、たまに悪戯で痛いツボを押してくるんだ。ああいうの、好きじゃない」
ごもっとも。
「その点、予想よりもずっといいな。初めてのときから、日に日に上達してるよ。お前は、いろいろと」
優しい言葉に驚いた。
「いや……俺はなってないよ。まだまだだ」
「いきなり完全を求めるな。他の相手には……クルルにすら言えない弱音でも、私には話せよ」
「ナコ……」
「子供が生まれていきなり完全無欠の親になりはしない。男は特にな。妻が母親になって、子供に意識を持っていかれるようになると、構ってもらえなくて駄々をこねる奴もいる」
「そ、そりゃあまた」
情けないと思うし、どうしようもないと思う反面で、そんな奴も意外と多そうだとも思う。
「子供の面倒を見るのも母親の気を引いて妻に戻したい一心っていう奴もいる。私のいた村は狭かったからさ。いやでもいろんな話が聞こえてきたよ」
な、なるほど。
「子供に対する愛情をいきなり最大限にもてっていっても、うまくいかない親も結構いる。母親もそれが重圧になるケースがある。人だけじゃない。獣にもいるんだ」
「――……ふむ」
聞いたことがないわけではないな。
育児放棄の動物。捨てられた子供は肉食獣の格好の餌食になってしまう。
「育児にせよ獣も人も失敗することも多い。取り返せばいいが、相談できなくなればなるほど、失敗は増えるもの」
「で、私にくらいは弱音を吐けって?」
「ああ。子を成したふたりは、強くもあるが弱くもある。お前はそれをよくわかってるだろ?」
「――……おう」
「でも、お前はよく忘れるんだ。お前自身も、強くもあるが弱くもある。みんな一緒だってこと」
それを言われると弱い。
「素直に話せるようになって初めて、話しやすくなる奴になれるってこともあるだろ?」
「だな……」
背中をマッサージされながら、ナコがふり返って俺を流し目で見つめてきた。
「私で試せ。私も悪い気はしないしな?」
にやっと笑うこいつの抜け目無さと、それを敢えて知らせるところに参る。
無条件の好意はない。甘えろと言うことで甘えてくるこいつの意図は明白。
言葉も嘘じゃない。
「そうするよ――……さて、気になるところは?」
「このまま頼む……いい気分なんだ」
ご随意に。
今はそういう時間なのだから。
「ルカルーのこと、気づいてるか?」
「……帝都を気にしている以外にか?」
「ああ。余裕がないんだ。一緒に偵察してきた時も、なだめるのに大変だった」
まあ、自分の国が襲われるんじゃしょうがないと思うけど。
それだけじゃないってことか?
ナコの言葉に唇を結んで思考を巡らせる。
「ふたりで過ごしてみてほしい。たぶん、誰より抱え込むタイプだ。あいつは」
たしかにそのとおりだ。
「兄貴の姿を見たって言っていたっけな」
「壊れた故郷、奪われた家族。どちらもつらすぎる」
「……だな」
「優しくしてやってくれ。お前だからこそ言えること、ルカルーにもあると思うから」
「おうよ」
深呼吸をしてから彼女が囁く。
「雪山でのことをさ。今でも思い出すよ……」
俺も忘れずにいる。
暖を取ろうとして、ふたりで過ごした時間を。
「私も、ちょっとだけ……優しさに溺れさせてくれ」
希う声に俺は素直に頷いた。
◆
時間がわかりにくいのが、この街の問題だな。
食事の時間になって食堂に降りると、ルカルーが張り詰めた顔で白湯を飲んでいた。
酒ではなく、白湯ね。目に隈ができていたし、ため息も多い。
当然、放ってはおけないな。
「ルカルー。ちょっと、ついてきてくれるか」
「……今はそんな気分じゃ」
「いいから」
ルカルーの手を取って外へ出た。
常闇の街に日の光は届かない。
代わりに道を照らす魔法灯があるから、視界には困らない。
そもそもルーミリア帝国は寒い地域に属するようで、俺の印象では港町から北は常に雪が降っている。それはこの街でも変わらない。
教会へと向かう道すがらに声を掛けた。
「なあ、ルカルー。俺はさ、前にこの街はルカルーの名前に合わせてルナティクに変えられたって聞いたことがあるんだ」
「……ふうん」
「ルナティカ・ルーミリア。でも考えてみると、ナコはミドルネームとファミリーネームを通して読むとルナティクで。この街とルカルーとナコは縁があるのかもしれないな」
「なんだ、何が言いたいんだ。ルカルーにはさっぱりわからないぞ」
「ナコがお前のこと心配してたって話だよ」
だったら最初にそう言え。
ぶすっとするルカルーの呟きに肩を竦める。
クルルとルカルーの三人で旅をしていた頃、どんなに揉めても見守り、俺をはっとさせる言葉をかけてくれて導いてくれた度量の大きさは今の彼女にはない。
余裕がないだけ。
ナコの言うとおり当然の話だな。
自分の故郷が魔王のいいようにやられているんだから。
気もそぞろに俯くルカルーを連れて、教会の扉を開く。
「なあ、ルカルー」
「……なんだ」
視線をあげないルカルーに尋ねる。
「覚えてるか。前の旅で、この教会で起きたことを」
「……街に逃げ延びた人々に叱られた。勇者は、間に入ろうとしてくれた」
すぐにとはいかないものの、素直に答えてくれる彼女に顔を上げて、と願いを口にする。
見てみればわかるはずだ。教会にいる人々が俺たちの来訪に気づいてふり返り、笑っていてくれる。その笑顔の数から、気づけるはずだ。
「あ……」
「あの頃と今との違い、見えるだろ?」
帝都が魔王におさえられている状況で笑うなんて危機感がない、という見方もできるかもしれない。
けど俺はそうは思わない。
「みんながお前を信じてる。なんとかできると思って、待ってくれている……それくらいのことを、あの旅からこれまでの間にお前は積み重ねられたんじゃないかな」
悩み、否定しようと口を開いて。
けれどそれを口にすることで彼らの笑顔を侮辱したくなくて。
「ルカルーは、ルカルーは……」
「とっくの昔にこの国自慢の狼なんだよ、お前は」
ルカルーの背中を押す。
戸惑い、神父様の元へと歩く彼女に人々が寄り添い声を掛ける。
何かが起きているようだけれど、魔物が増えているけれど。きっとなんとかなります、と。
前の時は乗り越えられた、それを照明してくれたあなたをみな信じています、と。
振り返り潤んだ瞳で俺を見つめる彼女に言うのだ。
「俺と一緒に観念してみないか? これだけいるんだ。お前の悩みもどぉんと! 受け止めるからさ」
「……ああ」
すると彼女は目をぎゅっと閉じて、震えそうな口元で笑って頷いてくれた。
「絶対に、帝都を取り返して……ルカルーは、みんなの思いに応えたい。けど――……自信がないんだ」
「なら簡単だ。お前が信じられないぶんだけ、俺たちが信じるよ。そんで、お前が出せない力のぶんだけ、俺らが力を出す。ひとりじゃなく、みんなでいくんだ。それが俺らの思いだからな? 邪魔なら言ってくれ」
勝手にやるからと付け足すと、ばかをいうなと言い返してきた。
「ルカルーも仲間だ。群れなんだ――……突っ走るなら、みんなでだ」
狼の胸にいま、確かに決意が宿ったのだ。
つづく。




