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第三十三話

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 マッサージって、元気になるよね。

 具体的にどこがどうとはいわんけども。

 いわん、けーれーどーもー!?

 元気になるよね。

 ローヤルゼリーとウコンとスッポンエキスと――……とにかく、もろもろ栄養にいい成分をすりつぶした粉をおいしい液体にして飲んだら、そりゃあ元気になるみたいなノリで。

 ツボを心得たマッサージテク、気さくだけど程よい会話、そして男心を手のひらで転がすコハナの適度な密着テク。いやあ、つやつやしちゃったね!

 最低か。勇者最低か。

 いやしかし、このメイド。やりおる……。


「どこでこんな技を――……ごっふ!」


 首をぐいっと曲げられた瞬間、かなりいい音がした。


「人に過去を吝かに尋ねるものではないですよ? ――……だいたい施術は完了ですかね」

「お、まじ?」

「いくらか体が軽くなったんじゃないですか?」

「――……まあ、まあ? だいぶ? 楽になったかな」


 背中から離れたコハナに礼を言いつつ、体を起こす。

 肩がよく回るわ、腰の痛みも取れたわ、完璧かよ。


「ばっちりだな!」

「と、なりますと――……」


 コハナがふり返って時計を確認する。


「もうちょっとだけ時間がありますね? えいっ」

「おっふ!」


 腰裏を人差し指で突かれただけで、体に力が入らなくなった。

 ぱたんと倒れる俺に「くふふふ★」と笑う死神メイドの恐怖よ。


「いやいやいや! え!? なに!? マッサージのあとになに!?」

「秘孔を突きました」

「ひでぶうううう!」

「とはなりませんけども、代わりに」


 俺の耳元に唇を寄せた彼女の笑みは童女のようにあどけなく。


「マッサージ、してもらいますね? ちょっとの間、操り人形になってもらいます」

「なんですと?」


 首裏が引っ張られるように、体が勝手に動いた。

 唇と呼吸、目以外は確かに操作されている!

 だが、マッサージとな! それはあれですか! いわゆる大人のですか!?


「体に塗る薬液などなど、もろもろ用意しておきましたので」


 ――……え?

 顔が動かされると、なるほどいつの間にやら、ベッドのそばにカートが。

 本格的な瓶類がずらりと並んでおりました。


「こればかりは、自分でできないので。励んでもらいますね?」

「エステ的な意味で?」

「エステにマッサージ。クラリスさまだと力が弱くて」


 お前、クラリス相手になにしてん!?

 てきぱきと両手が動いてコハナの服を脱がしていく。

 下着を外して露わになった背中に、カートの瓶にある液体をてのひらで馴染ませてから塗りつけていく。


「んんっ……ふう」


 気持ちよさそうですね……。


「お客さん、こってますね?」

「長生きすると、どうしてもだめなんですよねえ……あ、腰回り重点的にお願いします。変な意味じゃなく」

「いやお前、俺のさじ加減じゃないからな?」

「知ってま~す!」


 ったく。調子のいい奴め。


「デトックス目当てなんでぇ、お尻とかもマッサージしてもらいますけどぉ。コハナにご奉仕してもらうだけですからね?」

「はいよろこんでーっ!」


 焦らし作戦のつもりかな?

 どちらにせよ、こうなりゃ自棄ですよ!


 ◆


 さんざんコハナのくみ上げたエステプログラムをこなしてくたびれたあとは飯を食べに出る。

 待ち構えていたクルルたちが笑顔で出してくれた料理がな。

 ルーミリア帝国の至高の魚だの、噛み付いたら離さない獰猛亀の鍋だの。

 やたらに高そうなメニューで顔が引きつりました。

 前の旅の反省点のひとつにあるわけよ。旅で稼いだ資金を大事にしとけば、それなりの財産になっていたんじゃないかってな。

 いま思うと、懐に余裕が出たら、わりと自由に使ってた気がするなあ。

 なんだかんだクラリスもルカルーも豪華な生活が板についちゃってるから、生活レベルを下げられないし。こりゃあ、お金をやまほど持ってる魔物を見つけたら率先して狙って倒すしか。

 いよいよもって勇者のほうが盗賊じみてきたぞ、おい。

 ちょっと癖はあるが、食べれば当然うまいところに腹が立つ。


「も、もうちょい質素でもいいんじゃないか?」

「でも、おいしいですよねえ!」

「えっと……」


 違う。そういうことじゃないんだ。


「おいしいんだけども」

「お代ならわたくしが出しますので。いやあ、副業があたっちゃいまして!」


 にこにこして仰る内容が、俺の脇腹を容赦なく抉るっ!

 いや、変にプライド持って勝手にダメージ受けてどうするよ。


「副業ってあれか? ペロリの服の」

「んー?」


 鍋をスプーンですくって汁をせっせと飲んでいるペロリが声をあげる。

 彼女の胸元には、服屋のおっちゃん曰く錬金術師特製の石がくっついている。


「ええ、ええ。実験の成果物を納品してるんです。これが地味にいい稼ぎになりまして」

「――……錬金術、納品。うっ!」


 頭が割れるように痛い!

 ありかなしかを考えちゃうところが痛い!


「渇きのツボとか」

「ううっ」

「人工雨発生装置とか」

「ああああっ!」


 ぐさぐさ刺さるように痛い!


「タカユキ、頭だいじょうぶ?」

「おいそれ、おいっ! 意味が変わってくるだろ!」


 クルルにツッコミを入れたことですっきりした。

 掘り下げないでおこう。

 稼ぎもえげつない金額になってそうな予感がする。

 それでも俺が稼ぐこととはまた別。

 しっかり家族といきられる自分になることが目的だからな。

 それにしても、クラリス恐るべし。だいぶ錬金術をものにしてるみたいだな。


「ああ、切なさ炸裂するくらいうまい」


 ひとしきり飯を食べてひと息ついてから尋ねる。


「ナコとルカルーは?」

「まだ帰ってきておりませんわ。帝都に行って帰るとなれば、お二人の足を持ってしても今夜か明日まではかかるかと」

「なるほど」


 クラリスの言うとおりだな。

 距離があるんだから待たなきゃいけない。

 あのふたりなら万が一ってことも、そうそうあるまい。

 魔王が出てきたら話が別だが、コルリを呪縛から解き放った以上はしばらく積極的に絡んでもこないだろう。


「んで、時間割みたいな話してたけど、このあとは予定とかあんのか?」

「はいはい! ペロリです!」


 ずっとにこにこ俺の食事風景を眺めていたペロリが挙手した。


「ちょっとお散歩したいかなって」


 いいね。この街は常夜で、明かりに照らされた冬の街に味わいが出てくる。

 外の空気を吸いたい気分だったし、ちょうどいい。


「なら、お部屋のお掃除しておきますね」

「カートの片付けか?」

「片付けというより移動ですね。コハナはこれからクラリスさまとクルルさまのマッサージをいたしますので」


 は、働き者ですね。エステしてもらったあとでマッサージとは。妙な循環だなあ、おい。

 食事を終えて腹ごなしにペロリと手を繋いで宿の外へ出た。

 外は寒い。顔がきゅっと狭まるような冷気に目を細める。


「ルカルーとナコは、あったかくして行ったかな」

「さすがにふたりは故郷だもん。お兄ちゃんと違って、だいじょうぶだよ」


 デスヨネ!


「コート買っていってたよ? キャンプセットも持っていってた」

「結構がっつり準備してるのな」

「野営にも慣れてるもん」


 そういや、そうだな。

 ナコはサバイバルが得意だし、だから頼んだってところもあるからな。

 余計な心配だったか。


「ペロリはほんと、ちゃんとみんなのこと見てるのな?」

「えへへ」


 照れ笑いを浮かべて、繋いだ手を大きく振る。


「でも、お兄ちゃんももっとよく見てくれていいんだよ? ペロリだけじゃなくてさ」

「――……反省します」

「そうだよ? 反省してください」


 楽しそうに歩くペロリに引っ張られるように進む。

 ざく、ざく、ざく。

 雪が降りしきる街は、雪が踏み固められた道ばかりじゃない。

 そもそも常に夜だから、雪が日の光で解けることもない。

 そりゃあ寒いわけだ。

 肩を強ばらせると、ペロリが腕に抱きついてきた。


「寒いか?」

「教会、いそごっか」

「……だな」


 ざく、ざく、ざく。

 歩く音をリズム代わりに、不意にペロリが鼻歌を口ずさんだ。

 ちらりと見たら、はにかんでいた。


「お歌が好きなの。ルカおねーちゃんに教えてもらったお歌が多いけど」

「……俺も、お前の歌は大好きだよ」

「ふふー。クルお姉ちゃんもクラお姉ちゃんも、ルカお姉ちゃんだってよく鼻歌を歌っているんだよ? ペロリはぜんぶ覚えてるの。意外でしょ?」


 自慢げなの可愛いな。


「おう。ペロリすごい」

「ふふー」


 嬉しそうに笑って、俺の手を離すとペロリがステップを踏んで、くるりと回る。その時に広げられた両手の描く円がなぜか、一瞬目を奪われるほどに大きく優雅に見えた。


「踊りも覚えているの。ルカおねーちゃんとクラおねーちゃんがね、ペロリには向いてるって言ってくれて――……」


 シューズで地面を叩きながら両腕を上下に交差させ、絡み合わせてはほどいて離して。

 息をするよりも早い速度で叩かれる足音と違い、繰り出される振り付けの勢いは緩やかでどこか艶めかしい。

 たん、と両足が音を立てた時、俺に片手を差し出すポーズで止まっていた。


「こんな感じかな?」


 えへへ、とはにかむペロリに一瞬言葉が出なかった。

 彼女が凄い速度で成長していると感じるたのは、この旅で果たして何度目か。わからない。

 俺を追い越してしまいかねないくらいに。

 もう、大人。

 小さな体に大きなパワー。

 聖女としての資質もばっちりだが、それよりなにより健やかに生きている。


「おお!」


 拍手してみせると、ペロリが顔を隠すように俺の腕に抱きついてきた。


「茨姫の話、しってる?」

「……ああ」


 そういや聞いたな。

 なんだっけ。魔王にさらわれて。助けに来た血の繋がる思い人と結ばれる、だっけか。


「運命ってあるのかな」


 見ればペロリは自分の左手の薬指を見つめていた。


「どんなに叶わない恋でもきっと結ばれる、幸せな結末が約束されるような運命」


 夢見るような声に僅かに覗く不安を放置する趣味はない。


「お前の薬指にあるだろ」


 頭を撫でて、それから抱き上げた。

 まだまだ軽い、女の子の身体だ。


「こうしていれば感じないか?」

「感じるっていいたいけど……」

「けど、なんだ?」

「内緒」


 俺の唇に人差し指を当てて笑うペロリの考えは教会の前に辿り着いたときにわかった。

 ペロリは指輪に口づけて囁いた。


「――……叶ってと夢見るよりも、叶えるようにがんばるの」


 ほんと、たまに置いていかれたような気にさえなるんだよ。


「どきどきしてくれた?」

「――……最近は、しょっちゅうだ。いまもそう」

「よかった」


 恥じらう銀髪の乙女が立ち上がり、俺の身体に身を寄せる。


「懺悔するとね?」


 甘えるように首に両腕を巻いて身を寄せた彼女の、耳元への囁きに俺は息を吸いこんだ。


「ペロリはずっと、どきどきしてるんだよ?」


 この果報に報いるために、俺は生きるのだ。




 つづく。

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