第二十七話
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壁から帝都へと向かう道が坂になって、林を抜けて、気がついたらずっと上り坂。
おかしいぞ? これはもしや、と思ってふり返ると見える、壁までの広大な森林地帯。
改めて道の先を見たら待ってましたと言わんばかりに岩山が見えて。
「なあ、ルカルー。このまま行くとどうなるんだ? 山か? 山道なのか?」
「中腹から迂回する経路に入って、しばらくいくと街がある」
「……なんで前の旅の経路じゃだめなんだっけ?」
「勇者が通った経路を警戒しないほど、今回の魔王はばかじゃない」
それはあれか。遠回しに前回の魔王であるクロリアはばかだと言いたいのか?
まあ戦ってる最中のアイツは特別切れ者キャラ風ではなかったけれども。
わからんぞ? あいつの素は俺たちの誰ひとりとして、ろくに把握してないし。せいぜいペロリか。クロリアと仲が良いのは。
「いいから歩け。夜になるとぐっと冷え込む」
ほとんど下着姿みたいな軽装に外套を羽織っただけのルカルーは雪国の生まれゆえになのか、鳥肌一つ立てていない。
すげえな。
俺は寒くてしょうがないんだけど。
ペロリは文句をいうどころかはしゃいで走り回っているし、コハナはにこにこ笑顔で歩き続けているから弱音も吐きにくい。
「ふう」
手綱を握って歩きながら横をちらっとみる。
不細工な顔に鼻水を垂らして歩き続ける老馬は衰えた身体にむち打って頑張ってくれている。だからこその罪悪感みたいなものがひどい。
しょぼついた目を見ているとなんともいえない気持ちになってくるのだぜ。
「ちょっと休憩できないか?」
「ならもう少しだけ進もう。清水が湧くところがある」
こうして俺たちの旅はゆっくりと、けれど確実に前へ進んでいる――……そう思いたい。
◆
雪が降る中を街へと辿り着いた俺たちは扉を抜けて目にした光景に、息をするのを一瞬忘れた。
あちこちから湯気がのぼり、少し歩けばその正体はどの一軒家の庭にも必ずある温泉のものだとわかる。
なにあれ。なにあれ!
今すぐ入ってあったまりたいんですけど!
「温泉の街ファースだ。見ての通り温泉が目玉だな」
「おおお」
「さっそく宿を手配しよう。馬も休めたい」
ルカルーが俺の握る手綱を取って、いそいそと歩き出す。
その後ろについていく。
ルカルーと同じ狼族ともいうべき連中が温泉につかってくつろいでいる姿しか見えない。
すげえ気持ちよさそうなんですけど!
「ファースの宿は療養地ならではの、上品かつ豪奢な出来映えだとか」
「温泉はいれるの?」
「ええ、聖女さま。コハナも楽しみなんです」
珍しく素直に笑っているコハナを見れば、温泉に期待せずにはいられない。
辿り着いた宿は石造のちょっとした小屋だった。
小屋から周囲を覆う壁はいったいなんなのか。
馬車を引っ張るための縄を外して、手前にある木星の小屋に馬を繋ぎ、荷物を肩に背負おうとするルカルーにあわてて駆け寄る。
「俺が持つよ」
「殊勝な心がけだが、これくらいは構わない」
「けど、お前はお姫さまだろうが。お姫さまに荷物を持たせるってのもな」
「そっ――……それもそうなんだが、なんだかがっかりした!」
怒るような、切なそうな、なんともいえない顔をするけれど、結局ルカルーはため息を吐いて俺に荷物を押しつけてきた。かなり強めに。
「そうだな。そのうえ、お前はいずれスフレにとって欠かせない存在になる男だからな。ルーミリアのルカルーに荷物は持たせられないよな!」
「え、と」
ふり返るとコハナが意味ありげに笑っているし、ペロリはペロリで呆れた顔をしているし。
「もういい。ついてこい」
すたすたと歩き出すルカルーの後をついていく。
小屋の中には受付だけがあって、ガラス戸の向こうにはスフレでも見たことのない植物や花に彩られた庭が広がっていた。
目を奪われている俺をよそに、
「これはルナティカ・ルーミリア様! どうぞ、ようこそお越しくださいました」
受付の中にいる身なりのいい男が静かに歩み寄り「本日はどのようなご用件で?」と声を掛けてくる。
「部屋を一つ頼みたい。急ですまないが、空いているか?」
「それはもちろん、ええ! 空いておりますとも」
笑顔で頷き、後ろにいる俺たちを見てもルカルーと同じ態度で深々とお辞儀をする。
「お寒い中ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」
ガラス戸を開き、男が庭へと出て行く。幾重にも別れた舗装された道を進む。道を挟んで景色を彩る巨大な樹や鮮やかな赤や橙の花たちは、とても岩山に自生しているものには見えない。
男の対応からして、ここはよほどしっかりした宿なのか。
辿り着いたのは少し坂をのぼって奥まったところにある、木製の小屋だった。
寝室が四つ、広々とした居間に台所。奥の扉を開けば完全に俺たち専用の温泉まである。そこからは山の下までの景色が見渡せた。
少し遠くにぼんやりと光って見えるのは常闇の街ルナティクか。
「さて」
部屋の設備の説明を丁寧にしてくれた男の声にふり返る。
「後ほどメイドが参ります。何かございましたら、遠慮なく仰ってくださいませ」
「メイドはいい。宿泊費用だが」
「既に一年利用分をいただいておりますゆえ、どうぞお気になさらずご利用ください」
「……すまない」
深々とお辞儀をした男が静かに立ち去る。
「なかなかすごいところだな」
「勇者様の世界で言う三つ星の中でもとびきりの宿です。マナーも徹底されていていいですねえ。事情も聞かず、コハナたちを色眼鏡で見ようともせず」
「それは……帝国貴族の火遊びの宿でもあるからな。徹底しているんだろう。私が荷物を持っても気にしない宿なんだ」
ぶすっとした顔でルカルーが外套を脱いだ。ちらっと睨みつけられたけども。
ごめんて。余計な気遣いだったみたいだな。ほんと、ごめんて。
部屋に設置された暖炉は俺たちが来た時にはすでに薪を燃やしている状態で、だいぶあたたかいのだ。
ペロリもルカルーを真似て外套を脱いでいる。
「温泉入るか」
「いいですねえ、いいですねえ。ファースの温泉はお肌つるんつるんになるんですよねえ」
ほくほく顔のコハナが何の躊躇いもなくメイド服のファスナーを下ろして脱ぎ始めた。
「ちょ」
「なに動揺してるんですか。いまさら知らない仲じゃないんだし。それとも……脱がしたいですか?」
「むうう」
コハナの長髪にペロリが対抗心を刺激されている。
「一緒に入るんだろ?」
気がついた時には服を脱ぎ終えてすたすたと歩くルカルーの言葉に動揺する俺です。
「サービス回ですねえ、サービス回! 脱がしてくれないならお先に入っちゃいまーす! わーい、久々の温泉ですよー!」
すぽぽぽんぽぽん、と瞬く間に情緒もなく服を脱いだコハナは小走りに温泉に向かっていった。相当嬉しいみたいだな。
えーっと。なので。
「ペロリは行かないのか?」
「お兄ちゃん、お洋服脱がして」
大胆発言に白目になる俺です。
「いや、あの。マジ?」
「こないだお預けだったんだもん。これくらいよくない?」
「……ですよね」
ワガママの言い方がクルルに似てきてつらい。
「背中向けて」
「やたっ」
喜んで背中を向けてくるあたりは、素直というかなんというか。
俺が誰のどんな態度に弱いのか知り尽くしているのは、クルルよりもコハナよりも、もしかしたらペロリなのかもしれない。
つづく。




