第二十二話
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満月の下を歩く。
あちこちにいる狼たちが鳴き声をあげて、大事な友人や恋人と手を繋いで踊っている。
合間に聞こえてくるのは幸せそうな笑い声だけ。
宴だ。
腕の中にいる彼女は潤んだ瞳で夜空を眺めていた。
何を考えているのか、口を閉じたまま。
たまに俺を見つめては切なそうに目を細めるけれど、なにも言わない。
俺も言えなかった。小瓶をしまおうとした時、コルクを見て気づいた。裏に文字が書いてある。
愛ある選択を、勇気をもって。
コハナが書いたのだ。ふり返って普段泊まっている宿を見上げる。
ベランダの縁にコハナがいて、こちらに手を振っていた――……ように見えるのは錯覚か。
抱き締める彼女の誘導に従って色町近くの宿へ。
さすがに俺たちが泊まっている宿ほど豪華ではないが、その作りは思ったよりもしっかりしていて廊下を歩いても、部屋に入っても他の部屋の声が聞こえることはなかった。
少しほっとしたよ。
どういう流れでどこまでもっていけばわからなくて、それは俺だけでなくロリシア……いや、ペロリにもわからないようだった。
「あの、ね」
「ああ」
「なんだか、どきどきするね」
破壊力たけえなあ。おい。
「特別なほうがいいか?」
「……いつもみたいに、さっきみたいに、気軽なのがいいな」
「じゃあ、しばらくこうしてよう」
「ん」
喉を鳴らした彼女が俺にひっついたまま、体の力を抜く。
ロリシアと名乗ってみせてからのこいつは、盛んに顔を擦り付けてくる。
くすぐったいし、もどかしくもなる。
「いろんなことがあったでしょ? これからも、きっとそうなるよね」
「だなあ。勇者の務めってだけじゃないわな。女神に呼ばれるだけのなにか、引力みたいなものがあるかもな」
でも。
「いまの旅に出るときに誘ってもらえたの――……お兄ちゃんが、大事に思ってくれているからかなって思いたかったんだ」
彼女は俺をお兄ちゃんと呼び続ける。
だから「ああ」と頷くしかなかった。
「クロちゃんとの戦いに負けたときとか、呪いとかもそう。これまで、たくさんのことを乗りこえてきたけど、同時に不安になるんだ。じゃあ世界にほんとになにも起きなくなったら、居場所はどうなるんだろうって」
「――……そりゃあ、さ」
「なくならない? そうだといいけど。みんなお金に困ってるでしょ?」
そこかあああああ!
痛いくらいの正論!
「人が減ったほうがいいよねってなっても、別に当然かなあって思う。魔物にやられた街じゃ、結構あるみたいだし」
人減らし、口減らし。姥捨て、子売り。身内の色町への人売り。
貧困や戦争の暗部だわな。元の世界じゃたぶん、世界的な犯罪として厳しく取り締まられていそうだ。この世界もきっと、これからそうなっていく。魔王は倒すし、平和を勝ち取るからな。
安定を得るべく生存競争に勝つと、今度は同族での争いを如何に制御するかというターンに入る気がするし、そうなりゃ同族が苦しむような真似は厳に慎むべしとなっても、そうおかしな話じゃないわな。それがマシかどうかは別として。
こいつはひとりでいた時期もあった。元々はルーミリアの人間だったなら、スフレに来るまでの間にいろんな経験をしたに違いない。
切実な願いがあったわけだ。
俺らは旅と同じくざっくりのんびりどっしり構えてたつもりで、気づけなかっただけで。
「前にも言ったけど、離れる気はないから。なきゃ稼ぐし、だから旅にも出てる。身の丈に合わないかもって? ならいくらでも背ぇ伸ばして金を稼ぐっていうのが俺たちだろ?」
心配かけてごめんなと謝って、身内として抱き締めるよ。
「だらだらしてた。で、不安にさせた。農地でそこそこやってりゃ、それなりにいけるかと思ってた。見通しも甘けりゃ、雑に生きてたな」
外を歩いている間に冷たくなった指に手を近づける。
「居場所がなけりゃ作るさ。ルカルーを助けたペロリだろ? じゃあ、俺は?」
「……助けてくれた勇者さま」
「さらうのは助けられなかったけど、帳尻は合わせる。いままでずっと、そうしてきた。一手やられるとこが、ちょいと情けないところなんだけどな」
「ほんとだよ」
躊躇い、けれど結局は繋ぐことを選ぶ彼女に誓う。
「魔王を倒して終わりじゃないし、旅の目的が達成したらそれで終わりってもんでもないんだよな」
童話に一度は抱く、その後はどうなったを真剣に考えなきゃいけなかった。
人生は続くのだから。
絶頂期があれば谷底もあるし、それでもどっこい人生は死ぬまで終わらない。
死んだら死んだで残された連中はどう生きるのかって話だしなあ。
無責任では生きていけないな。なかなかな。
「だから、死ぬまできちんと生き抜くよ。みんなと一緒に――……お前と一緒に」
ほっとしたように息を吐くペロリの体から力が抜けた。よかったと囁く声が胸にしみた。
「じゃあ、安心してできるね?」
ペロリさん?
「そのへんの人生の重たい疑問からくる偽りの好意とかでもなく?」
「ばかにしないでよ?」
「ぎぶぎぶぎぶぎぶ! 待って! 片手で首締めないで!?」
振り返りもせずに片手でがしっと掴んでくる、その握力がやばい!
「疑問はあるけど、だったらだったで自分で掴み取るのがこの世界の人間だよ? 内容次第でどう出るか変えようと思ってただけだし」
まあ図太い! そしてたくましい!
そっと力を弱めてくれるから、すぐに声をだす。
「な、なるほど――……あれ? だとすると、俺そうとう情けない?」
「正直、だいぶね」
おっふ。
「クルお姉ちゃんたちも、そりゃあいろいろ策を張り巡らせるよ」
「旅まで俺の更正目的!?」
「当然でしょ?」
おっふ!
「もしかして……次の魔王騒ぎはデマ?」
「そっちはほんと。じゃなきゃルカお姉ちゃん、操られないでしょ」
なにばかなこと言ってんの? みたいなトーンで言われるとダメージがきつい!
「で、ですよね」
「しょうがないお兄ちゃんだって、それくらいはみんな知ってるからいいの!」
えへへって笑いながら言われて喜んでいい内容なのでしょうか?
今夜ひっそり泣いてもいいですか?
「ずっと不安だった問題も解決してすっきりしたし、あとはいちゃいちゃだね! いちゃいちゃなんだよね? やばいね。これ緊張するね! ……どうしよっか」
そう言って指先が絡められる。ちなみに首筋は解放されました。
迂闊なことを言うとパンチが飛んでくる可能性があります。気をつけろ!
不安に震えているのか。緊張して震えているのか。
いや、ペロリさん。あなたパンチひとつで俺を倒せるのに。そこで緊張するんかい。
むしろ俺より肝が据わっているのでは? 逆に肝が太いのでは?
「コハナお姉ちゃんにもらったメモを読んで、とか。ごちゃごちゃ考えたんだけど」
頭を俺の肩に預けて、傾いて流れる銀の髪。
指先でそっとすくいあげて彼女を顔を見た。
赤く上気した顔で、蕩けた瞳で俺を見つめている。
「そういうのいいや。私なりにしてみたいなあって思うし。お願いしたのに、なかなか私のお願いどおりに名前を呼んでくれないし?」
拗ねたような言い方がずるい。
「それは、その――……やっぱ、馴染んでるほうがさ」
「もういつもどおりでいいから、ちゃんと呼んで。お兄ちゃんに名前を呼ばれるの、好きなの」
揺れる瞳は俺を試している。
コハナあたりが得意そうな揺さぶりだし、ストレートな甘え方はクルルの得意技だし。
ハイブリッドで攻めてきた。ほんとに成長してんなあ! いまでこれなら、来年あたりはどうなっているのやら。末恐ろしいったらないね。
「ちゃんと名前を呼んでくれないなら、もうお兄ちゃんのそばにはいない」
考えたの、と彼女は口を開く。
「子供の頃、よくみた見世物小屋。大好きだった。きらきらで楽しくて。お父さん達はだめっていうけど、忍び込んでいっつもみてた」
団長さんについてこないかって誘われた、と彼女は言って……俺の瞳の奥を覗く。
「ほんとに出ていっちゃったらさ? もう困るくらいには、私の居場所があなたの中にあるはずでしょ?」
吹き出しそうになったし、くらりときた。
人を選ぶぞ、たぶんそのマウントは。
だからこそ余計に会心の一撃。俺にはどんぴしゃ。
俺に言わせたい言葉を、どんどん限定するように逃げ道を壊していく。
「言って」
愛ある選択を、勇気をもって、か。
俺だけじゃないわけな。ペロリに対してもそう。ふたりに対して贈るメッセージ。
コハナが俺たちをどう試そうとしているのか、理解した。
『さあ、勇者さま。愛ある選択を、勇気を持って』
まとわりつくように聞こえる声は真実、試し。
答えならとっくに出している。
「ペロリシア・ペローリー」
最初に聞いたときにゃ愉快な名前してんなあと思ったもんだけど。
「――……お兄ちゃん」
「そばにいてくれよ。もっとしっかりやるからさ」
「それ言うの、ほんと遅いから!」
腕を広げて俺に抱きついてくる。
「しばらく、こうしていてもいい?」
「おう」
小さな身体を抱き締め返す。
いくらでもこうしていられるなあ。
なら、いっそ次に進んでみるのもいい。
「歌を聴かせてくれ」
「え――……」
「俺だけのために歌って欲しい。最初に見世物小屋の前で歌ったあの歌を、歌詞付きで」
その意味は、告白。
俺の意図だって確かにペロリへと伝わった。
「忘れられなくなっちゃうよ?」
可愛い煽りに笑う。どんとこいだ。
「今日の月と一緒に、永遠になりますように」
願う彼女の唇から愛を願う歌声が響く。
それは俺に向けて歌われた、はじまりのうたに違いなかった。
つづく。




