第二十一話
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ガチなお誘いのあとだ。そりゃあ割とドキドキしながら宿に戻るよね。
ペロリは寝室から出てこない。出てこられても顔を合わせたときの表情に困るけども!
帰ってきた俺を見たコハナが満面の笑顔で出迎えた時点で嫌な予感はしていたんだが。
「これどうぞ。ええ、気持ちばかりの品ですよ」
そう言って濃密な蜜の入った小瓶を手渡してきた。
港町ハルブの海賊娘リコを蘇らせ、さらには燃え上がらせた強力な精力剤だ。
「いりません」
「もう嘘ついちゃって! わかってくるくせに、このすけべ! いりますよね? いるって白状しちゃいましょ?」
肩をぺしぺし叩かれるんですけど。なにこれ。
「いや、あの、だから」
「聖女さまの思いに応えてあげるんですよね? もうその気なんですよね? なのに……当日たたなかったら大変じゃないですかあ。プレッシャーに弱いものですから!」
それ呪いかけてない? 違う? 俺の気のせい?
「あ、あのな!」
「真面目な話、痛みの緩和になりますから。塗ってあげてください」
やだその急な方針転換。やだ……。
「わかったけど……本音は?」
「性の喜びを知って勇者様の更なる虜になればいいですね」
「絶対ほかにあるだろ……で、あとは?」
「やだなあ。あくまでそれだけです★」
ため息を吐きつつ俺は小瓶を受け取って部屋に戻った。
そしたら、だな。
「はあい、タカユキ。タカユキ、はぁい」
俺のベッドで女神が寝そべっていました。
優雅にね。だらっとしてたよね。
「なにしてん」
「いや俺の台詞だからな、それ」
「えっ?」
耳に手を当てて小首を傾げるな!
「なにしてるのかなー。タカくんなにしてるのかなー?」
「そりゃあ……ルカルーが目覚めるまでレベル上げ?」
「ついでにお金を稼いで明日にはしっぽりですか。それはあれですか。彼氏のいない女神にオカズを提供する流れですか」
「女神がオカズとかいうな、やめろばか。オカズとかいうな。なんだおまえは」
「ふうん、ああそう……」
「いやふうんじゃないから。なにわかりました楽しみです、みたいな顔してんだ。やりきった顔してるんじゃないよ!」
「まあパンツの力を高めるためにも? すればいいと思うよ。何発でも。そのたびに女神の動画フォルダが充実していくわけなんだけど」
「あのさ……俺の中の女神イメージが崩れるから。そういうのはお願い、勇者のことを考えてそっと心に留めておいてもらえますか」
「マジトーンでのお願いに同意せざるを得ない。わかった! 気をつける! 忘れるまで気をつける!」
それ絶対すぐに忘れるだろ! 突っ込むのを堪える俺を見て、ぷふと笑う。
頬をつねりたい、女神の笑顔。
「まあ冗談はさておいて」
「よかった冗談で。きつめの冗談すぎて俺の精神は限界寸前だよ? で、なに」
「うちの部下がぶらぶらしてるからさ。見つけたらお尻叩いて戻ってこいって言っといて」
「部下って吟遊詩人のことだろ? 呪われてるとか言ってたぞ?」
「それな」
指を差してどっと笑うリアクションをするな!
たぶん今じゃない。
それやるの今じゃないから。
タイミングおかしいから。
リアクション間違ってるからな!
「じゃあよろしく。あ、女神の残り香でほんほんしないでね? 女神の匂い天にも昇っちゃうレベルだからわかるけど、ほんほんしないでね? 明日がんばれよ!」
手の形! 意味はあえて言わないけど、握り拳で指と指の隙間から親指を出すサインやめろ!
「うるさいな! もういいから帰ってください!」
「いい夢みろよ!」
ぐっと親指を立てて光と共に消えやがった。
まったく……。
ベッドに横になって香ってきた匂いは、実に腹立たしいことに……なるほど確かにいい匂いでした。
◆
さて、困ったぞ。
夜、ペロリと合流した。
ガチガチに緊張していて、どうしたものかと悩んでいたら手を繋ぎたいと言うから繋いだよ。
そしたら少しほっとしたのか「えへへ」とにやけている。
なにそれ。可愛いんですけど。
二人で屋台街を冷やかして、うまいものを食べて。
宴で盛り上がる客を狙ってか、色んな遊具を広場で出しているので一緒に遊んだりもした。
そうしている内に盛り上がってきたのか、満面の笑顔になった彼女に手を引かれてあっちへこっちへ。
終いにはロウとベンと三人でよく呑む居酒屋にまで足を運んだ。
呑みたい気分だという彼女がお酒を所望するので、お店のお姉さんに「できるだけ薄めで」と小声でお願いして出してもらった。
俺はなんていうか……上機嫌だったので、強めの酒を頼む。
ちび、と呑んだだけで顔を真っ赤にしているから、やっぱり薄めにしてもらって正解だ。
対する俺の酒のきついのなんの。普段の酒と比べものにならないんだけど。
これじゃあいざって時たたなくなるやも、と思ったので、新しいグラスの酒は薄めてもらって精力剤を垂らして一口飲む。
「んっんっん……んぅ?」
あれ? 待って。
ほんの一滴程度しか垂らしてないのに、どんどん顔が赤くなっていくんだけど。
酒は薄くなったのに。そのわりに、頭にがつんときた。
胸元の布地を引っ張って、手で顔を扇ぐ。
「やばい。あっちい」
「もう、そこまで飲み過ぎないでよ?」
俺のグラスをそっと遠ざけられてしまった。
「匂い強いなあ。無理しすぎ。緊張してたの?」
「……まあ」
本音を言えば、だいぶ。
あっさり塗りかえられて、俺の中の印象は更新されてる。
けれども、それでも大事な身内には変わりない。
で、そのうえ一線を越えようというのだ。
緊張しないわけがない。
「そっか。じゃあ……今日のお酒はここまでね?」
幸せそうに笑いながら俺に身体を預けてくる。
「んー……」
甘えるように喉を鳴らして顔を無防備に向けて、そっと近づけてくる。
頬を俺の喉に擦り付けた。これもまた、匂いつけなのだろうか。
「今夜はひとりじめ」
こんな夜がずっと続けばいいのにな、そしたら独占できるのに。
そう囁く彼女の手が首に伸びてきた。
しがみついてくる身体を抱き締めると「宿、いきたい」と囁かれた。
出会った頃のペロリなら、好意はあってもその示し方は知らなかったはずだ。
子供から大人へ。成長して、この世界じゃとっくに一人前になっていた。
強くて頼りになるし、いてくれなきゃ困る。
戦力としてだけじゃない。
攫われた先でルカルーを助けるために勇気を振り絞ることができる心根が頼もしい。
そもそも、俺たちのムードメーカーでもあるわけで。
それらの一面がなかろうと、大事なことには変わりないのだ。
俺の見方はいろいろ狭苦しくて、窮屈だったのかもしれない。
たぶん、誰かが入れ知恵をしたのだろう。
最有力候補、コハナ。次点でクルルだな。三番手はクラリスあたりだ。
いずれにせよ、そんな台詞が似合うだけじゃなく、どきっとさせるほどの威力を放てるくらいになったのだ。
会計を済ませて、ペロリを抱き上げて店の外に出る。
女と一緒に来たベンと入れ違いになったし、宿に向かう途中で女連れのロウとすれ違ったけど。二人揃って親指を立ててくるのはなんなの?
いや、なんなのじゃねえな。
ほんとはわかっている。
今夜は決めろ、と。そういうことだ。
俺の首に抱きついて、首筋に顔を擦り付けてくる彼女にもうたまらん俺です。
さあ、どうする?
つづく。




