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第十九話

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 魔物たちは倒しきった。

 ルカルーがいて、ペロリがいる。

 すべてを片付けた俺に拍手するコハナには突っ込むだけ無駄として、俺たちはロートルパへと帰ってきた。

 ルカルーの意識は戻らず、ペロリも疲れ果てている。

 ペロリに聞けば魔王がルカルーの身体を乗っ取っていたなんて言うじゃないか。

 ラスボスが出てきたのに果敢に立ち向かい、ルカルーを助け出したペロリは真実、今回の功労者だ。

 なのにルカルーに治療を施してぶったおれちまうんだから、ペロリは冗談抜きかつお世辞抜きに大人になってるんだな……。


「無茶しやがって」

「お兄ちゃんの仲間だもん」


 蕩けるような笑顔を浮かべるペロリを見て、胸が締め付けられるようだった。


「それにね……」

「それに?」

「満月の前に、宴の前に悲しいことがあるのはやだから。約束……忘れないでね?」

「もちろんだ」

「よかったぁ――……すぅ、すぅ」


 眠りについてしまったペロリを休ませたい。

 ベッドに寝かせて、ルカルーの手当てを頼んだコハナに様子を聞きに行く。


「どうだ、調子は」

「体力も精神力も限界寸前ですね。魔王が入り込んでいたことで消耗しているんです」


 でも大丈夫、とコハナが言うなら大丈夫なのだろう。

 眠っているルカルーを見る。

 スフレ王国の家を出てどれくらいが過ぎただろう。

 クラリスは王族として毅然と振る舞うことはあれど基本的に綺麗な見た目で可愛いことをする奴だ。

 そこへいくと同じ王族ではあっても、ルカルーは立ち振る舞いから何から、誇り高い狼でかっこいいやつだ。噂じゃ凜々しい顔立ちにファンも増えているのだとかなんとか。

 俺からすればこいつはこいつで可愛いとこのある普通の女子なんだけども。強いて言えば俺の仲間の中でもっとも体術に優れた奴でもある。

 そんなルカルーが、魔王に乗っ取られたか……。


「弱いわけじゃないはずなのに、帝国ってのはずいぶんと魔王にやられやすいんだな」

「決して帝国が弱いわけではないのですが……魔界の穴が帝都のそばにある以上は、奇襲を受けやすくて。何かが起きたときには決着がついてしまう構造になっているのです」

「穴はふさげないのか? 奇襲を受けやすいとわかっているなら、対策も取れそうなもんだが」

「魔王に占領された際には徹底的に破壊されてしまいますから。復旧には時間がかかります」


 なるほどな。


「太陽が昇っている時の空が青く、リンゴを離せば地面に落ち、海に波があることを変えられないくらいには、難しいことです」


 絶対無理ってことですよね、それ。


「帝都を移動することは?」

「容易にはできません。他の国に対する示しもありますからね。誇り高いルーミリアの王族にその選択肢はあり得ないでしょう」

「狼の矜持……そっか」


 誇りより生きてこそだろ、という意見もあるだろう。

 けれど、誇りなき生は死と同じか、未満であるという意見もあるのかもしれない。

 ルカルーたちルーミリアの王族だけじゃない。

 帝都に住むすべての人にとっての選択は後者なのかもしれない。

 だとしたら、そういう状況下を変えるための力が俺という存在なのかもしれない。

 なにせ雑なあの女神のことだ。

 世界がやばかったら、タカユキがうまいことなんとかしてよ! くらいのことを思っていても不思議はない。

 いまはひとまずルカルーが目を覚ましてくれることを祈るしかないか。


「コハナ、後は頼んだ」

「もちろんです」


 ふふ、と微笑むコハナに毒はない。

 こいつは何かをしでかそうという時には決まって予兆を感じさせる。

 逆に仲間の面倒を見てくれるときに優しく笑っているときは大丈夫だと判断する。

 部屋を出てペロリの様子を見に行こうとしたら、扉が開きっぱなしだった。


「ペロリ?」


 急いで部屋の中を確認すると、ベッドはもぬけの殻である。

 宿の外に出ると既に夜遅く、魔法灯の照らす街頭は賑わっていた。

 宿の支配人に確認すると、確かに銀色の髪をした美しい少女が出て行ったという。あまりに美しいから誰もが見送っていた。見世物小屋の方へと向かっていたようだが、とのこと。

 無理して外に出なくていいだろうに。

 街に訪れている見世物小屋へと向かう。

 歌を聴いたテントのそばに人は集まっておらず、代わりに中から賑わう声が聞こえてきた。入り口に行くと「昨日の兄ちゃんか。見て行くかい?」と受付の少年に聞かれて戸惑う。


「銀色の髪をした可愛い子、見てないか?」

「ああ、団長が見惚れて誘った子か。来てたぜ、中に入るなら会えると思うけど」


 にしし、と笑顔で手のひらを指しだしてきた。

 もう片手で叩く板には銀貨の枚数が描かれている。ぐぬぬ……。


「会えなかったら覚えてろよ」

「へへっ、まいど!」


 洞穴で倒した魔物からしっかり手に入れておいた金を払って中へと入る。

 ざっと見渡しても数百人は人を入れられる巨大なテントのステージでは、まさに演目がお披露目されている最中だった。

 虎の火の輪くぐり、象が寝転ぶ人の間を歩いて通り抜け、ピエロのナイフ投げに空中綱渡り。楽団の演奏はうるさいくらいにテント中に響き渡っていた。

 けれどそれらに意識を向けている余裕はなく、ペロリを必死に探し歩く。

 そんな俺の耳に聞こえてきたのは、


「聖なる夜がやってくる。雪の降りしきる満月が、ほら光り輝くよ」


 昨日のあの歌声だった。

 はっとしてステージを見ると、少し疲れた目元なのに、それでもきらきらした瞳で観客を見渡して杖を片手に歌う銀髪の歌姫だった。


「ルーミリアのぼくらに、おおかみたちの鳴き声がとどく」


 手を叩く彼女に、観客が拍手で応える。


「子供に戻って待つよ、おおかみたちの宴がはじまるよ」


 虎の耳と尻尾を揺らして、彼女が楽しそうに身体を揺らして杖を片手に歌声を響かせる。


「ぼくらのみんなの鳴き声を、さあ今こそ聞かせて」


 耳に手をかざした彼女に観客たちが一斉に鳴いた。

 ハモる遠吠えの威力よ。身体中がゾクゾクして、気づいたら足を止めていた。


「思い切りいくよ?」


 ふふ、と笑う彼女に目を奪われた。

 彼女が俺を視線で射貫いて、蕩けるような笑みを浮かべて心臓が揺さぶられるような衝撃を覚える。


「愛して、この瞬間だけでもいいから」


 次いではじまる歌声に意識を奪われて。

 気づいた時には、彼女の出番が終わっていた。

 歌声も、笑顔も。

 惹かれていく。

 聖女とか、出会ったばかりの小さな姿とか、どこかへ吹き飛んでいく。

 人のために全力を尽くし、嫉妬もすれば心から喜べもする。

 大勢の人を魅了する舞いも、弾けるような笑顔で歌う声も。

 なにより、表情も。

 港町ブリフトの海で見たんだから……とっくに気づいているんだろう?

 なのになぜ知らない振りをしているのか。


「――……くそ」


 熱い顔を手のひらで覆って深呼吸した。


「ああ、そうさ」


 あいつのひたむきな好意が、ただただ熱くて。

 戸惑わずにはいられなかったんだ。

 ロリシア。すこしでも、俺の中の固定概念を外して自分のありのままを見てもらおうとしているペロリのいじらしさが愛しくてたまらなかった。




 つづく。

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