第十八話
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背中を押されて落ちた洞穴のそこかしかにいました。
銀色の液体状のスライムが。そして入り口へとふり返った俺に「がんばってくださいねえ」と笑顔を見せるコハナ。嫌な予感がして手を伸ばした時にはもう、コハナの拳の一撃で入り口が崩落して塞がれました。
「てき」「てきだ」「もやせ」「もやすぞ」
「「「「 ブルリ! 」」」」
暗闇に包まれた洞窟内のあちこちでばちばちと火花があがる。
それはどんどん規模を増していく勢いです。
やばい。
「くっそ!」
コハナ、覚えてろ!
そんな未練がましい叫び声が木霊する洞窟内で、俺は草刈り鎌を必死に振りまくりました。
ただただペロリを救うため、強くならなければならないのだ。
ペロリ――……無事でいてくれ。
それ以前に無事に出られますように! ここへ来ての教会送りはさすがにごめんだぞ!
◆
名前を呼ばれた気がして目を開けた。
風吹く山の頂上、鳥の巣のようになった藁山にいた。
周囲にはペロリしかいない。けれど藁山から顔を出してみれば、そこかしこを大きな鷲さんが飛んでいるから簡単には逃げ出せそうにない。
ルカお姉ちゃんは……どうやらここにはいないみたいだ。
いつの間にか気を失っちゃったみたい。
いつここへきて、どれくらい時間が経ったのかわからない。
助けようとして飛んだお兄ちゃんは無事だっただろうか……心配。
「……へくち!」
寒気を感じる。
見下ろしたらタオルしか身に付けているものがなくて、気づいてしまうとどんどん寒くなる。
どうしようと困っていた時だった。
空から一羽の大鷲が降りてきて、そいつにはルカお姉ちゃんが乗っていた。
大鷲の背中から飛び降りると、歩み寄ってきたルカお姉ちゃんは私にマントを着せてくれたの。
だけどその目は真っ赤に輝いていて、それはペロリが魔物にした人と一緒だった。
「る、ルカお姉ちゃん?」
『……聖女。貴様の魔力を王女のそばに置きたくはないからな。女神の使徒を誘うエサになってもらおう』
開かれた口から聞こえたのは、ルカお姉ちゃんの声。
だけどそれにこもった響きはもっと禍々しかった。
「あなた……魔王なの?」
『いかにも。クロリアが失敗したと聞き、なれば我が人間界を支配しようと思ってな……お前達が邪魔だから始末しにきた』
ルカお姉ちゃんの腕が震えながらペロリの首にのびて、掴む。
ぐううっと入る力に締め付けられた。けれど死ぬほどつらくはない。
だって、ルカお姉ちゃんのもう片手がペロリを掴む腕を掴み、ペロリから引きはがしてくれたから。
戦ってるんだ。ルカお姉ちゃんも、操られているのに戦っているんだ。
「ルカお姉ちゃんのぶんまで誓って言う。あなたのこと、ぜったい許さないから」
『ほう?』
楽しそうに言われてかちんときた。
「ぜったい倒すもん! お兄ちゃんが助けに来てくれて! 悪い奴みんな倒してくれるもん!」
『そうか、そうか。なら――……勇者に絶望を与えてみよう。まずはお前を殺す』
「ルカお姉ちゃんがそんなこと許さないもん!」
『だろうな? 意外にも抵抗してくる。ルーミリアの王女は侮りがたい』
「ルカお姉ちゃんは強いんだから!」
『皮一枚程度の抵抗しかできんが、それでも認めはしよう。それに、抵抗するのならば敢えて固執するまい。この娘ではなく』
唇が動いた。聞き慣れない雄叫びに呼応して、山のあちこちから鳴き声が聞こえる。
見上げると大鷲が一斉にペロリに向かってきた。
『鳥の餌にでも、なってもらおうか』
笑い声をあげる魔王に歯を噛みしめて、空を見上げた。
迫ってくる鷲さんたちの目も真っ赤だ。大きな身体が一直線に向かってくる。
負けられない。負けたくない。
ペロリの大事な人を操るような魔王なんかには、絶対に。
構える。大丈夫、やれるよ。
ペロリにはお姉ちゃんがたくさんいる。
『ペロリの身体能力はいずれ、役に立つ時が来る……来なければいいと思うけど。その時のために鍛える』
ルカお姉ちゃんが叩き込んでくれた体術。
降下してくる鷲の爪の間を駆け抜けて、飛んで。
けれど執念深く追い掛けてくる鷲さんがいて。
『魔力の素養はあるから、ペロリも魔法が使えると思うの。やってみればわかるかな』
クルお姉ちゃんが教えてくれた魔法の一つ。
身体中に流れる魔力の渦を両手に合わせて、ついでにお耳をぱたんと閉じて、
「ビブラシオ!」
たたき合わせた。普通の拍手ではない、甲高い音が鳴り響いて鷲さんたちが一斉に落ちる。
ルカお姉ちゃんを乗っ取った魔王もルカお姉ちゃんの耳を思わず押さえて苦しそう。
今が好機だ。
身体中に溢れる力を念じて、右手を伸ばして叫ぶ。
「みんなの身体から出て行け!」
光の柱を出して、鷲さんたちの頭をこつんと叩いて回る。
一羽ずつ、魔王の呪縛から解き放っていく。鷲さんたちの向こう側にいるルカお姉ちゃんも、と思ったけど……だめだった。
ばし、とルカお姉ちゃんの手で受け止められてしまった。
だからって、なに。
『いいですか? ペロリ。何事も諦めてはいけません。目的を達成するためには』
『一途に思い続けること。健やかにね』
『諦めた時、人は負けるべくして負けるんデスよ』
歯を噛みしめた。
「う、うううっ」
『賢しらにありのまま光を出すな! 諦めてさっさと――』
「うああああああああああああ!」
叫び、全力を右手に注ぐ。柱をどこまでも大きく、太く。
「ルカお姉ちゃんから、出て行けえええええ!」
『ちいっ』
たまらず黒い闇がルカお姉ちゃんの身体から溢れて、そのまま飛び出した。
ほっとした瞬間、闇は柱を掴んで乱暴にペロリをぶんって投げたの。
「あぅ――っ!」
空中でなんとか身を捻って、地面に着地した。
そう思った時には黒い闇の結晶が、あちこちに魔物を吐き出していく。
数え切れないほどの量に増えていく。
倒れ伏した大鷲さんたちの上にもびっしりと。
隙間も見えないくらいの魔物達の向こう側で、闇の結晶が大きな頭のようになって、その口で笑った。
『さすがは勇者の仲間か。幼いと侮り油断したが、とうに成長していたようだな?』
「子供扱いしないで! もうとっくに一人前なんだから!」
『笑いはすまい。勇者が来るまでは、と思ったが……退くしかなさそうだからな。こいつは置き土産だ。ふたり揃って棺にならなければよいが』
それだけ言い残して闇の炎は燃え尽きて消えた。
崩れ落ちる。正直、ルカお姉ちゃんを助けるために全力を出しすぎて、もう動けない。
「はあ、はあ――」
荒い呼吸に続いて、きぃんって耳鳴りもする。
魔物たちがルカお姉ちゃんの身体を掴み、のしかかり。
背中を蹴られたペロリは必死に手を伸ばすことしかできなくて。
「たすけて、」
こんな時、願うことしか出来なくて。
「たすけて、」
それでも、信じている。
「助けて、お兄ちゃん!」
勇者と呼ばれた、大好きなあの人が来てくれるのを。
だからこそ。
「すまん! めっちゃ待たせた!」
突然地面が割れて飛び出てきた人は、お兄ちゃんでしかあり得ない。
真っ赤な炎を纏った大鎌を手に、空中に舞った岩を飛び移っては真紅の軌跡を描いてルカお姉ちゃんを襲う魔物達を一掃して、最後に大鎌をペロリの上に乗った魔物へと投げつけた。
全身の鎧が獣のように姿を変えて、尻尾と耳を揺らして漆黒の風となって吹き荒れる。
周囲を取り囲んでいた魔物たちを蹴散らしてペロリのそばへきて、大鎌を手にすると。
「レベル上げるのに手間取っちまった。すぐ片付けるから待ってろな?」
力強くそう言って、本当にすぐに魔物を片付けてくれるの。
ああ、だめだ。こんなの。
どうしたって……胸がどきどきする。
つづく。




