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第十五話

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 色町も過激なお店を抜けると、だんだん万人向けの大人のお店に変化していく。

 ただ、路地裏を覗くと表通りに置けない、より色気のあるお店が見えるから、歓楽街としての懐は広そうだ。なによりこの手の店が多いわりに、この街区ですら治安がいいのは驚きかな。

 客引きにしても強引な連中はいない。もっとも声をかけられたくない客にしてみりゃしんどかろうが、黙って通り過ぎれば放っておいてくれる連中ばかりなので、ものは考えようかな。

 通りを歩いていると、色町の中でも開けた場所に出た。

 賑わう声が聞こえるのだ。誘われるままに歩き続けると道の先にある大きな広場に巨大なテントが立てられていた。

 見れば人が集まって両手を掲げて拍手している。規則正しく、リズムを合わせていた。

 耳を澄ませば歌声と楽器の音色が重なって聞こえる。

 低音の力強い太鼓の刻むリズム、笛の音色に弦楽器や空気を振動させる巨大な音のうねり。

 旋律に響きが重なる歌声は少女のもの。

 歓声よりも彼女の歌声に誘われて足を進める。

 人が大勢集まりすぎてろくに見れないから、いっそ開き直って建物の壁をのぼって屋上へ。

 同じようなことをしている連中がいる中、あいている場所から見下ろして息を呑んだ。


「――……こいつは、驚いたな」


 ペロリだ。

 彼女はティアラをつけ、口元をベールで覆い、下着の上に透け感のある踊り子衣装を身につけて、杖を手に踊りながら歌を歌っていた。

 テントのそばには楽器を構えた連中が笑顔で彼女を見つめて演奏しているし、誰もが彼女に夢中だった。

 それも当然。なにせ彼女の目は憂いに満ちていて、浮かべる笑顔は儚げで。杖を使って大きく縁を描くように踊る彼女の動きは躍動感に満ちている。

 矛盾に引き込まれて、見ていると時折満ち足りたような笑顔を浮かべるのだ。

 心臓を揺さぶるような魅力に満ちた彼女を見ていると、不思議と儚げな笑顔が歓喜に彩られているように錯覚して見えてくる。

 本当の彼女の心境は? 歌声は何かを希うもの。なら、彼女は何を願っている?

 いずれにせよ、出会ったばかりの子供はもうそこにはいなかった。

 万人を魅了する大人の踊り子が、見事な舞いと歌を披露していた。

 でなければ説明がつかない。

 これほどの熱狂は。

 気づいたら手を叩いていた。

 俺たちの歓声が嬉しいのか、彼女のステップがだんだんと軽やかになっていく。薄く閉じられた目が何かを求めるように見開かれた時、俺と目が合った。

 途端、彼女の顔が真っ赤に染まってもつれるように踊りが止まる。


「あっ――……」


 目を閉じたペロリは杖を地面に刺して、右手を空へと掲げて回した。今や彼女の楽団となった人々が意図をくみ取って楽器の音色を中断させた。

 いや、太鼓だけは別だ。

 彼女が足で取るリズムに合わせて叩き続けている。

 左手で杖の先端に触れて彼女が何かを囁いた途端、杖の形状が変わった。それは彼女の歌声を拾うための――……マイクだ。

 単語が浮かんですぐに痛む頭を押さえて、彼女を見た。


「キスの意味を教えて」


 身体中の毛穴が開くような、恋に焦がれる声で彼女が告げた。

 魔法によるものなのか、拡声器を通したように伝わる声に誰もが意識を奪われる。

 歌詞のない歌声は、けれど一途な願いに満ちていた。

 瞼を伏せている時はわからない。けれど開けばわかる。

 彼女の視線は俺だけに向けられている。

 情念。

 先に聞こえていた無垢な歌声では決してあり得ない。

 その思いの強さがただ、俺へと向けられているのはなぜなのか。

 歌い終えた彼女は色っぽいため息を吐いて、深々と頭を下げた。

 誰もが手を叩く。楽団の連中が立ち上がって彼女を抱き締めて盛り上がっている中、


「あの子、いいな」

「ああ……まさかこんなところで聴けるとはな」


 そばで屋上の縁に腰掛けていた若い男二人に思わず尋ねた。


「さっきの、有名な曲なのか?」

「あ? ああ……なんだ、知らねえのかい?」

「あんたルーミリアの人間じゃねえのな。俺たちと同じ狼に見えるのに」

「いいじゃねえの。教えてやろうぜ? 観光客には親切に! ルナティカさまのお触れだ」

「――……んだな。姫さまに言われずとも、この街じゃあおもてなしが基本だ」


 二人は顔を見合わせて、説明してくれた。


「すげえ昔、ルーミリアに茨姫ってのがいたんだよ。魔王に連れ去られて、腹違いの兄を思って作った歌でよ。本当は歌詞もあるんだぜ?」

「結局、茨姫は兄に救われ、二人は結ばれて幸せになりました、と。それ以来、恋愛の歌として歌い継がれてきたんだ」

「どんな障害があってもただ一途にあなたを慕い、待っています、とか……なあ?」

「男冥利につきるよなあ……あの子のはよかった」

「だなあ……」


 歌詞はどんなのなんだ? って尋ねると、二人は苦笑いを浮かべて言った。


「男が男に語って聞かせる類いのもんじゃねえよ。女に教えてもらいな」

「んだんだ。ロートルパの色町のお気に入りに聞けば、誰もが喜んで教えてくれるぜ」

「俺はオススメしねえな。本命相手の口説き文句に使った方がいいぞ。じゃないと本気にされちまう」


 どういうことだ?


「愛の歌だからよ。あの歌を歌詞付きで歌われるってのは、つまり……告白なんさ。ってことは逆に言えば、歌詞付で歌ってくれなんていうのも告白なんよ」

「あの子に歌詞付きで歌われたらたまんねえだろうなあ!」

「夢見てんなよ。ありゃ高嶺の花だし、既にマブがいるよ。さっさと店いくぞ!」

「ちぇ!」

「じゃあな、あんちゃん」


 二人は立ち上がって、後ろの扉から建物の中に戻っていった。

 歌の意味か。大いに気になる。

 あいつは俺を見て、あの歌を歌ったから。

 意味を彼女は知っているのだろうか? 知らなきゃ歌いはしないか。

 だとしたら?

 眼下を見下ろすと、彼女が不安げな顔で俺を見上げていた。

 壁を降りて歩み寄ると、少し緊張した面持ちで歩み寄ってきて「あ、あの!」と口を開いた。めちゃめちゃ緊張されて、思わず同じくらい緊張する。


「あ、あの! ペロ……じゃなかった。えっと……えっと!」


 照れまくりの顔で彼女は小さな声で名乗る。


「ロリシアって呼んで」

「ペロリ、なんだよな?」

「そっちで呼んだら、子供扱いするでしょ? だから……やだ」


 ふいっとそらした顔の照れ具合が破壊力高くて、思わず「わかりました」と答えちゃう。

 勇者の性なんです。いまの言い訳を聞かれたら相当ばかにされそうです。


「い、意識の問題じゃない? 呼び方っていうよりは」

「いいから! 恥ずかしいの我慢してお願いしてるの! 察して!」


 なにその圧力!


「は、はあ」


 そういうことなら、気をつけるけれども。ロリシアって。

 そもそもあいつのフルネーム、ペロリシア・ペローリーだからな。

 ぺを取っただけやんけ。それでええんか。ええな。

 可愛いからいいや。ごねたら教会送りパンチが飛んでくるかもしれん。


「じ、じつは、こちらのサーカスで少しの間だけ、歌を歌わせていただくことに、なりまして」

「は、はあ」


 間抜けな返事しかできないんだけど。

 どしたの、ペロリ。口調まで変えるの? 敬語で大人デビューなの?

 それこそ新社会人っぽいけど。初々しさが溢れるけど、だいじょうぶ?

 可憐な彼女が耳まで真っ赤になりながら浮かべる照れ顔は見惚れるくらいに愛しいのだが、話の方向性がわからずに戸惑うしかない。


「まっ、満月の夜に、特別な歌を歌うので。あなたに、来て欲しいなって……思ったんです」


 そのおねだりのほうが恥ずかしいんじゃないか?

 だったらもう、いつものどおりのほうが楽じゃないか?

 なぜに側を変えようとするのか。


「そ、そりゃあまた……なぜに?」


 いろいろな意味で! そこんとこ、詳しく教えて!


「それは……その」


 視線をさ迷わせて慌てたようにその場に屈み「か、かんがえてなかったよ!」と小声で言っているんだが、どうしたらいいのか。


「あ、あなたに……聞いて欲しい、から?」

「さっきの歌よりさらに特別な意味の歌を?」

「はぅ!?」


 鳩尾を押さえてダメージを堪えるような顔をするな!


「そ、それは……うう」


 う? と尋ねると、


「ひ、ひとめぼれ……じゃあ、だめですか?」


 上目遣いでそんなことを言われてくらりときたので「全然いいです」と言っちゃいました。

 あ、あるやん。つい流れで的なの。

 まぎれもない告白だよなあ。

 わからん。俺にはペロリの羞恥心の度合いがさっぱりわからん!


「よかった!」


 立ち上がって俺に近づいてきた彼女が鼻をすんすんと鳴らして、それからきっと俺を睨んだ。


「また!? これ……この匂い」

「えっと……ペロリさん?」

「ロリシアって呼んでください!」

「は、はひ!」


 あれ? なんか目つきが一気に悪くなったんですけど。

 なんで俺の足を踏むの? 強めに踏むの?

 そしてなぜに俺の頬とか唇を布でごしごし拭くの?

 力が強すぎて皮が剥けそうなんだけど!


「もう子供じゃないから、わかるんだからね!?」

「なにが、とか聞いちゃいけない感じ?」

「私、お姉ちゃんたちよりも嫉妬してます! ううん、お姉ちゃんたちのぶんまでよりおこです!」

「よりおこ?」

「ふらふらふらふらして! それに腕の臭いは知らない人のでしょ!」

「うっ」


 ば、ばれてる!?


「手なんかぷんぷんしてる!」


 ばれてるね! 間違いなくばれてますね!? こりゃあ!


「懺悔することはありますか?」


 顎を下からがしっと掴まれてしまいました。

 えええええ。強制懺悔の流れ?

 嘘やん。さっきまでの蕩けぶりはどこへ?

 情緒不安定が過ぎない? 落ちついてみない?

 声に棘が。棘があるんですけど。

 さっきまでは好意100%だったのに!


「な、なんかすみません」

「いいですか!」


 びっと鼻先に指が突きつけられる。思わずびくっと身構える俺です。


「あなたが誰かと何かをすることで影で泣いてる子も傷ついている人もいるんです! 特にあなたが子供扱いする人はね!」


 お前やんけ!


「え、ええと? あのう、やけに具体的な指摘なんですが、いったい?」

「いいですか!」

「は、はい! 何をすればいいんでしょうか!」

「夜遊びしないの!」


 まさかのクルルたち以外からのお達し!

 いや、そういう店いくと一気に信用を失うくらいのことは俺でもわかるよ?

 普段でもきついのに、クルルとクラリスが妊娠中の時期に行ったら地の底よりもさらに深いところに落ちるってことくらいは、さすがにわかるよ!

 わかるから反省はするけれども! 歩いただけやねんと言いたいし、言ったらアウトに違いない。理不尽!


「き、気をつけます」

「どうせ気をつけたって無駄なんだろうけど」


 刺さるわあ。しかも今夜はその通りだったからなあ。

 不安にさせちまうところも、あの客引きのお姉さんの言葉をちょいと借りるなら愛が足りないせいなのだろう。


「悪かった。遊んだわけじゃなくて、探しに来た道中で客引きに会ったりコハナにからかわれてさ」

「……あっそ。ど、どうせそんなことだろうと思ってたけどね?」


 だったら顎から手を離してくれてもいいのよ。


「さっきの歌で吹き飛んだし、約束も守るからさ。ごめん! 許して!」


 両手を合わせて謝罪のポーズ!


「――……いっつもそれして謝って、なんでお姉ちゃんたちは許すんだろうね?」

「いや、あいつらは完全に許してるわけじゃなくて、おねだりポイントに変えてるだけな」


 そして俺は尻に敷かれるという寸法である。


「ふうん……お、おねだりね。ちなみにそれ、いまからでも有効ですか?」


 目をそらしながらお前なにいってんの。


「なぜに?」

「な、なんででもです! どうなんですか!」

「有効っちゃ、有効ですけども。使おうと使うまいと俺は行動を改めるし、すこしでも気が紛れてお互いに引きずらないようにできるなら、それくらいいくらでもどうぞって感じですけど」

「なるほど……じゃあ! 今度、歌を聴きに来てくれますよね?」


 あ、そこで使う感じ?


「おねだり使用しなくても来るつもりだったぞ?」

「よかった! 待ってますから!」


 心底ほっとしたのだろう。緩む笑顔で何かを呟く。


「よかった……クルおねえちゃんのノリでつい怒っちゃったよー」


 一気に戻ったな。


「俺は、そっちのペロリも好きなんだけどなぁ」


 そう言った瞬間の彼女のむすっとした顔と言ったら。

 本音なんだけど。俺の言葉が子供扱いに思えたらしい。


「なんでもないです! なんでも! じゃ、じゃあ! お風呂入って帰ってくださいね! ばいばい! またね!」


 背中を押してくる力は妙に強い。

 なんだかよくわからないが大事なあいつの頼みだ。ここは素直に従っておこう。




 つづく。

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