第十四話
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飯屋街を抜けるとお次は色町。
下着姿にしか見えない少女たちがあっちで手招き、こっちで手招きしております。
いやあ、ふと気づくとついてたわー。
こんなことってあるんですねー。
いやあ、あっはっは。
いやマジで隣にあっていいの!? 道を挟んですぐ隣の区画がいきなり色町ってのはどうなの? 焦る俺をよそに、観光客が割合多めに奥へと流れていく。
いわゆる一発やっちゃうお店よりも、手前にはお姉ちゃんだのキレイめなお兄ちゃんだのが集まる居酒屋が多めだ。そのあたり、一応考えて配置はされてんのかね。
それぞれのニーズに合わせた店が並ぶ。衣装を着ている居酒屋もちらほらと。
オネエの店もあれば、ドストレートにイケメン居酒屋も。中から景気のいいコールが聞こえてくる。
意外なのは男女の仲良しグループではしごしている連中がいることかな。
店の前に立つ店員さんが「お触りなしでーす」「いま空いてまーす」とゆるめに呼び込みを続けていた。それにしてもお触りなしか。一応、そこらへんは健全な体なのな。
意外にもうまそうな匂いが店の中から漂ってくる。飯にもある程度気を遣っているのかもしれないが、しかし普通なら飯じゃなくて酒を嗜むもんじゃないのか?
店員さんと一緒に食べるのか? な、なかなか斬新だな、おい。
さすがにこのあたりにペロリはいないだろうとわかっていても、戻っても見つからなかったからひとまず進むとマッサージ店が目立つようになってきた。このあたりもまだ歩いている男女比率は大して変わらない。ただ色気のある看板ばかりが目立つ。となればマッサージも、そういうマッサージなのだろう。こちらも店員のレパートリーがやたらと幅広い。
ペロリと同い年くらいの背丈と容姿の女子集団がきゃっきゃとはしゃぎながら、華奢なイケメンマッサージ店に入っていく。男が見ていようとお構いなし。その逆もまた然りで、男集団が決死の表情でお姉ちゃんのいるマッサージ店に入っていった。
誰もがそれなりに酒が進んでいそうだ。
楽しそうなことしてんなあ。そんなことを考えていたら、二の腕に誰かが抱きついてきた。
ふにゅう、とぷにぷにな感触が押しつぶされる感触に固まる俺です。
「ねえ、おにいさん。寄ってかない? ぱ・ふ・ぱ・ふ! してあげるわよ? いまなら格安」
「ぱふぱふ格安だと!」
なんだ、その妙に興奮を刺激するワードは!
だが痛い! 頭が割れるように痛い!
なんだかついていくとマッチョに何かされる! そんな予感がする!
「だましなしだよ? このおっぱいで、あ・そ・こ! ぱふぱふしてみない?」
ちらっと見下ろすといわゆるロリ巨乳系のプロの彼女のおっぱいはぼいんぼいんだった。
中に何か入ってんじゃねえの? ってレベルでぼいんぼいんだった。
あそこですか。あそこのぱふぱふですか!
「こ、これで? この凶器みたいなので? い、いやでもなあ! マッサージなのであって。ぬるぬるなしでしょ?」
「疑うなあ。じゃあねえ」
俺の手を谷間に招き、むぎゅっとはさまれる。
未だかつて感じたことのない弾力が俺の右手を襲う!
「これはぁ……お、た、め、し。ぬるぬるもありありだよ?」
「ぬっ、ぬるぬるも、ありあり……だとッ!?」
なんて破壊力なんだ!
今にも吸い寄せられそうだぜ!
「こ、これはあくまで好奇心からの質問でしかないが……おいくら?」
「お水が沸騰までの時間で金貨一枚」
その数え方、恐怖しかない!
「うちのはぁ。火をおこして、ゆぅっくり数えるからぁ……たっぷり楽しめるよ?」
「う……」
たっぷりぬるぬるありありぱふぱふ。
したいかしたくないかで言ったら、そりゃあしたい!
めちゃめちゃ体験したい!
いまだかつてないお乳による、ぬるぬるありありのぱふぱふだぞ!?
一生体験できないかもしれない!
「いまなら、みっつめまでなら金貨二枚にしてるんだぁ」
「な……っ」
なんたる値引き!
「お客さん、結構タイプだからぁ」
耳元に唇を寄せた女の子の、
「裸になってくれたらぁ。ぬるぬる、いっぱいだよ?」
とどめの一撃! つうこん! かいしん! 俺いま瀕死!
さすが客引きに出ている子! 心得ている!
見ればほかにも、この子のようにいけいけな客引きの女の子や男があちこちで、勧誘をしていた。がっつりいけいけな客引きな。断った相手にはしつこくしていない。むしろ笑顔で手を振って送り出すし、その後もいやな顔を見せない。
お店待機になる前の登竜門的な場所なのか、それとも客引きというエンターテイメントなのか。いずれにせよ徹底している。
仕事なのだなあと思って、ふと冷静になる俺です。
養育費稼ぎに旅に出てんのに、風俗で大金使ってる場合じゃない。
使いたいのはやまやまだけど、コハナに確認されたら言わざるを得ない。
ぱふぱふしてもらいましたと。
ペロリに今以上に取り返しのつかないレベルで嫌われる気がする!
俺はどすけべだけど。勇者はどすけべだけども!
「すまん。女の子を探しているから、ちょっと」
「あん! 私じゃあ、だめ? お兄さん、お乳に手を入れたままだから、気に入ってくれたと思ったのにぃ」
「やっ! やっ! まじで好みだし気に入ってはいる! いるけど! それがまずいというか! 機嫌を損ねた子を探している間に一発出しちゃうっていうのは、倫理的にまずいでしょうよ」
「なあに。事情ありなの? 惜しくなぁい? 私、これでも人気はけっこうあるよ? あとちょっとしたら、予約のお客さんでいっぱいになっちゃうの」
「うっ……それも納得するほどの魅惑のお乳なのは理解してる」
ぱふぱふ。ただで至福を貪る俺の右手。
すり寄ってくる彼女の身体は甘い蜜を何倍にも濃くしたような匂いがする。
それ自体はいい。
コハナが俺を落としに来る時につける匂いに近くて、嗅ぎ慣れてもいるし悪くはない。
「ああ、でも悪いけど、今日はいいわ。やっぱ今日じゃないわ」
「じゃあじゃあ、明日はきてくれる?」
笑顔の圧力がやばい。あと地味に次を取り付けようとする手練に唸る。
これくらいはこのあたりの客引きメンバーにとっちゃ常識なのかもしれないが、求められると悪い気はしない。
「仲間とうまくいって、魔物を倒して稼げたら来るかも」
「えー。それ本当にうまくいくかどうかわからなーい」
ぐさっと刺さるな! 悪気無い指摘なのに!
「お金はたくさんあるんじゃなあい? でも渋るってことはぁ、お小遣い?」
「……まあ。女子ふたりと旅してるので」
「あー。いろんな袋を掴まれちゃってるの?」
「は、恥ずかしながら」
「お兄さん、狼さんだよね?」
女の子がまじまじと俺の顔を見つめてきた。声のトーンがいくらか下がる。
素のトーンに近づいたかもしれないが、それでもまだよそ行きの営業トーンだ。
「たくさんお嫁さんいるかんじ?」
「ふ、ふたりいますけど」
「でもって、一緒に旅してるの?」
「や、それは……また別の子で」
「ふたりはお兄さんのことが好き?」
「かも……しれない? ひとりは翻弄しまくり、もうひとりは……もしかしたら? かもくらいなんだけどな。最近うまくいってなくて、俺やらかしまくりで追いかけてるとこなのよ」
「ふうん? ちなみに確認なんだけど、旦那はお兄さんだけ?」
「まあ?」
その質問がさらっと出てくるところが、多夫多妻がありな世界だけあるな。
「なるほどねえ。たくさんお嫁さんもらうなら、成功の秘訣はどっしり構えることだよ? 強さを優しさで伝えられる雄であることを示す! 私もねー。たくさんのお客さん見てるからさ? 間違いないよ」
「な、なるほど」
強さを優しさで伝えられる、ね。
強いだけじゃなく、優しく伝えるか。考えたことなかったな……。
「頼りになるとこ見せるだけじゃなくてさ? 相手の希望を叶えてなんぼだよ。返してくれる子を好きになるのが一番だし、そのためにもまず与えられるようにならないと。こんな風にね?」
お乳を両腕で左右から圧迫して、俺の手に幸福を授ける女の子に既に俺、頭があがらない!
「ちょっとした遊びだって受け止めてもらえるくらい、ちゃんと安心させていたりさ? 新しいお嫁さんが増えても自分は大丈夫だって自信をあげていたら、そうそうびびらないけど。それが足りないから、不安になったり大事にされてないって怒るわけじゃない?」
「うっ――……な、なるほど」
この子なにもの? あれなの? 欲望のお世話するお仕事してると、ここまで達観するものなの?
「アピールが足りてないのかもしれないね。お兄さん、ぽやっとしてるし。しゃんとして、大好きだって伝えたら、案外うまくいくんじゃないかな!」
「か、かなあ……なんかほんと、ありがてえなあ」
街中で客引きのロリ巨乳ちゃんに俺、人生相談に乗ってもらってる。
しかも結構的確な気がしてならない。やるな! この子! すげえ。俺むしろ途方に暮れてたのに、さっきよりもずっと、どうにかしてみようって気になってきたよ!
「しっかり問題解決して、お礼に必ず私に会いに来てね?」
約束と囁いて、俺の手をお乳の谷間から取ると手の甲に甘い甘いキスをしてきた。
「滅多にしないから、ここまでのさぁびす。待ってるね?」
落ちたよね。ああ、この界隈に来て遊ぶなら、まずこの子に会いに来ようって決意したよね。
未体験ゾーンの大きな乳だけに一度対戦願いたい気持ちは正直あるし、今の状態だって悪い気はしないんだけども。
そういうところじゃない。信頼みたいなものが芽生えちゃったよね。
「がんばって、いってらっしゃい!」
「う、うす! がんばるっす! どうもっす!」
女の子に手を振って離れる。
ダッシュだ。しかし前屈みである。
なんたる威力!
俺、客引きってもっとこう、露骨なものしかないもんだと思ってた!
いや露骨ではあったんだけど、絡め手も全然あるのな!
しかもあそこまで親身になられちゃうと、ぐらつくわ。すげえな! 感動してすらいるよ!
ハイな気持ちで十字路に差し掛かる手前で、俺ちゃん急ブレーキ。
腕を組んだコハナが冷たい目をして仁王立ちして、俺を待ち構えていたのである。
「みーちゃった」
さっきの子と同じ薄い白布だけを羽織っている。
なにゆえ? お仕事すんの? なにゆえ!?
「久々にロートルパの色町でお仕事しようかなあと思ったら、勇者様が他の子につばつけられてるー」
「ちょ、おまっ! え!? なに!? 待って待って! 心が追いつかない! なにやってんの!? お仕事ってどゆこと!? 見ちゃったって、え!? 質問が多すぎて混乱している!」
「ぜんぶペロリさまにしゃべっちゃおっかなー。今夜はめいっぱい浮気しちゃおうかなー」
笑顔で楽しげなコハナの口を塞いで、路地裏にそっと連れ込んだ。
「ばっかおまえ! 滅多なこと喋るんじゃないよ! ってか、なんだ浮気って!」
「はむっ」
塞いだ手に甘噛みされて慌てて離すと、コハナの両手が俺の腰に伸びてきた。
「ちょ、なにしてん」
「夜のお仕事前に、一発?」
「お前は色魔か何かなの!? だいたいその格好はなんだよ! 働くって、つまりあれか? しっぽりか? しっぽりなのか?」
「ええ。それはもう。コハナはいい大人なので? どんな手段で稼ごうとあくまでコハナの自由ですからね」
港町にいた頃はそりゃあいろいろあったろうし、俺と出会う前にもいろいろあったろうけども。それとこれとは話が別だ。
「くふ★ やめてほしいですか? 妬いてくれるんですか? まだ仕事してないですけど……止めないなら、今夜は大活躍しちゃいますよ?」
ベッドの上で、大勢の人の腰にまたがってなどと笑顔で囁くコハナに頭痛がしてきた。
でもコイツはこういう奴なのだ。
入れ込めば入れ込むほど深みにはめて溺れさせる。
かといって冷たくすれば容易く離れる面倒な、しかし可愛い奴なのだ。
「最近、コハナのことをちっとも構ってくれない誰かさんのことなんか、忘れちゃうくらいに……遊んじゃうつもりですよ? 本気の人がいたら、ぐらっときちゃうかもしれませんね?」
特に俺の元いた世界の女の子たちをなぜか思い出させるような、懐かしさのある顔だちで。
死神で俺を一度は破滅に近いところまで追い詰めてもなお、俺がこいつを捨てられないのは、つまり……そういうこと。
「これまで何人かいましたし。王侯貴族、魔王を討伐する使命を帯びた戦士や、魔物に狙われた村を守ろうと決起した少年。他にもいろいろ。心に残る別れと絆も――……不本意ではあるけれど。みんな、コハナだけを見つめてくださいました。それにね?」
囁きはすべて毒。
「お店で求められるのも、徹することができて案外悪くないものなんです。ふわふわしているあなたの横にいるよりは、マシかもしれません」
だから、
「やめろ。そういう金の稼ぎ方は禁止だ」
DL販売されまくっているえっちなRPGじゃないんだから……うっ(ry
「えーっ! それだけぇ?」
大いに不満だと訴えるコハナにこめかみがひきつりそう。
「妬いてるよ! ええ、ええ! いらいらしてます! 一度やったら彼氏面とか、そういうんじゃなくて! 俺はお前が好きだから! 俺の気を引くために他の男と遊ばれるなんてのは困るの! 傷つくでしょ!」
「傷つけたいんですもん」
シンプルかよ!
「既にその衣装で登場して、しかも過去に仕事してたっぽいだけで俺のハートはギリギリだよ! 受け止めはした! たいへんだったろうとは思うから! 過去の恋愛エピソードも、そりゃあ生きてりゃいろいろあるから受け止める! いまのコハナと出会えて、そのための力になったってんならいいさ! いいけれども!」
さっきの教えを、俺はいまどれくらい守れているか。
ハッキリ言って自信ない。
「でも、これからお前が仕事でストレス解消ってのは違うだろ。俺にできることがあればする。コハナにはもう、仕事があるだろ? それをやめないでくれよ。いまのまま、もっと仲を深めるってんじゃだめか?」
「その見通しが立ってないから、コハナはぁ――……ふむっ」
喋る口を塞ぐ。熱情と苛立ちと、そんなの吹き飛ばすくらいの思いをこめて。
すぐに貪り返してくるあたりは、熟練した経験者ならでは、か。
合間にずるいと囁かれた。
俺もそう思う。
とろん、とした目で俺を見上げ、首に両手を伸ばして抱きついてくる。
冒険を終えて数え切れないくらいにして、お互いに言葉なんてなくても何を望んでいるのかわかっている。
飛びついてきたコハナを抱き締める。
ずっと堪えていたのだろう、コハナの怒りに覆われた欲望の熱をなだめながら、見つめあう。
悪戯っぽく笑うコハナの瞳は、俺を真っ直ぐ見ていた。
試しているのだ。
俺が本気なのかどうか。
ならば、止まる理由などありはしない。
◆
白布を燃やしていつものメイド服姿に戻った死神は、至福の顔で俺の腕に抱きついていた。
「たまに栄養をくれないと、花は枯れてしまうんです。栞に使えるように加工するまで、きちんと育ててくださらないと、クルルさまやクラリスさまでさえ苦しんでしまう。コハナやペロリさまに至っては、もっと足りないのですから。ね?」
頬に口づけてから、耳元で「もっと愛してくださいませんと」と囁いてくる。
一気に肌がつやつやしてんなあ。わかりやすい奴だし、なのに俺はフォローをしそびれていたわけで。
「悪かったよ。たしかに……俺はいろいろと足りない」
「それを自覚するところから、成長は始まるそうですね? コハナは刹那主義に逃げて破滅したがるところがあって、この世界に来てからというもの――……いえ。忘れてください」
思わせぶりなことを言った彼女は、顎に人差し指を当てて微笑む。
「勇者さまの愛はコハナの主食ですので。飢える前にたっぷりご飯をくださいませ」
「主食レベルって、三食必要ってことか?」
「願わくば! おいしい三食を味わいたいものですよね?」
いい顔して言いやがって。まったく。
「だから離さないで……もっと愛してくれなきゃ、だめですよ?」
急に可愛いこと言ってなに、と言おうと思った唇を塞がれた。
行為に繋がるような情欲に満ちたそれではない。
恋する少女が背伸びしてするような……微かなふれあい。
離れたコハナははにかんで、先に部屋に戻っていると言って立ち去る。
なぜか、心がぐらつく。クルルやクラリスとはまた違う形で。それはこの世界に生きると決めた俺には、問題というよりむしろ、大事な課題だった。
コハナには、やっぱり何かしらの事情がある。闇が深そうなあいつが、いまの状態になるほどの事情が。
どうにかしたいと思うし、それはいまじゃない。
「ペロリを探す。まずは、それ」
このままここにいたら、後を追いかけて押し倒してしまいそうで。
コハナは望んでいない。いまはもう、これでよしと彼女から去った。
追いかけて欲しいときの去り方なら、クラリスあたりがしたら追いかけるべきタイミング。
でもコハナの場合はもっとわかりやすく、もっとえげつない手すら使うだろうから。
彼女はもう、いまは離れたいのだろう。
いまは行こう。
「それにだ」
旅は続くしチャンスはあるし。
あれ? 今の付け足したことによって色々台無しになった感じ?
お、おほん!
「待ってろよ」
急いで路地裏から出る。
だいぶ寄り道をしてしまった。
さっきのコハナみたいに、もう大人になった証拠を示すつもりで、おかしなところに行っていなきゃいいが。
つづく。




