第十一話
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洋服を贈れたからっていうだけじゃ説明がつかないくらい、ペロリの機嫌がいい。俺に対するつれなさは相変わらずだが、敢えて話そうとしない限りは嬉しそうだ。
新しい服に着替えてはコハナに「どう?」と聞き、三歩歩いてふり返っては「どうかな?」と聞き、跳んで跳ねてルカルーに教わったらしき格闘の型をやってみせては「どうどう?」と聞いてくる。コハナは微笑ましそうに「よろしゅうございます」と答えていた。
新しい服が似合っているのはもちろんだし、裾が捲れてパンツが丸見えになるくらいのハイキックまでする必要はないと思う。
はらはらしちゃう!
保護者的な視点がいまだに俺の中には根強くて、心配する俺を見るとむすっとするのだ。
そもそも俺に見えるような体勢を取らないあたりにも、なにかしらの変化が眠っているのだろう。
もしかして、本当に?
万に一つの可能性だが、ペロリは俺のことを?
毛嫌いしまくり?
それとも意識はするけど、怒りの割合大きいからまずそれをなんとかしろよってこと?
わからん!
クルルが最初の旅、それも最初の飲みの席で早く経験したかったからという思惑もあったと聞かされたときなみの衝撃が俺を待っているかもしれない。
なんてこった。
仲間として魔王を倒す旅をクリアしたにもかかわらず、未だにわからない。
本心なんて語ってもわからなければ、語らないとよりわからないものなのかもしれない。
会話がうまくできない時点で現状はいろいろと望み薄である。とほほ!
考え込んでいたら、アメリア船の船員に声を掛けられた。ハルブの連中にも人気の魚料理屋に誘われたのだ。
奥のテーブル席に座ってふと通路越しの隣の席を見たら、緑髪の美女がいた。席に立てかけているのは弦楽器である。
あの吟遊詩人だ。しれっと座っていやがった。逃げたんじゃないのかよ!
待って? 食事の席につかないで? もうちょっとこう、ミステリアスでいて?
なにしてんの!?
そいつが呆気にとられるほど大量の皿に手を伸ばしている、
グルメファイト中なの? それとも元々食いしん坊なの?
「おや」
おやじゃないよ!
「おまっ」「あなたは!」
俺よりも露骨に大きな声を出したのはコハナだった。
「な、な、な、なぜ、あなたがここここここ、ここに?」
あれ? コハナが珍しく動揺している?
「何を驚いているんだか。わたしが現世に来たことくらい、きみはお見通しだろうに」
「ゆっ、勇者さま、お気をつけください!」
ペロリを背にして、緑髪を睨む。
コハナがこれほど警戒するのは珍しい。
吟遊詩人は見れば見るほど美しい。
つりあがった二重の猫目といい、勝ち気につりあげられた唇の端といい、猫の耳と尻尾といい、コハナ同様、俺くらいの奴じゃあ手玉に取られるタイプの相性とみた。
それはそれで悪くなさそうな、
「せいばい!」
「いたたたたたた!」
背中をぐいいいいっとつねられた。
ふり返るとペロリの眉間の皺がやばい。深すぎた。俺の業も深すぎたかもしれない。
「なに見てんの? 鼻の下。さいてーっ!」
「す、すみません」
平謝りして、必死に頭を下げてようやくつねるのをやめてもらった。
青あざできてそう。ワンパンで俺を教会に気持ちよく送れるペロリだからな……。
俺よ、いい加減おちつけ! 独り身じゃなくなって久しいのだ。下半身で物を考えるのはいい加減よせ! 彼女を刺激してはならない!
「別に今日はご飯を食べにきただけさ」
「今のあなたは、何者なんですか?」
「あくまで天界から来た吟遊詩人さ」
コハナと吟遊詩人の会話は俺たちに構わず続いていた。
ふ、と笑って弦楽器を手に取ると、美女は律儀に代金を置いてすたすたと歩き去ろうとする。
俺がアメリアにもらった革袋とまではいかないが、半分くらいのサイズだ。
どれだけ食べたんだよ!
「ちょ、ま、お前っ! リコだけじゃなくあちこちで薬をばらまいてんだろ! 何が目的だ!」
「ふふ」
ふり返ると、間に入ったコハナなんて気にも留めずに美女は俺ののど元から顎下にかけてを人差し指でなで上げた。
ちょ、ちょっとぞくっとしますね! どきどきしちゃいますね!
そしてペロリから殺気を感じますね!?
のーもあ下半身! 勇者の下半身も勇者? いらないの! それはいまいらないの!
「仕事デス。せずに済むならずっと寝ていたいくらいだ」
じゃあね、と言って立ち去る。
けれど追い掛けるどころじゃない。
コハナの体が強ばっている。去りゆく吟遊詩人の殺気を浴びているせいだ。
緑髪の彼女の殺気は、コハナがごく稀に死神としての本領を発揮した時に放つくらい強大なものだった。
「……んしめ」
「コハナ?」
「気分が悪いです。ご飯を食べてさっさと寝ましょう」
ぶすっと頬を膨らませて椅子に座るコハナ。
追いかけるつもりはなさそうだ。
俺としちゃあ、倒して情報すべてまるごといただきたいところなのだが。
コハナが警戒するほどの相手ともなると、いまのパーティーじゃきついかもしれない。
そもそもコハナを刺激したら、仲間なのに俺が教会送りにされそう。
教会送りといえば、思いだした。
俺はペロリにそっと尋ねる。
「鼻の下のびてた?」
「でれでれしたときの癖、クルお姉ちゃんたちも知らない癖――……ペロリは知ってるもん」
いいからご飯食べたら? と不機嫌そうに言われた。
あれえ!? さっきまでご機嫌だったのに!?
たしかにね? たしかにいまの俺はもうそろそろ落ち着いていろよって話なんだけどさ。そんなにだめ?
下手したらクルルたちよりも誰よりも、ペロリが特に怒ってる。
「た、たしかに……よくないよな? 反省するよ。俺も、その。もっとしっかりしなきゃいけないもんな」
「――……そういうことだし、でもそういうことでもなくて」
どゆこと? ますます不機嫌になるのではなんで?
「いいから食べたら? あと、お兄ちゃんは新しい女の人にでれっとしたらワンパンの刑だから」
「おっ、おう……」
ワンパンイコールキル宣言ですよね!? 懺悔しろパンチなのかな? 一発で教会送りだもんな?
まじかー。
新しい女の人にでれっとしたらアウト。
やっぱりそれって、と思いはするが顔には出せない。
いまのペロリを刺激したら、無慈悲に教会送りにされそうなので。
赤魚の酒蒸しとかタコの揚げ物とか、色々とうまい飯は出てきたっていうのにふたりの機嫌は直らず、宿で寝る時も二人して早々に横になってそれっきりだった。
クルルがいてくれたらな。それかクラリスがいてくれたら、俺に助言をくれるだろうに、今はそれもない。
ルカルーがいてくれたらそれとなく注意してくれる気もする。
ほんと、俺はみんなに頼り切っていた。
まいったな。俺は思っていた以上に、ひとりじゃたいしたことができない。
◆
ぼんやり考え事をしていたらいつの間にか寝ていたらしい。
乾燥しているのか、とにかく喉が渇いた。
起きて水を飲む。
潤うようで、乾いている。
ここんとこ、なにかと失敗が続いているなあ。我ながら、さすがに情けなくなってきた。
吟遊詩人の対処はもちろん必要だ。コハナは彼女の知り合いのようだった。
天界というフレーズ。女神がいかにも関係していそうだ。
俺の知らないコハナの一面も、彼女なら知っていそうである。
コハナは俺にそれを知らせるつもりはないのか、話題を振っても流された。
あいつ、かなり頑固だからな……ペロリもいい勝負だが。
ペロリと言えばだ。
コハナは気持ちよさげに寝息を立てているが、ペロリはいない。
あんなに大喜びして着ていた服が綺麗に畳まれて置いてある。代わりにもう一着がなくなっていた。
魔王クロリアを仲間にして以来、ルーミリア帝国は平和になったと聞いている。
とはいえあの雑な女神の言うことが本当なら、新たな魔王が出てきているはずだし、となれば魔物が増えていてもおかしくない。
そもそも力が異様に強いわ治療の奇跡が使えるわ、と武闘派聖女の道を歩むペロリは強い。勇者の俺もワンパンで気持ちよく教会に飛ばせてしまう。ルカルーに訓練を受けて、ますます戦う技術に磨きがかかっているしなあ。
強い奴なのだが、かといって夜中に出歩くのを放っておくわけにはいくまい。
宿を出て周囲を見渡す。
ランタンや魔法灯の照らす道に人の姿は見受けられない。大通りから飲み屋街に入れば賑わいが聞こえてくるが、そんなところにペロリが行くとも思えない。
港へと向かっていくと、空に少しだけ欠けた月が見えた。
ぼんやりと見ながら歩いていたら、耳にしゃん、しゃん、という音が聞こえる。
なんだ、と思って顔を向けて――……息を呑んだ。
「――……」
一人の美しい少女が踊っている。
銀の髪をたなびかせ、身体を覆う半透明の装束に浮かぶ細くしなやかな身体を曲げ、屈み、かと思えばぴんと指先まで伸ばして――……くるくると回って。
透けるような衣装の端々についた珠や黄金が銀の髪と共に煌めいて。尻尾が大きな円を描く。
楽しげな顔を浮かべる彼女の目は閉じられていた。口から紡がれるのは歌声だ。
コハナや吟遊詩人のそれとは違う、歌詞のないただの旋律。
彼女は歌うのが楽しくてしかたないのだろう。
裸足で踏むステップはリズムを足して、手首や足首についたリングを揺らして音を鳴らす。
彼女の目が開いた。
何かに恋い焦がれるように潤み、蕩ける瞳の感情を俺は知っている。
クルルが、クラリスが俺に向けるものだ。
ナコやコハナが俺にたまに向けてくれるものだった。
港の先で踊る彼女は誰なのか。
月明かりを浴びて踊る彼女は美の化身のようだった。
その美しさに見惚れて結局俺は動き出せなかった。
身を屈めると、彼女は祈るようにやや欠けた月へと手を重ねる。
「――……すき」
囁く程度の声でしかないはずなのに、
「すきなの」
確かに聞こえる……愛の告白が。
「はやく……はやく、まんげつになりますように」
淡く光を放ち、粒子は蝶となって月へと羽ばたいていく。
美しき少女。
けれど、着飾って踊る美しさに見惚れて気づかないようにしていただけで、誰かは明白。
ペロリだ。
「ねなきゃ……だめだよね」
立ち上がって宿に戻る彼女を見て、そっとその場を離れる。
先に宿に戻った。
全力で早歩きをしたよ。
見られちゃだめだと思ったから。
横になっていたら、ペロリがそっと部屋に戻ってきた。
物音を立てないように気をつけて、衣服を脱いで下着姿になってベッドに入る。
視線を感じたから寝ている振りをしたら、聞こえたよ。
「おやすみ、おにいちゃん。明日はよそみしないでね?」
呆れた声なのに、そこから愛情を感じとるのはなぜか。
思い返してみれば、この世界に来て好意を向けられることの方が多かった。
でもだからこそ、好意に見合う何かをしようと常に心がけてもいる。
ならペロリに対して、俺は何が出来るんだろう。
その答えはどれだけ考えても出ない。
寝る! そう決めないと、とてもじゃないがどきどきしすぎて眠れそうになかったよ。
◆
翌朝、ハルブから出た俺たちの頭上で稲光がごろごろと。
見上げてみれば女神が顔を出すではないか。
後頭部でしたけどね!
「あっ、あっ、ちょっ、まっ、ええー? 子供向けのゲームでしょお? 全体攻撃がもれなく弱点ってなんだよー。新作の体験版でも大人しくやってにゃ、ってことー?」
「おいっ。おいっ、うつってんぞ。後頭部が」
「え?」
ふり返った女神は何度も頭を後ろ、前、後ろ、前を繰り返してる。
「めんどくさい、なにやってんだ。いいから用件を言え」
「なんだよー。何度見してんだおまえはよー的なツッコミいえよー」
「コハナ、なんとかいってやくれよ」
「拒否デス★」
「ですよね! いいからさっさとしてくれ」
眉間の皺をモミモミしながらため息を吐いた。
すると女神が俺を指差して、笑顔で言うのだ。
「ねえタカユキ。新シリーズになるとさ、なんでか装備とかお金ってなくなるじゃない?」
「まあ、よくある展開だな。レベルとかも初期値になってたりとか」
「そこいくとさ。これゲームじゃねえから、装備も経験もなくなってないけども……魔王がいるとこに行くとなると、それじゃ足りないかも」
「えええ……レベルあげろ的な振り? やめてくれよ、めんどくさい。そもそも魔王どこにいんだよ」
「帝都じゃね?」
「またぁ?」
「それか魔界じゃね?」
「どっちだよ!」
おほほん、と咳払いをした女神が急に真顔になった。
「それは……」
「それは……?」
「それは!!!!」
「それは!!??」
「知らない! てへ☆」
期待した俺がばかだったよ!
舌を出すな、可愛いけど見た目はさすが女神だけど、だからこそ腹立つ!
「どうせ魔界にいくならさ? ざっくり北へいってよ。帝都のそばにあるし、穴が……きゃっ、女神なのに穴だなんていっちゃった☆ ひわいすぎー」
「めんどくさい!」
「ああ、はい。不評ですね、はい。不発もよくある。女神だもの。てへ!」
咳払いをすると、女神は言うのだ。
「帝国各地にある勇者の墓を訪れるがいい。装備が強化されるで、あろう……今日は字がおっきくて見やすいじゃん、やっるぅ」
虚空を指差してにっこり笑う女神に突っ込みたい。そこに誰がいるんだと。いい加減紹介してくれてもいいんちゃう? と。
「じゃ、そういうわけで。またね! あと今のまま突っ込んだら強くなった魔物にやられて教会に戻されちゃう可能性高いから、気をつけてねんねんねん……」
ふうっと消える前に、相も変わらず大事なことをしれっといった。
むしろその発言にまつわる情報のあれやこれやを喋っていけ! という話なんだが……あいつに多くを求めてもしょうがない。
「行くか」
頷く二人と歩き出す。すると、聞き慣れた声がどこかから聞こえた。
「やっと旅に出たね! 隠れて追い掛けてきたけど、いい加減まちくたびれたよ」「いろいろ波乱がおきそうですわね。そんな折にわたくし、新たな錬金術のレシピを思いつきましたの。その名も三秒で爆発するくす」
ぼん!
とどこかで何かが爆発した音がしてきょろきょろ見渡したが、何も見つけられなかった。
強いて言えばハルブに入る扉の近くで小さな煙があがっているような気がする。
ま、気のせいだろう。
つづく。




