第一話
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スフレ王国の王城、会議室。
言うまでもないが王国の重鎮が集まり、国策について真剣に語り合う議論の場である。
そこで、世界を救った勇者の俺は嫁に言われるのだ。
「養育費がありません」
俯くしかないよね。
王国の防衛の要となる将軍だの、魔王軍にけちょんけちょんにやられたけれども尊厳は揺るがない貴族のみなさんをまとめる頼りになるお祖父さまだの、そういうお堅い人たちがいる中でだぞ?
金がねえよと言われることのつらさよ!
「それに――……実は結婚式を挙げる費用もありません」
そして次の言葉に顔を背けます。
前者は王国きっての天才魔法使いクルルから。
後者は王国の頂点に立って魔王軍と戦っていた第一王女クラリスからの言葉だ。
ふたりとも王国にとって大事な存在なのは明白な事実。
にも関わらず。ああ、にも関わらずである。
あろうことか、魔王を退け世界を救った勇者の俺はふたりと関係を持ち、挙げ句、生活の面倒を見る能力がないのである!
いや、どやって主張してもね。
この場で返ってくる言葉なんて「おい、このクソ野郎」が関の山じゃないか? 俺でもそう思うし、理由がないでもないけど主張もできない。
魔物を倒してお金を稼げばなんとかなりません? なんて言えない。
なにせ魔王軍を退けたあとだ。
お金を持っている魔物はもういないのである!
なので、働くしかないのである!
魔王軍を退けるくらいの功績に応じた報奨金が出てもよくないかって? それでじゅうぶん養えるんじゃないかって?
ははっ。
そう思っていた時期が俺にもありました……。
クラリスのメイドであり死神でもあるコハナは微笑みを浮かべて俺を見つめています。
「勇者さま、現実を直視なさってください。お金はもうありません」
死神による死刑宣告に俺は「う、ぬう」と唸りました。
そう。
ないんです。お金が。欠片も。残ってないんです。
いや。待って。説明させて?
一応さ。意味なく失ったわけじゃないんだよ。ほんとに。
「勇者タカユキがまさか家族を養う甲斐性なしとは。どうかと思いますわ」
クラリスの妹でありスフレ王国の現女王カナティアの言葉に返す言葉もございません。
そう……俺の名はタカユキ。敢えて言うならタカユキ(仮)。本名は知らない。
女神に召喚されて、魔王クロリアを討伐し、世界を救った勇者なのである。
救世主なのである。
ヒーローであり、尊敬を勝ち得た勝者なのである。
人生勝ち組決定なはずである。
「救世の英雄にこのようなことは申し上げたくありませんが――……懐妊した妻の面倒も見られないとなると、我が国としても対応に困ります」
カナティアの発言を受けてクルルとクラリスの膨らんだお腹に視線が集まる。
そうなんです。
できちゃったんです。
ふたりそろって。
俺の世界と成長の速度が異なるのか、動物の耳と尻尾が生えたこの世界の人間は俺の世界の人間よりも早く成長する。そのうえ、華奢な見た目に反して強靱な肉体の持ち主ばかりである。
ぱちぱちと部屋の照明が音を立てた。
広々とした王城の会議室は石で築かれた荘厳な部屋作りである。
壁の至るところに設置された燭台の灯火はすべて魔法によって光を放っていた。
いかにもファンタジー。
だが俺の抱える問題はお金がない。
やだ、超リアル! 勇者になっちゃったこの状況下で、赤ちゃんがすくすく母体で成長中の嫁がふたり! もちろん逃げられないぞ! そんなことをしたらクソ野郎未満のなにかになってしまう。
そんなつもりはないし、なんなら決意もしているのだが――……決意で金は生まれないわけで。
「金策ね……わかってる。みなまで見るな。わかってる! わかってるんだけれども、魔物いないじゃん?」
白けた無言が痛いなあ! 刺さるね!? うん!
「働くにしても、軍はアウト。位を授かるのは難しいわけだもんな?」
今度は反応あり。
カナティアが申し訳なさそうに俯き、軍と貴族のトップ二名がそれぞれ渋い顔で顎を引く。
問題あるんだろうなあ。ぽっと出の男が世界を救っちゃうと面子が立たなくて。
「で、普通に働く分には問題ないわけで――……それじゃあ、稼ぎが足りないわけで」
憂鬱な思いで呟いた。
多夫多妻が認められているこの世界で、俺は二人の仲間と結ばれた。
それだけじゃない。他にも関係の深い仲間が複数名いる。
だってのに、一人としてもまともに養えないんじゃあお話にならない。
とはいえ、なあ。
世界を救っちゃったあとの勇者の仕事はないんですよ。
治安維持は軍のお仕事。そう言いきられちゃうと無理。
勲功を授与するも貴族たちに多大な影響力を与える厄介な門外漢として振る舞う輩も、過去にいたそうで。そういう奴は女神がさっさと元の世界に戻したそうだが、また新たな魔王軍が攻めてくるようなことがあると、王国の民はみな困るのである。
次の勇者が来るまで待つのもなんだし、できればいてほしい。
それもできるだけお金がかからず、面倒のない方法での滞在という形が望ましい。
ううん!
リアル!
わかる!
しょうがないから働くしかないのだが、王国にとって戦うしか能のない俺が稼げる仕事は現状ないそうだ。
あははははは。
やっべ!? どうすんの!?
◆
会議を終えて外に出るなり、俺はコハナに呼び止められた。
「勇者さま、折り入ってお話が」
「なんだよ。お前のことだから、面倒ごとの予感しかしないぞ? いい話?」
「くふ★」
やな予感しかしない。
意味ありげに笑う黒髪の少女。ともすれば俺の世界にいる人間と大差ない顔つきのコハナは、旅の途中で出会ったあくまで死神。
そう、悪魔で死神なのである。どこかで聞いたフレーズだな! おい! ほどほどにしろ!
彼女のせいで酷い目にあった。それだけじゃなく、救われもした。
いろいろと呪いだの世界の事情だのに明るい奴なのだ。頼りになるのだが、しかしあまり頼りすぎると最悪の形で足下を掬われてしまう。
天使のような悪魔なのだ。しかも死神。どう信じればいいのか、いまだに持てあましているよ。
「クラリス様のお子さまの影響で、母体を救うためには……彼女に悪魔になっていただく必要があります」
また急にどえらいこというなあ!
世界を救ったあとにそれ!?
「えっと……え。世界を救ったのに? 敢えての悪魔? なぜに?」
厄介事は金策だけに留まらないんですか?
わりとお腹いっぱいなんですけど。
勇者、初手でお金がないって言われてだいぶ凹んでるんですけど!?
クラリス。
クラリス・ドゥ・カリオストロ。
彼女はスフレ王国の皇女だった。
スフレ王国には代々錬金術が伝わっているんだが、彼女は俺を落とすために媚薬を使ったのだ。その媚薬に子供ができるという作用があるっていうんだから驚きだ。ちなみにクルルもまた、その薬を使って現在俺の子を宿している。
その薬の副作用のせいで、子供は魔の属性に引き寄せられてしまうというのだ。
じゃあクルルもやばいんじゃないかって話なんだが、あいつは女神たちの使徒である天使になる魔法を使えるらしい。
魔王との対決の時にそれを使ったクルルの子は、属性として天使に引き寄せられる。母体に寄せられる形で、子供もまた天使に引きよせられるのだそう。
ちなみにクラリスとの子は男、クルルとの子は女と判明している。
今から楽しみでしょうがないんだが、心配事もある。
どちらも人ならざる力を宿して生まれてくるのだ。
死神でもあるコハナ曰く、二人が仲良くする限り未来は大丈夫とのことだが、そもそもまず出産を無事に乗りこえなければならない。
「まずひとつめ。クルルは大丈夫なんだよな?」
「はい、それはもう。その身体に天使の名残が残っておりますので。ですから」
「問題は天使の力の干渉などない、クラリスってわけか」
「はい、そうデス★」
「その語尾は怒られるからやめてもらえます!?」
「ぶう」
妙なポーズとりやがって、まったく……きらぼし!
「で、クルルが天使になるならクラリスには悪魔になれ、か」
「魔王クロリア様がいらっしゃるので、それはすぐに実行可能です。天使と悪魔。調和を保つことができれば、危険なことにはならないかと」
魔王クロリア・ハスハスタル。
スフレ王国と海を挟んだ北にある島国……ルーミリア帝国にあいた、魔界に通じる穴より出てきた魔王だ。
俺は魔王クロリアとの初戦で彼女の力によって魔物にされてしまった。人間には戻ったんだが、その名残としてチャームの力を手に入れたのだ。
キスしたら惚れさせるというばかげた力なんだが、俺は最後の決戦でクロリアにその力を使って、なんとか押し切った。クルルと魔力で拮抗するのみならず、ラスボスにありがちな変化をしそうだったからな。戦っていたら負けていた可能性が高い。
俺の魔物の力もいまとなっちゃ、どれだけ残っているんだかしれたものじゃないしなあ。
一緒に家で暮らしているクロリアの力は健在。仲間になってくれたとはいえ、不安がないわけでもない。
なのに、ただでさえ健康が心配な嫁ふたりにさらなる心配が重なると、ストレスがやばい。
クルルとクラリスのほうがつらいだろうからな。
ここは俺の正念場なのだが。
「どんな問題が?」
「クラリスさまには錬金術の知恵を授けるべくコハナと契約しています。そのため、クラリスさまが悪魔になった際の力は相当なものになるかと」
「ふうん……いいんじゃないの?」
話せば長くなるが、クラリスはスフレ王国に受け継がれつつも失われゆく錬金術の知識を死神のコハナから引き出すために契約をしたのだ。
「出産後は人間に戻りたいというのなら薬が必要ですし、事実クラリスさまは望んでいらっしゃいます」
「あああ、その……錬金術で作れる、時を戻せる薬じゃだめなのか? あったじゃん。使ったじゃん? あれはだめなの?」
実際、クロリアとの初戦で悪魔になった仲間たちはその薬を用いて人に戻ったのだ。
効果は折り紙つき。あれさえ使えば問題ないじゃん?
「材料がもうこの世にはないので」
材料ももうないじゃん! ってか。
おおう。そういうこと!?
「魔界には金銀財宝が眠っておりますし、それこそ凄まじい力を秘めた薬もございます」
「えっ、待って? いまの、こう言ってる? 魔王も倒せたし、ついでに魔界も制覇して荒稼ぎしちゃえよ、ゆー! 的な!? てーきーなー!? 魔王倒したのに!?……とってこい、と。稼いでこい、と。そう言ってます!?」
「どや顔だし嬉しそうですねえ」
んなことねーし!
「魔王軍がまだ攻めてくる可能性もあるかもしれませんよ?」
そうだった。コハナの言うとおりなのだ。
魔王は倒した。
だがいわゆるお約束的な「そいつは我らの中でも」的な展開が待っていた。
魔王本人の言葉なので、どれほど本当かは疑わしい。
本当ならこの世界に魔界から出てくる魔王は一番強い魔王だと、俺は以前聞いた気がするし。
「ちょうどいいじゃないですか。攻め込まれる前に攻めちゃいましょう。それって勇者の仕事だと思いますので。だ・い・た・い」
囁くコハナの声の悪戯っぽさよ。
「与えられた領地で畑を耕す。人、それを農夫と言う、デス★ 勇者じゃないデスよ?」
「ぐ、ぬう」
最近の俺の仕事をそれっぽく言いやがって……!
魔王を仲間にした俺はスフレ王国を救った。むしろ貶めているような気もするが、とにかく! 俺はその功績を認められて、仲間達と過ごせる一軒家をもらった。
そして一軒家の周辺にある農地を、旅で稼いだ金で買ったのだ。
それで金欠とか笑えないし、もっとご褒美くれてもよくない? とも思う。
「そうなると……旅か」
会議室の中をそっと覗く。
クルルとクラリスは妊娠して半月は経ったか。
いわゆる安定期というやつだ。
勇者が魔界に行く旅には絶対に危険が伴う。
お腹の大きくなったクルルとクラリスはさすがに連れてはいけない。
となると……。
「身体の管理上、クラリス様のそばをクロリア様は離れられませんし。天使に近しいクルル様にはナコ様がついているべきかと」
ナコ……ナコ・ル・ナティック。
それはルーミリア帝国の村に住んでいた巫女の名前だ。
白銀の一角馬の精霊ニコリスによって、処女懐胎で生まれた女の子。
彼女の精霊使いとしての力は超一流だ。なお、俺が手を出した女の子でもある。
「お前はどうする」
「コハナはもちろんついていきますよ★」
俺の腕にぎゅっと抱きつくコハナの色香は死神ならではの、手を出したらどこまでも落ちる危険なものだ。どきどきするな。持っていかれるぞ! すべてをな!
「とすると、ルカルーは」
「先月よりルーミリアに向かっております。お姫さまですからね」
「そうだった……」
ルカルー。本名をルナティカ・ルーミリアと言う。
出会った頃はただの村娘だと思っていたのだが、実は彼女は魔王によって占領された帝都から命からがら逃げてきたルーミリア帝国のお姫さまだったのだ。
それゆえにちょくちょく帝国に戻っているんだったな。
「ペロリ様と三人旅になりますね」
ペロリ……ルーミリア帝国から逃げてきた、聖なる乙女。
ペロリシア・ペローリーという名からは想像するのが難しいが、治癒や復活の奇跡が使える女の子なのだ。
幼女だが、文字通りその力は侮れない。
意外と怪力だ。前の旅ではあまり目立たなかったが、ペロリは強い。
「今の時期に二人にショックは与えたくないんだが」
「でも稼がないと。いまより情けない姿は見せたくないでしょ? いまが十分最悪なので」
「……やれやれ」
後頭部を掻いて、俺は会議室に戻った。
たしかに最悪だ。
お金がないからな。
◆
ペロリは渋い顔で唸った。
「お兄ちゃんと旅ぃ?」
一軒家の前で、少し肩口にかかるころの銀髪の美少女が顔をくしゃっと中心に皺を寄せるように歪めて、渋っている。
彼女がペロリだ。
透け感のあるローブを身に付ける穢れを知らぬ清らかなる乙女。
彼女の力は淫魔になった俺を、その聖水で人間に戻すくらい清らかである。
俺ってば一体なにを考えてるんだろうね!
最近のペロリは白を基調に青と金のラインの入った、身体にぴったりと吸い付くようなスーツを好んで着ていた。ゆったりめの半ズボンは本来の彼女の活発さを表していて、いいな。
「ねえタカユキ、やっぱり私もついていきたいかな」
「わたくしもです」
クルルとクラリスがふたりして不安げな顔で俺を見つめている。
「無理をして体に響いたら困る。二人は大人しくしていてくれ、頼むから」
「でも……」「心配です……」
「「 だってお金ないし 」」
「ぐふっ」
的確に急所を突くのやめてもらえます?
いまから稼いでくるから! 稼ぎ頭としてがんばってくるから!
クルルは魔法使いとして、クラリスはスフレ王国に貢献することで、それぞれ給与を得ているようだが、大所帯の我が家をまかなって自由に生きられるほどの余裕があるかといったら難しい。貯金もしなきゃいけないしなあ。
「だっ、大丈夫だって。死んでも教会行き、女神の加護がある勇者にそう滅多なことは起きないさ」
「……でも」「……あのう」
「「 当面の路銀は? 」」
「ぐふうっ」
それ弱点だから! やめて!? ないものはひねり出せないから!
しょぼくれる二人の頭を撫でて、二人に寄り添うナコとクロリアに頷く。
「ふっ、二人とも頼む」
「ああ」「まかせろ!」
「「 金は用意できないがな! 」」
「もうダッシュで稼いでくるから許してもらえますぅ!?」
涙を流して俺は旅に出るしかないのであった。
メイド服のコハナが寄り添う。あわててペロリが追い掛けてくる。
仮にも国を救った英雄が涙を流しながら自力で走らなきゃいけない理由は単純。
馬を借りたらお金かかるって言われたからだよ!
◆
王都から離れてすぐ、俺たちの前に立ちふさがる男がいた。
ボロの布きれを無理矢理縫い繋いだ格好で、サーベルを手にしている。
「けけけけ……金をおいていきなぁ!」
盗賊だ。魔王を倒して国が安定したと思っても、この手の類いは消えないようだ。
「しゃっ! うっしゃあ! よっしゃあ! 待ってた! お前の登場を待ってた! そうだよいたよ、魔物が減ってもお前らがいたわ!」
「お、おう……なんだよ、襲ってテンションあげられたの初めてだよ」
びびる盗賊相手に俺は身構えるよ。
「そうときまれば、金をおいていけ!」
「いやいやいやいや! お前がおいてけよ! 俺の台詞だからぁあ! お前が盗賊みたいになってるからあああ! それ俺の役割だからあああ! とらないでもらえますぅ!?」
のけぞりながら目力を込めて睨まれると怯んじゃう。
たしかにそうだ。俺が盗賊になってどうする。落ち着け。俺は勇者だ。勇者は盗賊ではない。
「じゃあお前をぶっ倒して金をもらう! なぜなら俺は勇者だからな!」
「ちょっ、ちょっと待って! 勇者が盗賊から金を奪うってどうなんですか!? 人格者でなきゃだめなんじゃないですか!? 荒廃した世の中を助け、俺みたいな人間を出さないようにする! それが勇者の仕事なんじゃあないですかあ!?」
「な、なんだよ、急に。正論ではあるけれども。あるけれども、しかし! しかぁーーし! お前は盗賊だからな!」
「勇者が職業差別をしてもいいんですかぁあああ!?」
痛いところを突きまくりやがって!
「勇者さま、ここは毅然と言ってやるべきデス!」
「お兄ちゃん、さっさと倒しちゃいなよ。どうせお金ないんだし。もらわないとさ? ペロリたち、お昼ご飯も食べれないよ?」
う、うん。まあ、そうなんだけど。そうなんだけどね?
なんでかなあ。
盗賊と生活レベルがたいして変わらない、この感じ?
ちょっといや……。
「職業差別とか関係なく、手持ちの金がゼロだから! 勝ったら総取り! お金だけな! そういうことで、はい! バトルスタート!」
「えっ。えっえっえっ? なんて?」
きょとんとする盗賊に、もう一度はっきり言う。
「金はない! びた一文たりともない! だから勝ったら奪う! ただし金だけだ! 俺もお前も金目的! なら戦うしかない!」
「え。えっと……え? まあ、そういう趣旨で? 俺っち出てきたけれども!? 待って。女子ふたり連れた勇者が? 金ないの?」
「養育費を稼ぎに行く旅だ! ぶっちゃけ今夜の宿代はおろか、そもそも昼飯代すら持ってない! だから邪魔をするな! できれば金をくれ!」
「……待って。え? ないの? 少しも? 盗賊にお金くれって、あんた正気?」
「ないものはない!」
「……いや、そんな胸を張られても。え? 待って。養育費っていった? あんた家庭もってんの?」
「ああ、二人の嫁が妊娠している!」
「それで、今日の食費すらないの? しかもそばにいる子たちの飯代もなし? あんた正気?」
「……そんな目で見るなよ」
怯んだ俺に盗賊が近づいてきて、肩を叩いてきた。
「元気だせって。いや俺もさ。子供がうまれんだよ。来月」
「まじで?」
「そうなの。二人目なんだけどさ。いやもう嫁がね、食うのよ。高い食材しか食わないんだけど」
「えっ……」
「おたくんちはないの? あれじゃなきゃ食べられない的な注文」
「ある。クルルは南国の果実しか食わないし、クラリスは帝国のチーズが妙に気に入ってて」
「ああ……お金かかるやつだ。それうちと同じ」
「まじかあ」
「まじまじ。大変だよなあ」
「……いやほんと大変」
しみじみと語り合う俺たち。
盗賊はふっと笑うと、俺の肩を叩いて言うんだ。
「いけよ。同じ境遇のよしみだ。頑張って稼ぎな。俺もお前に渡すほどの金はねえからさ。お互い、よそをあたるとしようや。な?」
「ああ……すまねえな」
「いいってことよ!」
ぐっと親指を立てる盗賊に笑って頷き、歩き出す。
終始怪訝な顔をしていたペロリが、盗賊が見えなくなった頃にふと呟いた。
「お兄ちゃん、甲斐性なしなの?」
「それは言わないお約束ですよ」
うぐぐ。お、覚えてろ!
って、俺が仲間相手に負け惜しみ言ってどうすんだよ。
そう思い悩んだ時だった。
空がごろごろと音を立てたのだ。見上げてみると、びかびか一部が光っている。
「わーお! 女神さまのぉ~? おなぁりぃ! だぞ?」
そしてふわっと光を背に顔を出したのは、女神だった。
俺を召喚し、時に雑に、時にはもっと雑に、けれど肝心な時には優しく導いてくれる。
魔王を倒してからはしばらく顔を見なかったんだが。
「何の用だ」
「おい、ご挨拶だな、てめーこのやろー!」
「めんどくさい、顔芸やめろって」
腐っても女神。気を抜いたら見とれて魂抜かれるくらいの美貌なんだが、今は顔中に皺を寄せて変顔をして何かを主張してくる。顔がうるさいことこの上ない。
「早く用件を言えよ! 金ないの! 稼ぎにいくの! 昼飯代もないの! 大変なの! わかる!?」
「ちぇ、つきあい悪いのやだー。ええ? そんな感じでくるの?」
「いいから早くしろって!」
「っていうかコハナぁ、あんた人に関わるのいい加減やめなさいよ。他のさぼってる神さまが居心地悪いじゃない。空気読んでほしいんだけど。特にタカユキ相手はさ……いいわけ?」
なにその、さぼってる人が迷惑だから頑張るのやめなさい、みたいな。職場か! 職場のしょうもない会話か! 相変わらずだめな女神だな!
「さっさとしやがれ★」
「ぶー、まあコハナがいいならいいけどさ」
コハナも関わる気なさそうだし……やれやれ。
「で? なに」
「タカユキさ。なんかだんだん女神への対応が雑になってない?」
「お前が雑だからだよ! 勇者に対する女神のありがたーいお告げがあるぞ、的なノリが欠片もないからな!」
「そんなことないですー! 登場シーンはいつもびかびか稲妻音ならしてますー!」
「そのくらいだからな!」
「ぶー」
腹たつわあ……!
「で?」
「あ、えっとね。えっと……ん?」
虚空をじっと睨む。どこみてんだ、おい。
「相変わらず字ぃちっさいよねー。そういうの別に見習う必要ないからね? 私、ゲームのやり過ぎで目が悪くなってる方だから。やめてほしいんだよねー、オンラインゲームを元にするのはいいんだけど。そりゃあレビューで字がちっちゃいって突っ込まれるよ。面白いけど!」
「あのな……何の話をしてるんだ、なんの!」
「女神的には妹推し。爆乳地味妹いいよね」
なんのゲームの話だ。ツッコミどころしかないんだが。
「早くしてくれ、頼むから!」
「えーこほん。盗賊が現われたことから察しているかも知れないが、新たな魔王が出た」
「いや、微塵も察してませんけど」
「え? え? え? え?」
「うるっさい!」
「出ちゃったのよ。うっかり。女神みたいに? うっかり」
「……はらたつ!」
てへーと合間合間に舌をいちいち出すのはやめろ!
「というわけで、がんばって倒してちょ」
「最後ざっくりすぎんだろ」
「あとはひょっとしたらもしかして悪魔の薬が必要かもねんかもねんかもねんねんねん……」
最後に肝心なこと言ってから、ふわっと消えやがって!
くっそ。相変わらずだな。
「さあ、気を取り直していきましょうか」
「……なに? あれ」
「ううんんん……」
ペロリの問い掛けに俺は難しい顔で唸りました。
あれがこの世界の女神なんだぜ? 笑うしかないだろって。
つづく。