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シェリー酒で乾杯を  作者: 橘はるき
第一章 王都にて
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やってきました、食の街!

王都ブーロー、食の街。イヴェール王国の中央に位置し、大陸でも有数の一大観光地の一つ。中央通りには毎日観光客向けの屋台が立ち並び、威勢のいい商人達の掛け声が飛び交う。大陸の北に位置する一年を通して涼しい王国ではあるが、この街は側に海の暖かい潮の流れがあるために比較的温暖である。

王都の中央にそびえる白亜の城は美しく、まさにイヴェール王国の覇権を象徴していると言えるだろう。


賑やかな地に降り立って、目新しさに瞳を輝かせたシェルメリアは早速屋台回りに繰り出すことにした。

ボールのように丸い小さなケーキや肉の串焼き、薄っぺらいパンのようなものに野菜と肉を挟んだものなど、興味をひく食べ物がたくさん並んでいる。


「おじさーん、これ一つ頂戴!」

「あいよ!」


イヴェールの公用語を滑らかに使って果物を飴でコーティングした菓子を買う。事前に予習してきたため、魔界では使わない通貨の計算もバッチリだ。


「美味しい…!」


飴を頬張ると、とろけそうな甘さが口の中に広がった。少し歯を立てると飴の層が砕けて中の果物の甘酸っぱい果汁があふれて、絶妙なハーモニーが生まれる。

シェルメリアは未知の味に目を細め頬を緩ませて、感動に打ち震える。その幸せいっぱいな姿は非常に愛らしく、まるで天使のようである。


「坊主、ブーローは初めてか?美味いもんがいっぱいあるから楽しんで行けよ!」


店主は嬉しそうにシェルメリアの頭を撫で、もう一つ棒付きの飴をおまけしてくれた。


「うん!ありがとうございます、おじさん」


にっこりと笑って礼儀正しく礼を告げたシェルメリア。こうして愛想よくしておけば、気に入ってもらえる。顔を覚えてもらえる。何事か起こった時に人前で目立つ振る舞いをして目をつけられるわけにはいかない彼女としては、助けてくれるかもしれない顔見知りは多いに越したことはない。


シェルメリア・ドゥ・ブロン。僅か10歳にして、非常に逞しい少女である。




「…さて」


散々屋台を満喫したシェルメリア。そろそろ任務を思い出して、王城に忍び込む下準備をせねばなるまい。

食べ物の容器や串をまとめて広場に設置してあったゴミ箱に捨て、キョロキョロと辺りを見回す。噴水のそばのベンチで休む、町娘らしい少女に目を留めた。

にっこりと笑みを浮かべ、静かに近付き、声をかけた。


「ねぇ、綺麗なお姉さん」


描くイメージは上の兄。人好きのしそうな、柔らかい雰囲気を意識する。


「お隣、座ってもいいかな?」

「え、ええ!どうぞ?」


ぴた、とこちらを見て一瞬固まった少女はベンチの隣を開けてくれた。心なしかその頬が赤くなっているような気がする。


「ふふ、ありがとう。僕は幸せ者だね。こんなに素敵なお姉さんの隣を独り占めして、お姉さんのファンの人たちに恨まれないと良いけれど」


歯の浮く台詞に内心で冷や汗をかく。自分なら初対面でこんな生意気な口を聞いてくる少年(ガキ)など、すぐさま殴り飛ばしているに違いない。


(…しまった、思ってたより恥ずかしい…。ブロード兄様の真似なんてしなきゃ良かった…)


後悔してももう遅い。シェルメリアは仕方なしにナンパを続けることにした。それに、女性に話を聞くのに、これが最も最適な仮面だろう。…任務のためだ、仕方ない。


少女はシェルメリアの葛藤には気付きもしないようだ。そんな…と呟いて俯き、真っ赤になってしまっている。


「そうだ、お姉さん。実は僕はつい最近、この王都にやってきたばかりの田舎者なんだけれど。もし時間があったら、ここについて少し教えてくれない?」


さりげなく手をとって上目遣い。整った容姿はこういう時に非常に便利である。


少女は少し慌てたように了承して、それからいろいろなことを教えてくれた。このブーローで観光客に人気のあるスポットだとか、それに纏わる伝説だとか。一番安くて食事の美味しい食堂の場所だとか。


教えてもらった食堂は後で必ず行こう、と心に決める。しばらく表情をくるくると変えながら楽しそうな世間知らずの軟派はお坊ちゃんを演じて、少女が一息ついたところで質問をする。


「なるほど、勉強になったよ。ありがとう、お姉さん。…ところで、今度はお姉さんのことを教えて欲しいなぁ?」


そっと少女の手を撫でて、兄のような女性を誘惑する溶けそうな笑みを意識して浮かべる。


「な、なにかしら?何でも、聞いてちょうだい」


(真っ赤になっちゃって、かわいー)


恥ずかしさがだんだん吹き飛んできて、楽しくなってきたシェルメリアである。


「お姉さんは、今恋人はいるのかな?」


ほんの少し眉を寄せて、切なそうな表情。たかだか外見年齢8歳ほどの少年が浮かべるようなものでは決して無い。が、そこは腐っても淫魔。その姿は、何故かとてもサマになっていた。


「い、いないわ」

「ほんと!じゃ、じゃあ、好きな人は?」

「それも、いないわ」

「…そうなんだ!」


心底嬉しそうな笑みを心がけて、少しだけ顔を近付ける。


「…じゃあさ、お姉さんはどんな男の人が好みなのかな。やっぱり、王子様みたいな人かな?」


別に、シェルメリアはただナンパをするために彼女に話しかけたわけでは無かった。王子について、少しでも情報を集めるために兄の真似をしてこんな話をしているのである。


「王子殿下?」


きょとん、と目を丸くしてきき返す少女。


「うん、そう。噂によると、ここの王子様は相当整った顔をお持ちらしいね?」


噂、などと言いはしたが実はシェルメリアは王子のことなど殆ど知らない。王太子である第一王子はおろか、自分がこれから調べなくてはいけない第二王子についても、魔王様に見せられた鏡に映し出した姿くらいしか知らない。


(まぁ、王様も王妃様も美形らしいし、第二王子もあれだけ整った顔立ちをしているんだから、きっとモテるでしょう)


果たしてそんな適当なシェルメリアの予想は―――、正しかった。


「え、ええ、そうね。私なんかはそう頻繁にお顔を拝見することもできないけれど、パレードでお見かけした王子殿下方はどちらも、その、とてもお美しくていらしたわ。…ただ…」

「ただ?」


何かあるのだろうか?身を乗り出してきき返す。




「お姉さん!色々とありがとう!とても助かったよ」


しばらく話をした後、ぴょんと立ち上がって少女の正面に回り、今度は両手でその手を包み込むシェルメリア。


「どういたしまして。…こちらこそありがとう」

恥ずかしそうに微笑んだ少女の手を裏返し、手のひらを上に向けさせる。そうしていつの間にか魔法で作り出した青い花をそっと握らせた。


「また、お姉さんに会えるといいな。じゃあね!」

「あ、待って、これ…」


返事も、呼び止める声も聞かずに手を振ってその場を後にし、人ごみに紛れ込む。


(…駄目だ、ブロード兄様が楽しそうに女の子を口説く気持ちがちょっとだけ分かってしまった気がする…)


少しだけ頭を抱えて、


(でもいいこと聞いちゃったなぁ)


すぐに気を取り直して前を向き、更なる情報収集のためにキョロキョロと辺りを見回すシェルメリアであった。




その日の、夜。こっそりと上空から王城の庭に忍び込んだシェルメリアは、背の高い木の張り出した枝の上に息を潜めて隠れていた。

目的は、第二王子との接触である。


(多分あのうちの何処かが王子様の部屋のはず…なんだけど)


目の前に並ぶ部屋を見つめる。昼間に城勤めの侍女の一人と話ができたのは幸いだった。大体の目標(ターゲット)の部屋の位置が外からでもわかる。ただ、


(ここでずっと待ってても都合よく顔を出してくれるかどうかっていうのは…割と賭だよねぇ)


たまにバルコニーから月を見上げてリュートを奏でているのだと聞いたが。今夜は楽器の音も全く聞こえない、静かな晩だった。


(仕方ない、暫く張り込みを続けよう)


ひとつ頷いて心に決めたシェルメリアの上に、空に浮かんだ細い月が淡い光を投げかけていた。


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