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シェリー酒で乾杯を  作者: 橘はるき
第一章 王都にて
2/9

横暴すぎる

 「ただいま馳せ参じました、ブロン公爵が娘、シェルメリアでございます」


大急ぎで身支度を整え、魔王城まで飛んでやって来た。通された玉座の間で魔王様の視線を感じながら膝をつき、礼をとる。


 「遅い」


 ふん、と鼻をならす魔王様。冷たい声色に、ぴくり、とシェルメリアの肩が震えた。


 「全く、この程度の呼び出しにこれだけ時間を要するとは…お前は本当にシリルの娘か?ブロンの名が泣くぞ」


 容赦無く、震える肩に向けて嫌味たっぷりにぶつけられる魔王様のありがたいお言葉(イヤミ)。ぎゅ、と震える拳を握りしめたシェルメリアの頭の片隅で、ぷちっ、と何かが切れる音がした。

 それでもシェルメリアはなんとか引きつった笑みを維持して、顔を上げる。許可は無いが口を開いて叫んだ。


 「エール叔父様のばか!嫌い!禿げちゃえ!」


 魔王への忠誠心も何もあったものではない。だが、怒りに頬を上気させ、拳を握りしめ、涙目でこちらを睨みつける少女の姿は非常に愛らしかった。


 魔王―――オリビエールは喉の奥でくく、と笑いを噛み殺す。


 「悪かった悪かった、そう怒るな。我が愛しの姪御殿の怒る顔がかわいらしいものでどうしても見たくてな。つい思ってもないことを言ってしまった」


 先ほどの冷酷な雰囲気を一変させ、オリビエールは更に笑う。漆黒の髪に金の瞳、整ったマスクは笑いを堪える姿も絵になる。叔父のいつもの悪い癖に、分かっていてもこうして乗ってしまう。むかつく、と頬を膨らませ、腕を組んだシェルメリアはぷい、とそっぽを向いた。ひどい。私がなんだかんだと魔王命令(けんりょく)に弱くて逆らえないと知っていてこうして手のひらの上で転がしてくる。


 「それで今度は何ですか。私、ちょうど朝ごはん食べてたところだったんですよ。苦労して焼き上げたパンにやっとの事で手に入れた人界産の高級生ハム!全然味わえなかったじゃないですか!」


 ギリギリと奥歯を噛み締め抗議するシェルメリア。できることなら用事をさっさと済ませて早く帰ってご飯を食べ直したい。


 「おお、それは済まなかったな。まさかお前の朝食の時間など知らなかったものだから」


 にやにやと笑みを浮かべる叔父上殿を再度睨みつけると、その横に控えていた宰相ーーーシェルメリアの父親にして王弟である、シリル・ドゥ・ブロン公爵ーーーがさっと目を逸らすのが見えた。


 こいつ、確信犯だ。お父様に私が一番嫌がるだろう時間帯を聞き出したんだ…!毎度毎度、嫌になる。この腹黒魔王様はどうすればこのいじめをやめてくれるんだろうか。死ぬまでやめないような気がする。最悪だ。とりあえず、お父様は後でお仕置き決定。シェルメリアが心に決めたところで、オリビエール陛下は表情を冷酷な魔王様のものに戻すと、再び口を開いた。


 「さて、シェルメリア。お前を呼び出したのは他でもない、お前にしかできない重要な任務を頼もうと思ってな。…シリル」

 「はっ」


 命じられたシリルが魔力で鏡を作り出す。そこに映ったのは、金髪碧眼の王子様(イケメン)だった。歳は15くらいに見える。白馬がとても似合いそうだ。


 誰だろう、とシェルメリアは小首を傾げる。そして自分にしかできない任務とは?

 魔王は彼女のそんな様子を目を細めて見、更に言葉を紡ぐ。


「さて、人界に新たに勇者が現れた。こいつだ。名はクロエ・ネージェシュクレ・イヴェール」


 ふんふん、と頷くシェルメリア。名前の最後にイヴェールと付くということは、おそらく人界のイヴェール王国の王族なのだろう。おそらく王子。


(白馬の王子様みたいだなぁと思ったけどほんとに王子様だったか)


 「イヴェール王国の第二王子だな。…で、シェルメリア。ちょっと側で様子を探ってこい。3年ほど」

 「ひょっ?!」


 驚きのあまり変な声が出てしまった。

 どういうことだ、これは。目の前の鬼畜魔王様の言葉を脳内で反復し、理解しようとする。勇者が現れたから人界に潜入して王子の動向を探れ、ただし3年。……嫌だ、ものすごく嫌だ。


 「嫌です」


 思わず拒否してしまった。だが、


 「さて、取り敢えずは向こうの王城に潜入して王子に取り入り、信頼されるようになれ。前例から言っても、やつは勇者としての技を磨くためあと2年は城で修行に励むと見ている。勇者としてこちらへ向かってくるには早くとも3年は要するだろう。勇者が強くなってここにやって来るまで、側に張り付いて見張っておけ」


 魔王は彼女の返事など聞こえていないようだった。


(負けては駄目よ、シェルメリア!こんなの叔父様のいつものきまぐれ、暇つぶしに過ぎない。徹底的に断ろう、大丈夫、基本的には私に甘いエール叔父様だもの、きっと…!)


 「(いーやっ)!」


 徹底抗戦の構えをとる。大体その任務のどこが「私にしかできない」なのだろう、とシェルメリアは思う。


 実力至上主義の魔界では爵位はあくまでも個人に贈られるものであって世襲制では無いため、シェルメリア自身が特別高い地位にあるわけではない。それでもシェルメリアは実力で宰相の地位をもぎ取った父親の血をひいている。まだ生まれて間も無い若輩者とはいえ勿論そこらの低級よりは遥かに強いし、成人の暁にはそこそこ高い地位も与えられるだろう。


 ただし、自分は現時点ではただの若い淫魔に過ぎない。まだまだ経験も力も、圧倒的に足りていないのだ。私よりももっとふさわしい魔族がいるはずである。


(そう、例えばお兄様とか、お父様とか、魔王様とか、魔王様とか、魔王様とか!)


 大体こんな思いつきのような彼の遊びに他人を巻き込むな、と言いたい。自分で行けばいいのに。

自分で行け、という気持ちを込めて、意地の悪い魔王を睨みつける。と、彼がわざとらしくため息を吐いた。


 「…そうか、そんなに嫌なら仕方ない、諦めるか。…ところでシリル、イヴェール王国は食の研究が非常に盛んと聞く。王城で出される食事はさぞかし…なぁ?」


 側に控える父親が大きく頷いた。


 「ええ、ええ、それはもう。王城に潜入して役職を得たなら、毎食人間の食事が食べられるのでしょう。噂によると、名産の豚は餌に木の実だけを与え、その肉は口に入れただけでホロリと解けるような…」


 垂れていた尻尾がぴくり、反応する。

 シェルメリアはじゅるり、と溢れた涎を慌てて拭った。


 「食べ物で釣ろうったって騙されないわよ!そ、そんな、危険な任務じゃなくたって、大きくなって成人すれば自分で自由に行けるんだから!豚だってなんだって食べに行ってやるんだから!」


 そう、そうだ、この親父達(タヌキたち)に騙されてはいけない。自分に言い聞かせながら拒否の意を示す。


 「ところでシェルメリア、任務成功の暁には先日手に入った人界にある無人の小島をやろうと思っていたんだが、お前がいらないと言うのなら仕方ない。人間界の食物が育てられる畑を作るよう命じておいたのだが…」


 人間界に、領土。自分だけの。シェルメリアの瞳が輝く。魔界ではそこら中に漂う瘴気のせいで、人間界の食物は育ちにくい。必死で育てても、ボソボソとした美味しくないものしか収穫できないのだ。ずっと欲しかった、自分の畑が手に入る。そこまで考えて、彼女は手を胸に当て、膝をついた。


 「陛下、私に行かせてください。必ずや、ご満足に足る働きをしてご覧にいれます」


 魔王は、面白いものを見るように目を細め、満足げに頷く。


 「うむ。出発は早い方が良いだろう。明日にでも使えるよう転移用の魔法陣の準備をしておく。必要だろうものは纏めておいた、後で届けさせる。 良い働きを期待しているぞ、シェルメリア」

 「はっ」


 どこまでも魔王様の手の平の上をころころと転がされる彼女だった。


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